八十六個目
……荷物、降ってこない?
いや、もしかしたらもう死んだ? 俺は恐る恐る目を開く。
そこに広がる光景は、衝撃的なものだった。
俺の体の中から伸びた触手が、落ちてきた荷物をキャッチしている。
そしてさらに崩れようとしていた荷物が、不思議な力で押さえられているのだ。
すっと周囲に優しく風が通っている感じもする。もしかして、これって……。
「ボス! 早くオレたちの方にきて! 荷物は浮かせてるから!」
「これ以上崩れないように、私は押さえておくわぁ」
「キュ、キューン。キューン?(で、二人の手が足りてないところは僕ッスね。ボス大丈夫ッス?)」
「あ、ありがとう……」
俺は完全に動けなくなっているマヘヴィンさんと、呆然としている男の人をを引きずり、その場から離れる。
それを確認した後、三人は浮いている荷物をゆっくりと降ろした。
この三人って、こんなにすごかったの!? 数箱をセトトルが浮かせ、フーさんが崩れるのを押さえ、残りはキューンの触手が対応している。
……俺は恐怖よりも、驚きの方が勝っていた。駆け寄ってきたヴァーマさんの手を借りることもなく立ち上がり、叫んでしまう。
「すごい! え!? 今のなに!? 三人がやったの!? まさか、こんなにすごいことができると思わなかったよ! 三人ともすごい! 超すごい!」
「ボ、ボス落ち着いてくださいませ。確かに三人はすごかったですが、まずは怪我をしていないかを……」
「すごい! すごすぎる! なんで俺に魔法の力が無いんだ! 羨ましい!」
「……駄目だね。死にかけたせいか、妙にハイになっているね。全然聞こえていないよ。でも確かに三人はすごいね。私ではここまでの力は出せないよ」
セレネナルさんの言う通り、俺は妙にハイになっている。そしてそんな俺をヴァーマさんが揺さぶった。
あばばばばば、そんなに揺らさないでください。
「落ち着け! 頭でも打ったか! どこか痛いところはあるか!」
「だ、大丈夫です。めっちゃ冷静やねん。問題ありませんってばよ」
「口調までおかしくなってやがる!」
そんな訳が分からなくなっている俺へ、強烈なタックルが飛んでくる。
俺はそれを食らい吹っ飛んだ。
「ぐふっ……。マ、マヘヴィンさん?」
「ナガレさん! いえ、魔王! あなたは僕の命の恩人です! 本当にありがとうございます! 今日から……いえ! 明日から心を入れ替えて指導を受けさせてもらいたいと思います!」
「今日からやれよ!」
こいつあんまり反省していないぞ!
いや、でもあのタックルは良かった。あれで一気に冷静になれた気がする。
さて、次の問題は……。この周囲を取り囲んでいる人たちへの説明、かな。
「えーっと……。荷物は、気を付けて積まないとこんな事故が起きます。みなさん気を付け」
「すげえええええええええ! なんだ今の! 妖精と、緑の髪? シルフか!? 後、あんた変な触手を伸ばしてたよな!」
「え? えぇっとあれは自分ではなく……」
「キュン(僕ッスね)」
「ちょ、キューン! 姿を簡単に出したら」
「スライムだあああああああああああ!」
あぁもう、さらに大騒ぎになってしまった。これはまずい、キューンを連れて逃げるしかない。
商人組合の本部で匿ってもらうか? 他に行ける場所も……。
「スライムすげえええええええ! お前やるじゃねぇか! うちで働けよ!」
「キュン、キューン。キュ、キュンキューン(いやいや、それほどでもないッス。後、僕はもう東倉庫で働いているから無理ッス!)」
「なに言ってるのか全然分からねぇけど、すげぇな!」
あっという間に、セトトル、キューン、フーさんは大人気となっていた。
なんだこれ。いいのかこれで。もっと疑ったりとか、力怖いとか、スライムだ逃げろとか、そういう常識的な反応はないのか?
だが、改めて周囲を見て気づく。
昔ながらの倉庫という感じの、その倉庫には筋肉がすごい男性ばかりがいる。
つまり、こいつら脳筋の集まりだ。倉庫業務には細やかな仕事もあり、現代では女性も増えていたが、ここではそうではないらしい。
……だからって、こんなんでいいのか?
そしてその場の荷物を全て降ろし、一段落した俺たちは倉庫の面々の前で自己紹介をすることになる。
いや、正しくはさせられることとなった。
軽く100人くらいはいそうなんですが……。緊張がやばい。
「自分は、ナガレと言います。アキの町で東倉庫の管理人をしています。ここにはマヘヴィンさんの指導できました」
「おー……パチパチパチ」
「あいつが二人を庇ってたよな」
なんか拍手までされた。さっきの一件で、一気に有名人となってしまったようだ。
ちょっと照れるな……。
「オ、オレはセトトルだにょ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「噛んだ!」
「可愛いぞ!」
ちょ、待って? 俺のときより遥かに声援が大きいよね? 後、噛んだところはスルーしてやれよ! セトトルの顔が真っ赤になっているじゃないか!
「キューン(キューンッス)」
「スライムううううううううううううう!」
「ぷるぷるしてるぞ!」
「触らせろ!」
「キュン!(嫌ッス!)」
「なんか言ってるぞ! でもやっぱり分からねぇ!」
すごく盛り上がっています。
スライムが一瞬で受け入れられているが、本当にお前ら疑問はないのか?
「フ、フレイリスよぉ。よろしくねぇ」
「シルフウウウウウウウウウウウウウ! シルフウウウウウウウウウウ?」
「なんか、筋肉すごくないか? 本当にシルフか?」
「倉庫業務にぴったりだろ!」
「確かにそうだな! シルフウウウウウウウウウウウ!」
こいつら、本当はなんでもいいんだろ。
絶対そうだ。なにも考えていないに違いない。後、フーさんの中身は美少女だぞ?
「私はハーデトリですわ! おーっほっほっほっほ!」
「あ、オーガス家のお嬢様だ」
「お疲れ様です」
「いつもお世話になっています」
なんか、急に冷静になっている。
貴族ってやっぱり有名なんだね……。
「え? 俺もやるのか? いらんだろ? あーっと、冒険者のヴァーマだ。ボスたちの護衛できた」
「ビキニパンツウウウウウウウウウ!」
「アニキイイイイイイイイイイ!」
ヴァーマさんがドン引きしている。その顔を見ているだけで楽しい。
いや、待って? なんで俺よりヴァーマさんの歓声の方が大きいの? おかしいよね?
「はぁ……。セレネナルだよ。ヴァーマと同じで冒険者だ。ボスたちの護衛できたよ」
「セレネナルさああああああああああん!」
「踏んでくださあああああああああい!」
「お黙り」
「ひゅううううううううううう!」
セレネナルさんが蔑むような目で見ているのに、大喜びである。
もうやだ。帰りたい。心の底から帰りたい。
そして、全員の目が一人に集まる。
言うまでもなくマヘヴィンさんだった。よく分からない流れになっているが、ここが正念場だ。心を入れ替えるんだろ? 頑張れ!
「ど、どうも。この倉庫の管理人マヘヴィンです」
「……」
「さっきの事故を見て、その……。魔王、どうしましょう」
「いいから、頑張ることを伝えよう」
「心を入れ替えて頑張ります! よろしくお願いします!」
「……おい、どうする?」
「そもそもあいつ誰だよ」
「メイクしてるから、そういう仕事のあんちゃんだと思ってたぞ」
そういう仕事って、どういう仕事? 聞きたいけど、聞きたくない。
というか、マヘヴィンさんのことを知らない人までいるのですが……。
「これからマヘヴィンは死ぬ気で頑張るから! よろしくね! オレからもみんなにマヘヴィンのことをお願いするよ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「セトトルちゃんが言うならしょうがないな!」
「よし、よろしく頼むぞマヘヴィン!」
えぇー、いいのこれで? 本当にいいの?
俺、マヘヴィンさんのことを叩き直して、みんなに徐々に認められて、立派な管理人にする。そう決めていたんだけど……。
それにしても一つだけ、どうしても疑問が消えない。いくらなんでもマヘヴィンさんの名前を覚えていないのはおかしい。マヘヴィンさんがなにもしていなかったり、周囲が脳筋だったとはいえ異常すぎる。
やはりそこはマヘヴィンさんに聞いておこう。
「マヘヴィンさん、みなさんに自己紹介とかはしていなかったのですか?」
「自己紹介? それは自分がすることじゃなくて、倉庫の人が自分へ挨拶にくるんじゃないですか?」
……そうか、そういうことだったのか。
俺はやっとマヘヴィンさんに一番足りていないものが何かが分かった。
「はっはっはっは」
「なにか面白いことを言いましたか? ははははは」
「なに笑ってるんだ」
「え?」
「マヘヴィンさん……いや、マヘヴィン」
「はい……?」
俺はマヘヴィンへ近づき、肩を強く掴んだ。
マヘヴィンが、少しだけ痛そうに顔を歪める。だがそんなことは気にしない。
「マヘヴィンに足りないのは常識だけでなく……自分の現状把握と、他人への敬意もだ」
「あの、肩が少し痛いです魔王。後、顔が、その、怖いです」
「いいか! 実力もなければ仕事もしていないマヘヴィンは、この倉庫で一番下っ端だ! それをはっきり自覚するんだ! まずは、倉庫の方々一人一人に挨拶をする! 最初は挨拶からだ! 行くぞ!」
「は、はい!」
俺は無理矢理マヘヴィンを引っ張り、一人一人に挨拶をさせた。
よーく分かった。生半可なやり方じゃ駄目だ。考え方から、全て叩き直さないとこいつは駄目なんだ!
倉庫って昔は男性しかいなかったんですよね。
その点を考えていくと、こういう人たちだと面白いなと思いました。
ちなみに昨日は悩んでいましたが、普通で真面目な展開と、ちょっとアホな展開は織り交ぜることにしました。
よく考えたらアホな話だからいいかな! って自己解決いたしました!