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「香枝さん、俺と付き合わない?」
「・・・・」
私の名前は、香枝優妃。
そう。それくらい、分かっている。
――――自分の名前ぐらい。
だけど、私が辺りを見回したのは、
そんな告白をされたのが信じられなかったからだ。
なぜなら目の前に立っているその相手は、この高校でも有名な、あの、早馬朝斗先輩だったから。
「香枝、優妃ちゃん?」
返事をしないでいた私に、早馬先輩が困ったように微笑む。
「ええと…――――」
相手は高校のアイドル的存在。
しかも“特定の”彼女は作らないことで有名な先輩。
(だったら、返事は決まってる…―ー)
「ごめんなさい…」
私は頭を下げた。だってそんな人が私なんか本気にするわけがないから。
「そっか、分かった…」
早馬先輩はそれだけ言うと、すぐに背を向けて行ってしまった。
私は頭を下げたまま、先輩の足音が遠ざかるのを聞いていた。
高校の裏庭、放課後に、初めて先輩に話し掛けられたこの日を、私は一生忘れない――――。