八十三個目
朝、俺は誰よりも早く目を覚ました。
よしよし、まだみんな寝ているな……。お腹の上にキューンもいるし、ばっちりだ!
しがみつく二人を無理矢理剥がし、キューンを降ろしてベッドから出る。そして素早く服を着替えた。
完全勝利とはこのことだろう。なにか企んでいたようだが、そんなことはもうさせない。
俺は袋を手に取り、キューンを袋の中に入れて口をしっかりと締めた。
ふぅ……やり切ったぜ! 俺は満足し、椅子に座りみんなが起きるのをゆっくりと待つことにした。
早く起きすぎたのか、みんなが起きてくるまでぼんやりと待つ。
長くかかるかと思っていたが、ヴァーマさんとセレネナルさんがすぐに目を覚ました。
「おや? ボス早いじゃないか」
「おはようございます。少し早く目が覚めてしまいました」
「年寄りみたいなこと言ってんな」
なにか、ぐさっときた。
まだ28なのか、もう28なのか。どうしても考えてしまうことがある。
安定した生活、正社員登用。そんな言葉への憧れは、常にあった。
いや、もう過ぎたことだよね。
今や一国一城の主だ。人生なにがあるか分からない。
「んん……ボスおはよ? 朝だよ?」
セトトルは掛け布団を畳み、そして畳んだ布団の中へ挟まるように入った。
完全に寝ぼけている。可愛い。
フーさんはというとだ……無言で手をばたばたと伸ばしている。もがいているような、なにかを探しているような動きが面白い。
お? フーさんが目を開けてこっちを見ている。起きたのかな?
彼女はふらふらと座っている俺へ近づき、抱きついてくる。
「フーさん? おはよう?」
「……すぅ」
寝た。なんだこれ。とりあえず頭を撫でておこう。よしよし……。
「うふふ……」
フーさんは頭を撫でると、嬉しそうにして頭を俺にぐりぐりと押しつけてきた。
なんかこう、ペットとかを撫でている気持ちになる。癒されるなぁ。
「いや、いいから二人を起こしなよ」
「ですね。今、起こします」
もうちょっと楽しみたかったが、俺はしょうがなく二人を起こすことにする。
ちなみに時間をかけて起こしていたため、途中で焦れたセレネナルさんが俺と変わった。
優しく起こそうとしたのが失敗だったようだ……。
セレネナルさんは寝ぼけた二人を抱えて、隣の部屋へ移動する。
少々待つと、二人はシャキッとした顔で戻ってきた。フーさんは着ぐるみも、ばっちり着ている。セレネナルさんすごい。
しゃきっとしたフーさんがきょろきょろと室内を確認し、首を傾げて俺へ聞いた。
「あらぁ? そういえばキューンはどうしたのかしらぁ?」
「キューンなら、もう袋の中で準備万端だね」
「キューン!(ここにいるッスよ!)」
俺はぴたりと止まった。
待て、なぜ服の中からキューンの声がする。間違いなくキューンは袋の中に入れたはずだ。
袋の口を開き、恐る恐る中を覗いてみる。……大丈夫だ、キューンは袋の中だ。幻聴だったか。
そう思ったとき、上半身をにゅるんとした感触が走った。
背筋がぞぞぞっとしたよ! なんだ今の!
俺がシャツのボタンを二つ三つ外し、中を覗き込むと……緑色のなにかが、ウェットスーツのように張り付いていた。
「なんで!? 袋の中にいたじゃないか!」
「キューン。キューン、キュンキューン!(あれ分裂したやつッス。僕はボスより早く起きて、ボスのジャケットの中に潜んでいたッス!)」
「なら、そのままジャケットの中でいいじゃないか!」
「キュ、キューンキュン!(いやぁ、ボスにくっついていると安心するんッスよ)」
よく分からない理論だったが、引き剥がすのが無理なのは昨日理解している。
俺はがっくりと項垂れ、キューンが張り付いたままで朝食を済ませ、宿を出ることになった。
明日こそは……!
ハーデトリさんやマヘヴィンさんが待っているであろう王都の倉庫へは、かなりの距離があった。
場所の確認をしていたから早く出たとはいえ、まさか一時間近く歩くことになるとは……。
だが早く出ていたこともあり、時間は9時ちょっと前。よしよし、間に合った。
「ボス、遅かったですわね?」
「ハーデトリさん。すみませんお待たせしました。思っていたよりも距離がありまして……」
「もしかして、歩いて来たんですの?」
あれ? 普通は歩いてこないの?
そういえば、昨日ハーデトリさんは馬車で帰っていたような……。
「明日からは、馬車を大きいものに変えて宿の前へ迎えに行きますわ」
「す、すみません。お手数おかけします」
昨日、帰る前にエーオさんが馬車の手配を、と言っていたのはこのためだったのか。
王都の広さを舐め過ぎていた。王都では、アキの町のようにいかないことが多い。もっと色々学んで、しっかりしないといけないな。
とりあえず色々と反省をするのは帰ってからにしよう。マヘヴィンさんを探さないといけない。
倉庫は入り口が大きく開いており、大きなガレージの形をしている。
これなら荷馬車なども簡単に受け入れられるだろう。だが、開きっぱなしなので中の状態はお察しだった。
外から見ても荷物が散乱しているのが分かる。中に入ったらもっとひどいだろう。
そんな状況確認をしつつマヘヴィンさんを探したのだが……見つからない!
一体どこにいるんだ? 広すぎて見つからないのだろうか? 倉庫の奥に部屋がある可能性もある。
仕方なく、俺は周囲で忙しそうにしている人へ声をかけることにする。
「お仕事中すみません。ちょっとよろしいですか?」
「ん? 荷物かい?」
「いえ、マヘヴィンさんに用があって来ました」
「マヘヴィン? あいつならそのうち来ると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
忙しそうにしている男性は、それだけ言うと立ち去ってしまった。
どうやらマヘヴィンさんの出勤時間は、俺が思っていた時間と違うらしい。出勤時間は人それぞれだと思うので、文句も言えない。
でも、すでにたくさんの人が倉庫内で作業をしているのにいいのかな……。
―― 一時間半後。
周囲の面々はイライラとしていた。
腕を組み、指でトントンと腕を叩いているセレネナルさん。
足で地面を耕すように蹴っているヴァーマさん。
ハーデトリさんだけは、セトトルとフーさんを抱きしめてご満悦だった。二人は犠牲となったのだ。
それにしても遅すぎる。一体いつ来るんだ?
……仕方ない、商人組合の本部に行くしかないか。
「さすがに少し遅いですね。自分は商人組合の本部に行き、話を聞いてこようと思います」
「オレ」
「なら、私も行くわぁ!」
「私も行こうかね。ヴァーマ、こっちは任せるよ」
「全員で行くんじゃ駄目なのか? ここで待つのには飽きたんだけどな」
「オレも一緒に」
「そうすると、入れ違いになってしまうかもしれませんので……。すみませんが、三人で行ってきます」
「ちっ」
舌打ちするヴァーマさんが怖いです。
だがその気持ちは分かる。俺だって、もしかしたら午後から出て最後まで残るタイプなのかもしれない。と、自分に言い聞かせて誤魔化してはいるが、苛立つ気持ちの方が大きい。
「ボス、うちの馬車を使ってくださって構いませんわ」
「お言葉に甘えさせて頂きます。それでは少し外します」
俺はキューンとフーさん、そしてセレネナルさんと一緒に馬車へと乗り込んだ。
馬車の中から、ちらりと残ったメンバーを見たのだが……。セトトルが、捨てられた子犬のような目で馬車を見ていた。
ご、ごめんよセトトル。ハーデトリさんのことを頼んだよ!