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「今日、帰りに買い物付き合ってくんない?」
昼休みに翠ちゃんが言った。
「…?」
あまりに突拍子もない話題で、私はお弁当を食べる手を止めて翠ちゃんを見る。
「それと、ドーナツ食べたいからドーナツ屋さんも付き合って」
「………うん…」
淡々と言う翠ちゃんに、私は力なく頷いた。
(分かってる、そこで何の話をするのか。)
翠ちゃんが聴きたいことはきっと、朝から広まっている私と朝斗さんが別れたという噂の真相について、だ。
そして私は“浮気したなんて、最低だ”とまた翠ちゃんに言われるんだろう。
そんなことを思いながら、私はお弁当のごはんを口の中へ運ぶ。
(美味しくない…。味が、分からない…)
「今日の数学、予習した?優妃、今日当たるんじゃない?」
翠ちゃんが私にいつも通りに接しようとしてくれているのが分かって、私もいつまでもこんな落ち込んでたらダメだと無理矢理気持ちを切り替えようとした。
「あ、そうだ。予習してなかった、やらなくちゃ…」
まだ、うまく笑えないけど。
まだ、うまく“普通に”出来ないけど。
このまま立ち止まったままでいたら、私…おかしくなってしまいそうだから。
(朝斗さんのことは、諦めなきゃ…)
朝斗さんには、私なんかよりもっと綺麗で大人な女がお似合いだし。
もともと、夢のような話だったわけだし。
だいたい、朝斗さんのような学校一のイケメンが、私なんか彼女にして良い訳がないし!
(これは夢だったと、思えばいいんだ…。)
そう思えば思うほど、朝斗さんと過ごした時間が勝手に思い出されて――――…。
胸が、締め付けられる。
「優妃、帰ろ」
放課後、翠ちゃんと靴を履き替えて帰ろうとしていると、私の外靴が無くなっていた。
「優妃?どうかした?」
立ち尽くす私に、翠ちゃんが声をかけた。
「靴が…無くて…」
「え?」
私の外靴の代わりに置かれていたのは、赤字で書かれた手紙だった。
「“浮気女死ね”って…何よこれ!?」
私の手から奪い取るようにして読み上げると、怒ったように翠ちゃんがすぐにその手紙を両手でぐしゃぐしゃと丸めた。
「優妃、帰ろう。靴、貸してあげる」
翠ちゃんが、自分の革靴を脱いで私の前に差し出した。
「翠ちゃん…」
(そんな優しくしないで…。私なんかに…)
「優妃、コレ!」
後ろから声をかけられて、振り返るとそこに透子ちゃんが立っていた。透子ちゃんは革靴を持って、肩で息をしている。
「透子ちゃん…それ…」
「コレ、優妃の靴でしょ?」
息を切らせながら、透子ちゃんが言った。




