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「…あ」
その日の帰り翠ちゃん達と別れて、一人トボトボと歩いていると、家の近くになったところで一琉が私の少し前を歩いていることに気が付いた。
(謝らないと…私…)
「一琉…っ」
私はそう名前を呼んで、一琉に追い付こうと走った。
立ち止まった一琉はこちらを振り返ることなく言った。
「…何?」
「昨日は、ごめん。」
私は素っ気ない一琉に、頭を下げた。
「―――…二度もドタキャンって、本当に優妃って無神経だよね」
「…うん。無神経だった、ごめん」
「―――なんか、いやに素直だな…」
私がそう言うと、一琉は驚いた表情をして呟いた。
「私…一琉の気持ちには応えられないのに、昨日…一緒に楽しんでた」
「は?」
一琉が初めて私の方を向いた。
「すごく、無神経だったよね。本当ごめん!…ごめんなさい!」
「なんだそれ」
ぶっきらぼうに、一琉がそっぽ向いて言う。
「え?」
「無神経なのなんて、今更だし。つか、自覚したことに驚きだし」
「今更って…」
「それに、僕は優妃の無神経なところも含めて好きなんだから、良んだよ別に」
(ちょっ、今“好き”って言った?)
まさか一琉がそんなことをサラリと言うなんて思わなかった私は、不意討ちをくらって動揺してしまった。
「―――だから、困るって…。私は…」
言いかけた言葉を、もう、口には出せない立場なのだとすぐに思いとどまる。
(私は…もう…)
朝斗さんが好きだとは、言えない。
…朝斗さんを好きになってはいけない。
この気持ちは、無かったことにしなくてはいけないんだから――――。
「アイツが好きだから?」
拗ねたように、一琉が言う。
昨日朝斗さんを優先させて帰ったことを思い出したのだろう。
「………」
私はなにも言わずにうつ向いた。
「ケンカ、した?」
何かを感じ取ったのか、少し口元を綻ばせて一琉が小首をかしげてこちらを見つめる。
「一琉には言わない」
「強がらなくても分かるよ…その表情見れば、ね」
嬉しそうに、一琉が言った。
「別れたんだね?優妃、」
(いま一番知られたくなかった人に…気付かれた…)
私はうつ向いたまま、唇を固く結んだ。
「おかえり」
ホッとしたように、幸せそうに。
まるで最初から自分の所有物だったかのように、私を見つめて微笑んだ。
(やめて…そんな嬉しそうな表情しないで…)
朝斗さんと別れても、一琉の気持ちには応えられないから。
だからそんな表情されても、私には罪悪感しかない。
(―――私と一琉は、ただの幼馴染みなんだから…)




