表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/175

八個目

 俺は木箱三つを手前に、セトトルは木箱二つを奥に運ぶ。

 これも大事なことだ。なるべく大変な方を率先してやる。そうすることで、仲間との信頼関係が築けるというものだ。

 俺が丁寧に木箱を二つ運び終わると、すでにセトトルは運び終わっていた。

 ぐぐぐ、俺にもあの不思議な力が欲しい。

 そんなことを言っても手に入るわけじゃない。俺はえっちらほっちら残り一箱を運んだ。

 セトトルは何故かそれに合わせて報告をしてきた。


「ボス! 終わりました!」

「はい、ご苦労様。次はカウンターに一度戻るよ」


 俺はセトトルを連れてカウンターに戻る。

 そして紙を二枚出し、紙へと記載する。〇〇様、××様。これでいい。

 倉庫に戻り、その紙を二つの塊に一枚ずつ載せておく。

 これで誰が見ても一目瞭然だ。


 本当は紙が飛んでしまうかもしれないから、弱粘性のテープか何かで張っておきたい。だが、無い物ねだりをしても仕方ない。

 倉庫管理は発想との勝負だ。きっと後日、また何か良い方法が浮かぶだろう。

 それにこの世界独自の道具だってあるはずだ。そう考えると夢が広がる。

 

 倉庫でこれ以上できることも浮かばず、俺たちは昼過ぎまではカウンターでお客様を待つことにした。

 ……でも、全然来ないね? 誰も来ないまま、昼となる。

 俺はセトトルに二階で休憩し食事をするように伝えた。勿論、俺は水で耐える。武士は食わねど高楊枝、を体験する日が来るとは……。

 午後は掃除をする予定だ。まだまだやることは大量にある。

 

 そして昼からは楽しい掃除の時間だ!

 俺はヤケクソ気味にテンションを上げる。


「よし、午後からは掃除をしながらお客様を待とう」

「はーい! オレは何をすればいい?」

「うん、俺は洗面所を綺麗にする。セトトルは、お客様から見えるところをまずは綺麗にしてくれるかい?」

「この部屋ってことだよね? 倉庫みたいにやればいいのかな?」

「それで大丈夫だよ。あ、でもお客様が来たらすぐに掃除は止めること。後、入口からカウンターまでの間は、ゴミをすぐ掃いておくこと。午後も頑張ろう」

「分かったよ! 頑張ろー!」


 カウンター内はひどいものだが、一応お客様から見えるわけではない。

 よって、掃除は後回しにした。

 本当は二人でカウンターのある部屋を掃除したいのだが、腹の虫がグーグーと鳴るのを聞かせたくない。気を使わせちゃうからね。

 

 俺は洗面所内の掃除を始める。

 最初に手をつけたのは、洗面台とトイレだ。

 お客様が使うところは綺麗にしておかないといけない。


 掃除を続ける。ゴミを出す。掃除を続ける。ゴミを出す。

 客商売なのに、こんなに汚くなるまで放っておくなよ! 若干怒りまで湧いてくる。

 だが、なぜか遣り甲斐を感じてしまう。畜生……。


 集中しすぎてシャワールームなどもガッツリ掃除をしてしまった。

 セトトルの様子はたまに見ていたのだが、お客様とかは大丈夫かな?

 カウンターに戻り周囲を見ると、とても綺麗になっていた。

 これはすごく頑張ってくれたんだな……。


「ボス! どう!? オレ頑張ったよ!」

「うん、すごい頑張ったね。見違えるほど綺麗になった!」

「えへへ……」


 少し照れくさそうにセトトルは笑う。仕事をする上で怒ってるだけでは意味がない。それ以上に誉める! これが大事だと俺は思っている。

 だからこそ、こういうときはしっかりと誉めることにしていた。


 ふっと、窓から入るオレンジの光に気付く。

 あれ? これって夕方……? お客様は!?

 そうだ、おかしい。集中しすぎていたとはいえ、誰一人来た気配はなかった。

 俺はそこでやっと冷静になった。

 そして恐る恐るセトトルに聞いてみることにした。


「な、なぁセトトル? この店には、どのくらいお客様が来るんだい?」


 彼女は両手の人差し指でこめかみを押さえ、うーんと考えだした。

 俺は少しドキドキしながらその答えを待った。ま、まさかね?

 そしてセトトルは顔を上げた。


「二、三日に一人くらいかな?」

「やっぱりそうだよね!?」


 絶望した!

 そう、少し考えれば分かることなのだが、腹が減って頭が回っていなかった。

 倉庫内に預かっている品物の少なさ! 起きたら店を開くというルーズな態勢! 埃だらけで、掃除すらまともにしていない倉庫!

 こんなところに人が来る訳がないのだ。


 どうする、どうする。俺はカウンターに座りながら考える。

 何か方法を考えなければ飢え死にする。

 恐らく、この倉庫の評判は最悪だと想定した方がいい。そんな場所に預けに来るか? ……答えは否だ。

 つまり、この店の評判を上げないといけない。宣伝が必要だ。いや、だがその前に店の状態すら完璧とは言えない。

 セトトルは、パンは今日の分で終わりだと言っていた。

 つまり、食事の問題もある。


 ……とれる策は多くない。

 先立つ物が何より必要だった。

 俺が考えていると、肩に乗っていたセトトルに耳を引っ張られる。


「ボス、もう夜だよ? 大丈夫?」

「え? 夜? もう20時? こ、この後にお客さんが来ることとかは……」

「んっと、オレが知る限りでは一度くらいしか無かったよ」

「そうだよね……」


 俺はセトトルに頼み、店を閉めた。評判の悪い店に、飛び込みの客が来るなんて都合の良い事はない。

 店の戸締りをした後、俺とセトトルは二階へと上がった。


 セトトルはニコニコと笑いながらパンを食べている。

 今日も一日頑張って疲れているだろう。なのに笑顔だ。その姿を見ていると癒される。

 すると、セトトルは急にこちらを見て話しだした。


「ねぇボス。仕事って楽しいんだね!」

「楽しい?」

「うん! オレ前は荷物を運んでるだけだったからさ! 今はボスがちゃんと教えてくれて、掃除して。すごく楽しいよ!」


 楽しい。セトトルは楽しいと言ってくれた。

 それはきっと、遣り甲斐を感じてくれているのだ。

 俺は、何でつまらないプライドに拘っていたのだろう。決意が固まった。


「セトトル、明日は朝一でアグドラさんの所に案内してくれるかい?」

「アグドラのところ? 何をしに行くの?」

「うん、情けないんだけどね。このままじゃ経営が成り立たないんだ。頭を下げてお金を借りるよ」


 もうプライドなんて全部捨てた。必要なら土下座でもしよう。

 何より、この店には足りない物が多すぎる! そのためには金だ! 金がいる!

 ……なにより、今の俺みたいにお腹をぐーぐー鳴らすセトトルだけは見たくなかった。


「そっか、お金がないと大変だもんね……。分かったよ! オレはボスにずっと付いて行くから安心して!」

「……ありがとう」


 頑張ろう。本当にそう思わせてくれる。

 一人だったら逃げていた自信がある。いや、逃げる場所もないんだけどね。

 でも、今はそうはいかない! これからのためにも、今は頭を下げる時だ!


 その日、俺は決意を新たに眠りについた。

 明日は土下座でも何でもしてやる!


 ……この時の俺は、まさかこの後にあんなことになるなんて、思ってもいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ