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「朝斗さん…」
朝斗さんに遭遇した瞬間、私は先程のキスシーンを思い出してしまった。
悲しくて、つい俯いてしまう。モヤモヤと黒い気持ちに呑み込まれそうになる。
(あぁ…嫌だ。―――今、朝斗さんに会わせる顔がない…)
「おい、何やってんだお前。優妃から離れろ」
朝斗さんが、一琉に怒りをぶつける。
一琉は私の腕を掴んでいた手を離してため息をついた。
「“何やってんだ”はこっちの台詞だよ…」
「は?」
一琉と朝斗さんの低い声が、私の前で飛び交う。
「優妃、行こう」
朝斗さんが、私の手をとろうと近付いたとき、私はつい一琉の後ろへ隠れてしまった。
「優妃?どういうことだ…?」
朝斗さんの問いただす声。傷付いたようなショックを受けたように響いた。
その声に、私は胸がぎゅうっと締め付けられる。
だけどー―ー…。
(嫉妬に歪んだ表情なんて、―――こんな醜い私なんて見られたくない…。だから今、朝斗さんと居たくない…居られないよー―…)
「なんでもっと優妃を見てやらないんだよ」
一琉が朝斗さんを責めるように強めの口調で言う。
「あんたのせいで、優妃が何回泣いてるか知ってる?―――そんなんで“彼氏”?
“優妃を泣かすような男には二度と会わせねぇ”んじゃなかったの?早馬センパイ?」
(一琉…私のことを思って…?)
「………」
一気に捲し立てる一琉に、朝斗さんは何も答えなかった。
一琉はそんな朝斗さんにため息をついてさらに口を開く。
「ついでに知らないやつにまでつけ込まれてるし」
(え?つけ込まれる?)
「そんな守れない男に、やっぱり優妃は任せられ「一琉、それは違う…」
途中まで口を挟まずにいたけれど、これだけは言いたかった。
「ちょっと!今イイトコだったんだから優妃は黙っててよ」
一琉が不機嫌そうに振り返って私を横目で睨む。
「違うよ一琉…。私が泣くのは…、朝斗さんが好きだからだよ」
私は、一琉のシャツを握り締めて、辿々しくなりながらも必死に伝えた。
「はぁ?」
「朝斗さんが好きじゃなかったら、こんな―――泣かない…」
(そう。私は朝斗さんが好き…。ただ、今は…)
「はぁ?ー―ー優妃って本当にバカだろ!帰る!」
「待って!…待って一琉」
呆れた声を出したあと、怒って帰ろうとした一琉のシャツを離さずに、私は俯いて頼み込む。
(置いてかないで…二人にしないで…っ)
「優妃?」
朝斗さんの不機嫌な声が、一琉の後ろにいてもハッキリと聞こえてきた。
(朝斗さん…怒ってる…。)
「朝斗さん…わ、私…。今日はちょっと一緒に居られません。ごめんなさいっ」
一琉の背中に隠れながら、私は朝斗さんに話し掛ける。
「…なんで?」
「落ち着くまで…放っておいてください!すみませんっ」
「優…「お願いっ」
一琉の後ろまで回り込んできた朝斗さんに気が付いて、私は朝斗さんを見上げて声をあげる。
(見ないで…見ないで…こんな私は…――――)
ここで涙目になってしまう私は…本当に弱い。
「お願いです…朝斗さん…」
(明日には…明日までには何にも無かったように笑えるように頑張りますから…だから今日は…。今は…―ー―)
「放っておいてください…」




