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「私…帰る…」
私は一琉に向き直ってポツリと言った。
「は?何言ってるの?まだ行きたいところたくさんあったんだろ?」
一琉が不機嫌極まりない表情でそう捲し立てる。
(そうだけど、でも私、今はそれよりも…―――)
行かなきゃ、会いに。
朝斗さんに、伝えに。
「ごめん、一琉。ありがとう、連れてきてくれてっ」
私はそれだけ言うとすぐに元来た道へと走り出した。
(朝斗さん、朝斗さん…ごめんなさい…っ)
朝斗さんに何度も電話をかけながら、私は朝斗さんのアパートまで向かった。
だけど、何度かけても、朝斗さんは電話に出てはくれなかった。
(怒ってる!朝斗さん、きっとすごく怒ってる!!)
理由は、無断で一琉と遊びに出掛けていたからだ。
朝斗さんに以前から言われていたのに…―――
“そういうの嫉妬するからやめてくれ”って。
―――私はどんな理由があったとしても断るべきだった。
(分かってたのに…。最低だ…っ!)
アパートまでの道のりを、自己嫌悪を振り払おうとするように私は力の限り走った。
一琉が昔みたいに優しくて、仲良かった頃に戻れた気がして、嬉しくてはしゃいでしまった。
(なんて、そんなこと…言えるわけない…)
自分の中で朝斗さんに伝える言葉もまだ選びきれてなかった。
だけど、私はまず朝斗さんに会いたかった。
顔が見たかった。声が聴きたかった。
『ピンポーン…』
インターホンを鳴らしても朝斗さんは出てきてはくれなかった。
『ピンポーン…』
私は必死で、玄関の扉を手で叩いた。
「朝斗さん!開けてください!!居ませんか?」
しばらくして、ガチャンと鍵の開く音がした。
玄関の扉が開き、朝斗さんが不機嫌そうに顔を出した。
(やっぱり…怒ってる…)
―――分かってたことなのに、ズキッと胸が痛んだ。
「…何?もうデートはいいの?」
目が合った瞬間、朝斗さんは苦しそうに私から顔を背けて言った。
「―――…ごめんなさい。でも、違うんです!一琉とは別にデートなんかじゃなくて…「いいって。もう。」
私が必死に説明をしようと朝斗さんの顔を見上げた
時、朝斗さんが顔を背けたまま吐き捨てるように言った。
「以前から言わなきゃとは思ってたんだ」
「…?」
朝斗さんの、こんな表情を、私は見たことがなかった。
(すごくつらそうで、すごく切ない…胸の奥がつまるような…―ー?)
私は次の瞬間、そんな思考が全て止まるほどの衝撃を受けた。
「やっぱり君とは付き合えない。別れよう」
「…え?」
信じられない言葉に耳を疑った。
朝斗さんを見上げたまま私は立ち尽くしていた。
「ってことだから、もう家にも来ないでくれるかな?迷惑だから」
私の目をまっすぐ見つめて、朝斗さんがそう告げた。
今まで他人に向けていた、あの王子様スマイルで―――。
背を向けて家の中へと戻っていく朝斗さんの姿に、我に返った私は呼び止めようとした。
「…――ちょ…っ」
でも、驚くほど声が出なくて、私の声は朝斗さんには届かなかった。
バタンと玄関のドアが締まる音と同時に、私の目の前は真っ暗闇に閉ざされた。
『別れよう』
(嘘ですよね…?こんな…――――)
何だろう、衝撃が凄すぎて涙も出ない…―――。




