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恋してるだけ   作者: 夢呂
第二十二章【向き合いたい人、逃げたい人】
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「あの日…――、朝斗が風邪引いたって言ったら薬とかたくさん買ってきてくれただろ?」


「…はい。」

紫さんの言う『あの日』とは、私と最後に会ったときのことを指しているのだとすぐに理解して、私は頷いた。


「ごめん。―――風邪っての…嘘なんだ」

「う、そ…??」


朝斗さん、風邪じゃなかったの?

そっか…―ー。

嘘、だったんだ。


―――でも、それならどうして待ち合わせに来なかったんだろう?

どうして連絡してくれなかったんだろう…?



風邪でなかったことにホッとしながらも、連絡をくれなかったことに寂しさを覚える。

そんな複雑な心境で考え込んでいた私に、紫さんが言った。


「―――あの日、朝斗は確かに君と幼馴染みくんの試合を観に行くつもりだった。」

まぁ、イライラはしてたけどねと、紫さんは苦笑いでそう付け加えた。


「でも出掛けに、朝斗の父親が倒れたって連絡が来たんだ…。」

「え!?お父さん、大丈夫だったんですか?」


(そんな大変なことがあったんだ…。)


「うん。まぁ命に別状はなかったみたい。…だけど朝斗は元々父親とはかなり犬猿の仲でね。まぁ、それでもたった一人の家族だし、病院には顔を出しに行かせたんだ…。」


「あの、“たった一人の”って…?」


「あぁ。朝斗の母親は、朝斗を産んですぐに亡くなってるからね」

紫さんが淡々と話す。


「そ、うだったんですね…。すみません、私知らなくて…」

「知らなくて当然だよ、朝斗は家族の話なんてしないだろうからね」


朝斗さんの、知らない一面が次々に耳を通して心に溜まっていく。


“どうして一人暮しをしているんだろう?”

初めてアパートを訪れたときに感じたあの違和感も。


(お父さんと…犬猿の仲だった、なんて…)


『俺、誕生日って祝うものなんだって認識なかったから。ごめんね』

誕生日の話をした時、朝斗さんがあぁ言った理由も。


(お母さんが、自分の誕生日に亡くなっていたなんて…)


なんで少しも感じ取れなかったんだろう。

“彼女”だったのに。

傍にいたのに。


(私は、何も知らなかった…――――)



「父親と仲が悪いのは…まぁお互い色々と堪ってたのが爆発したんだろうね…。父親と衝突して朝斗はそのまま家出したらしい」

「…それで紫さんと同居を……?」

「そ。」

肩を竦めて、紫さんが苦笑した。


「今回久しぶりに父親に会って、そこで何があったのかは知らないけどさ。朝斗、かなり荒れて帰ってきたんだ…」

その時の様子を思い出したのか、紫さんが表情を曇らせる。


「…あの状態で、優妃ちゃんに会わせるのは正直ヤバいと思って俺が独断で、あんな嘘をついた。だけど、そんな俺のお節介がきっかけで君たちが別れることになったんだとしたら、本当に申し訳なくて」


(紫さん………)


「話してくれてありがとうございます…」

私は色々と教えてくれた紫さんに頭を下げた。

そして顔を上げて、紫さんを正面から見つめる。


朝斗さんの本当の気持ちは、分からない。

どうして私と別れようと思ったのか?

お父さんと何かあったのか?


(だけど、一つだけ確かなのは…――――。)


「でも、紫さんのそんな優しい嘘が原因で別れたなんてことは、絶対にありません。だから謝らないでください…」


(紫さんが謝る必要なんてどこにもない。)


「優妃ちゃん…」


「紫さん、私…もう一度朝斗さんと話します」


紫さんが勇気をくれたから。

私は自分の気持ちにもう一度、向き合ってみたい。


朝斗さんのことが、知りたい。

朝斗さんが、好きだから。


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