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翌朝、私はいつも通りの時間に家を出た。
いつも通り同じ時間の電車に乗り、いつも通り、高校前の駅で降りる。
いつもなら、改札を通るとそこに立っていた朝斗さん。
『優妃、おはよう』
私が挨拶したら、微笑んでそう挨拶を返してくれた朝斗さん。
――――今日は駅についても、…そこに朝斗さんの姿はない。そう、分かっていたはずだった。
(涙なんてずっと、出なかったくせに…―――)
そこに現実を突きつけられた気がして、気付いたら目から涙が溢れていた。
(泣くな…っ)
私は何度も目をこすって、早足で学校に向かう。
何も、考えないようにとにかく無心で――――…。
息が苦しい、呼吸が乱れる。
私はそれを早足だったからだと思い込もうとした。
「はー…っ」
靴箱の前で一度大きく深呼吸して、息を整えてから教室へと向かった。
「おはよー、優妃」
教室に入ってきた翠ちゃんが私の席まで来て、私は一時限目の小テストの勉強をしていた手を止めて顔を上げる。
「…おはよう、翠ちゃん」
「ちょっと、どうした?なんかあったの?」
私の顔を見た瞬間、翠ちゃんが目を見開いた。
「…ぇっと…―――」
口を開こうとすれば、勝手に声が震えてしまう。
(どうしよう!思い出したら、また泣きそうだ…)
「や、ごめん、やっぱいいや!」
「………」
私が泣きそうになるのを必死で堪えていると、翠ちゃんが気をつかってそう言ってくれた。
(ありがとう…)
私は言葉を口にしたら涙がこぼれるから、心の中でそう言った。
翠ちゃんの優しさが、心にじわじわと沁みてきて…結局私の涙腺はまた弛んでしまった。
「どっちにしろ、泣くんか!」
「ごめ…っ」
慌てた様子の翠ちゃんに、私は涙を拭いながら謝ろうとした。
だけど、何か口に出そうとすればするほど涙は止まらなくて…。
私はうつ向いて唇を噛み締めた。
「優「優妃、どうした?」
翠ちゃんの声を遮って、私達の前にやって来たのは一護くんだった。
「一護、あんたはちょっと…」
「朝斗がらみ?」
翠ちゃんの制する声を気にする様子もなく、一護くんが私にそう尋ねた。
「………」
私は、何も言えなかった。いや、言いたくなかったのかもしれない。
「アイツ…っ」
私が言わずにいたのを、肯定的にとらえた一護くんが苛立つように呟くと即座に教室を飛び出した。
「え…、ちょっと一護!どこ行く気?」
翠ちゃんが一護くんにそう問い掛けたが、すでに一護くんは教室を出た後だった。
(やめてっ、…違う…っ)
私は真っ青になって、一護くんの後を追いかけた。
朝斗さんは、何も悪くないから。
悪いのは、私だから。
だから朝斗さんに、何も言わないで。
「一護くんっ」
廊下を走って、だいぶ先を走る一護くんの名前を呼ぶ。
一護くんは、私の声に立ち止まってくれた。
「アイツが、優妃泣かせたんだろ?」
こちらを見ることなく、低い声で一護くんが言った。
「違う…っ。これは…そうじゃないの…」
「じゃあなんで泣くんだよ、朝斗がらみだろ?」
「―――私が悪いから…だから…」
「それ、朝斗庇ってるだけだろ!アイツ今朝だって違う女連れて歩いてたし!」
「え…」
(“違う女”…?)
思いきり岩で頭を殴られたような衝撃だった。
一護くんは固まったままの私を見て、しまったというような顔をした。




