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「えと…朝斗さん私そろそろ…」
ソファーに座ってテレビを見ていた朝斗さんに、私は声をかける。
「あぁ、そうだよな帰らないと。送っていく」
「ありがとうございます…。―――えと…朝斗さん?」
朝斗さんは私を抱き締める腕を放す気配が全くない。
朝斗さんの膝の上に座らされていた私は、少し見上げて様子を窺う。
「本当は、帰したくないんだ…けど」
朝斗さんが私を抱き締めたまま、切ない声で言った。
(えっ?)
朝斗さんを見上げたままピシリと石化する私に、朝斗さんが苦笑する。そして悲しげにため息をついた。
「正直、優妃から連絡来るまでかなりへこんでたし…まだ、一緒にいたい…。」
「す…「謝らなくていいから」
へこませてしまったことを詫びようとする私なんてお見通しだったらしく、朝斗さんは素早くそれを阻止して、珍しく弱々しい声を出す。
「今日は一緒にいたいって言ったら迷惑だよ…な?」
「朝斗さん…」
ちょうどその時、私の携帯電話が鳴った。ドキンと心音が跳ねる。
朝斗さんが離してくれて、私は鞄から携帯電話を取り出す。
――――電話は、母からだった。
朝斗さんに出なよと言われて、私は少し離れたところで電話に出た。
『優妃、あなた今どこなの?何時に帰るつもり?』
夜の8時を過ぎても帰らず、連絡もしていなかったから心配したのだろう。
「あ、えっと明日の準備もあって今日は翠ちゃんの家に泊まることになってて…」
―――なぜか私は、咄嗟にそんな嘘をついた。ざわざわと胸が騒ぐ。
『だったらそうやって、連絡してきなさいよ。心配するでしょ?―――翠ちゃんに代わって?』
「えっと、翠ちゃんは今お風呂行ってて…」
ドキリとしながら私はさらに嘘をついた。
心の中で、母に謝りながら。
『ふーん。じゃあ良いわ、今日は遅いし後日逢沢さんにお礼言っておくわね』
「あ、はい…。ありがとう。…じゃあ」
電話を切ると同時に、朝斗さんが後ろから私を抱き締めた。
「嘘、つかせた…。ごめんな」
朝斗さんがつらそうに言う。
「違います。私が勝手に嘘、ついたんです」
(朝斗さんは、何も悪くない。これは私の意志だから)
「大事にするから…だから…」
朝斗さんが抱き締める腕に力を込める。
「傍に…」
―――なんだかすごく…不安そうに…聴こえた。
「朝斗さん…?」
私が顔を上げると朝斗さんは眉を下げて悲しげに微笑む。
「本当に“放っといて”はキいた…から」
消え入りそうな声で、朝斗さんが言う。
(何てことをしてしまったんだろう。)
私は自分のことばかりで、いつも貴方を傷付けてる。咄嗟に自分が傷付かないことを第一に考えてる。
(馬鹿だ…。大バカだ…っ)
でも、分かって…伝わって欲しい。
私は…貴方のことが好きだって。
どうしたら伝わる?どうしたら分かってもらえる?
「私はずっと…朝斗さんと一緒にいたいです。もう離れません!朝斗さんが嫌がらない限りずっと」
ぎゅっと朝斗さんにしがみついて、私は気持ちを伝えた。
「大事にするって言ったあとに、それは狡いよ…優妃 」
「え?」
朝斗さんが困ったような表情で、私から身体を離す。
「…―――何でもない」
朝斗さんはそう言って一人、ソファーに座り直した。
(え…?朝斗、さん――――…?)
―――…呆然と立ち尽くす私を置いて。




