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「あ、調度いいところに!」
軽快な足音とそんな元気な声がして、私と一護くんは同時にそちらを向いた。
「おい一護、お前弁当忘れてった…ぞ?…――あれ、優妃ちゃんも?こんなところで、どした?」
廊下に立ち尽くしていた私と一護くんのところにやって来たのは、一護くんのお兄さんの、琳護先輩だった。
「ってお前、なに優妃ちゃん泣かせてんだよ」
私の顔を見て、琳護先輩が一護くんを睨む。
「はぁっ!?俺じゃねーよ!つか、泣かせたのは朝斗だろーが」
「違うんです…」という私の声は、即座に言い返した一護くんの声にかき消された。
「???」
一護くんの言葉に、琳護先輩が首をかしげる。
「朝斗が?どーゆーこと?」
(朝斗さん…、琳護先輩にまだ言ってないんだ…)
私はそんなことを意外に思いながら、こちらに説明を求めるように視線を向けている琳護先輩に、言わなければと口を開く。
「…“別れよう”って…言われちゃいま…しっ」
言い終わるより前に、心が悲鳴をあげた。
(ダメだ…泣くなんて…私にはそんな資格無いのに…)
「「えっ?」」
時田兄弟の驚きの声が、同時に重なる。
「んでだよ、なんでそんなことに…?」
一護くんが目を丸くして、独り言のように呟いた。
「アイツのことだから、また変なプライドでそんなこと言っちゃっただけなんじゃない?以前にもあったよねぇ、そんなの」
琳護先輩が私を慰めるように明るくそう言ってくれた。
だけど今回は、以前のような事態ではないと自分でも理解している。
「私が…朝斗さんのこと…傷付けてしまって…。幼馴染みの一琉と…ディスティニーランドに行ったりしたから…」
私は涙を拭い、なんとか二人にそれだけを話した。
「わー、まさかの優妃ちゃんの浮気が原因!?」
琳護先輩が驚いたように言った。
(“浮気”!?)
そんな言い方をされるなんて思わなくて、私はつい声をあげてしまった。
「浮気だなんてっ!」
“そんなの、あり得ないです!!”そう言おうとして、私はハッとした。
(私がそう思ってなくても…朝斗さんがそう思ったらそれはもう“浮気”…なんだ…。)
そこに“好き”という気持ちがなくても、
ただの“幼馴染み”というだけの関係だったとしても。
これは、“浮気”に…なるんだー――――…。
(浮気の自覚がなかったなんて、私はなんてバカなの…馬鹿すぎるよ…。)
「…っ私…バカなことしました。もう許してもらえないですよね…」
「さぁ、俺は朝斗じゃねーからそれはわかんねーけどさ」
いつもと変わらない明るいトーンなのに、グサリと刺さる言葉で琳護先輩が言った。
「優妃ちゃんがそんなサイテー女だと思わなかったわぁ、意外意外!」
「……琳護、言い過ぎだぞ…っ」
一護くんが私の方をチラリと見て、言った。
「………」
「優妃ちゃんと付き合ってから朝斗変わったんだよ、やっと人間らしくなったっていうかさぁ…」
真顔になった琳護先輩が、ポツリと言った。
「なのに、そんな裏切り方は“無い”わ…」
「………」
私は、なにも言えなかった。
言えるはずがなかった。
琳護先輩の言うとおりだから。
私が昨日していたのは、朝斗さんに対する“サイテー”な“裏切り”行為、“浮気”だったのだ。
しかも、浮気になると気付かずに一琉と一緒に、楽しんでしまっていた。
一琉の気持ちを知っていたくせに、だ。
今さらそれについて何を言っても、朝斗さんに許してもらえるわけがない。
その事実が無くなるわけではない。
取り返しのつかないことを、したのは私…。
(本当に、最低だ…私)
それなのに、涙はいくら拭っても止まらなくて…、
これじゃあまるで私が被害者みたいだ。
「私…戻ります…」
琳護先輩と一護くんに何とかそれだけ告げて、涙でぼやける足元を見ながら、フラフラと歩く。
(朝斗さんを、傷付けた………っ)




