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「優妃、好きだよ」
私が聴きたかった言葉。私が見たかった笑顔。
(朝斗さん…―――)
名前を呼びたくても声が出ない。
手を伸ばしてみても、届かない朝斗さん ――――。
朝、目が覚めて私はため息をついた。
(夢…―――か。)
朝斗さんと話すことなんてもうないんだから夢で当たり前なのに、どうしてこんなに…私は落ち込んでいるんだろう。
「優妃ー、早く起きないと一琉くんもうすぐ来るんじゃないのー?」
母の声が一階から聴こえてきて、またいつもの日常が始まった。
―――朝斗さんと別れて、もう二ヶ月が経とうとしていた。
あんなに暑かった夏が、遠い昔のことのよう。
―――季節はもう、冬になろうとしていた。
「寒…」
玄関を出て、冷えきった空気に思わずそう呟いてしまう。
「優妃、おはよう」
私の家の前で待っていた一琉が、いつものように並んで歩き出す。
「おはよう、一琉」
「今日も寝坊?」
「してないよ、失礼な!」
からかうように笑う一琉に私は言い返す。
すると、一琉の手が私の髪に触れた。
「寝癖。跳ねてるよ?」
悪戯な微笑みで、一琉が私を見る。
「知ってるよ!ただ、直らなかったの!」
私が寝癖を手で押さえながら必死になって言い返すと、一琉があははっと珍しく声を出して笑った。
朝斗さんと別れてから、一琉とこうして登下校するのが日課になっていた。
一琉は朝斗さんについては何も聞かないでくれて、いつもただ隣にいてくれた。それが心地よくて、ありがたかった。
きっと一琉がいなかったら、私はまだこうして歩けていない。
――――大切な、幼馴染みだ。
その日、教室に入ると同時にクラスメイトの明日香ちゃんの大きな声が聴こえてきた。
「ちょっと美樹、聞いたっっ?」
「おはよう。って、明日香どうしたの」
面食らった様子の美樹ちゃんが、明日香ちゃんに尋ねる。
「早馬先輩に、彼女出来たんだって!」
その声に、ピタリと私は足を止めていた。
(朝斗さんに…彼女?)
「マジで!?あんなにコクられてても、全く誰とも付き合う気配なかったのに!?」
「まぁ、クリスマスも近いしねぇ」
「うちらも頑張らないと」
「だねー」
二人が話しながら廊下に出ていくのを、私はうつ向いたまま耳で察した。
(朝斗さんに、彼女…)
『大切に想ってる人がいる』って言ってたもんね。
朝斗さんに大切に想われて、付き合わない女の子なんてこの世にいないもんね。
朝斗さんがどんな風に、“彼女”に優しくするのか知ってる。
朝斗さんがどんな風に、“彼女”に笑いかけるのか知ってる。
朝斗さんがどんな風に、“彼女”の名前を呼ぶのかー――――…。
「おはよ、優妃!何突っ立ってんの?」
驚いた様子の翠ちゃんは、後ろから私の顔を覗き込んで、さらに驚いた。
「ちょっと、今度は何があった?!」




