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「見たの、偶然。」
ドーナツを一口食べ、透子ちゃんが言った。
話題は先程の、隠されていた私の外靴についてだ。
「多分、二年生の先輩ね…。早馬先輩のことが好きな」
「あぁー、だろうなとは思った」
透子ちゃんの証言に、翠ちゃんが冷静に頷く。
「“例の噂”に、余程腹が立ったんだろうね」
事の成り行きで、透子ちゃんと翠ちゃんと三人で帰りにドーナツ屋さんに来ていた。
「で、優妃…噂は本当なの?」
透子ちゃんに単刀直入にそう言われて、ビクリと肩が震えてしまう。
…コクンと、私は黙ったまま素直に頷く。
「…―――マジか…」
目を丸くした翠ちゃんが、絶句した。
「どうして?だって、あの早馬先輩だよ?何が不満で浮気なんて―――」
私と向かい合わせに座っていた透子ちゃんは、納得いかないという表情で、身を乗り出すように前屈みになる。
「朝斗さんに不満なんてない…。ただ私…あれが“浮気”になるなんて思わなくて…」
――――これは私の言い訳。今更な言い訳。
わかってる。
でも誰かに聞いて欲しかったんだ。
私の、本音。今の本当の、気持ち。
私は微塵も、そんなつもりはなかったんだって。
「一琉…幼馴染みと約束してたの…、土曜の試合、応援に行くって。」
「あー、そういえば言ってたね」
翠ちゃんが思い出したように言う。
「なのに私…約束守れなくて。その代わりの条件が次の日付き合うことで…。突然ディスティニーランドに行くことになって…」
「「ディスティニーランド!?」」
翠ちゃんと透子ちゃんの声が綺麗にハモった。
「ってそれ、カップルで行く定番のデートスポットだし!」
興奮ぎみに、透子ちゃんが言った。
「うん…分かってた。私も本当は朝斗さんと行きたかったって思ったから。だけど、一琉が私の喜ぶのを分かってて連れていってくれたのも痛いほど分かって…」
「断れなかった…ってわけね」
翠ちゃんがため息混じりにそう言葉を繋げた。
「それに、私は一琉のこと幼馴染みとしてしか思ってなかったから…」
「それは無神経だわ…」
「………」
翠ちゃんの言葉に、返す言葉もない。
「しかも、向こうは優妃のこと好きなんでしょ?」
翠ちゃんが頬杖をつきながら、隣の私にそう尋ねた。
(え…っ!?何でそれっ!?)
「え!まじで?それなら尚更ダメじゃん!!」
動揺する私に、透子ちゃんが追い討ちをかけた。
(“尚更ダメ”…か。)
「――――うん…ダメだよね…。私って、本当バカ」
普通に考えたら分かるのに、どうして私は断らなかったんだろう。
「で、それが早馬先輩にバレてふられたってこと?」
「…うん」
「それは優妃が悪いね」
「…うん」
(翠ちゃんと透子ちゃんのおっしゃる通り、悪いのは私…。悲しむ資格も、ない。朝斗さんのことが好きな女子達に恨まれて酷いことされても仕方ない…)
「優し過ぎるんだよ」
「え?」
翠ちゃんの言葉が意外過ぎて、私は顔を上げて翠ちゃんの方を見た。翠ちゃんは呆れたように眉尻を下げて言った。
「誰にでも、優し過ぎる。それって自分が傷付かなくて済むけど、逆に相手を傷つけてるんだよ?」
「―――私…そんなつもりは…」
「例えば、その幼馴染み。ディスティニーランド断らずに一緒に遊んでおいて、『でも好きなのは“朝斗さん”だからごめんなさい』って言うわけでしょ。結局彼には望みがないのに、気を持たせることしてる。…それって残酷だと思わない?」
「………」
(私…一琉のことも傷付けたんだ…)
今になって、昨日一琉を独り残して、突然先に帰ってきてしまったことや、それから今に至るまで一度も連絡していなかったことを思い出す。
(―――中途半端に接して、一琉を傷付けた…)
「何やってるんだろ…私…」
(朝斗さんも、一琉も…大切なのに…。)
「まぁ、早馬先輩は今までの“彼女達”とまた仲良くやってるらしいよ、切り替え早いよねぇ」
「ちょっと、透子!」
(そう、なんだ…)
頭に岩をぶつけられたような衝撃。
胸に突き刺さる、“彼女達”の存在。
(朝斗さん、やっぱり私なんかより…―――)
「だから、優妃がそんな落ち込むことないって。向こうはよりどりみどりなんだからさ!優妃と別れても、すぐ他の女と付き合えるんだからたいして…」
「慰め方、下手くそか!!」
透子ちゃんの言葉を、翠ちゃんが強引に止めるようにツッコんだ。
「だからさ!優妃も、新しい恋探したらいいんだよっ」
前向きに、透子ちゃんはそう言った。
恋?
新しい恋って何だろう。
また、誰かを好きになるってこと?
朝斗さん以外の誰かを?
じゃあ、この想いは…どこにいってしまうの?
朝斗さんが好きだという、この気持ちは…?
消える?
消えて、無くなる?




