八個目
俺は木箱三つを手前に、セトトルは木箱二つを奥に運ぶ。
これも大事なことだ。なるべく大変な方を率先してやる。そうすることで、仲間との信頼関係が築けるというものだ。
俺が丁寧に木箱を二つ運び終わると、すでにセトトルは運び終わっていた。
ぐぐぐ、俺にもあの不思議な力が欲しい。
そんなことを言っても手に入るわけじゃない。俺はえっちらほっちら残り一箱を運んだ。
セトトルは何故かそれに合わせて報告をしてきた。
「ボス! 終わりました!」
「はい、ご苦労様。次はカウンターに一度戻るよ」
俺はセトトルを連れてカウンターに戻る。
そして紙を二枚出し、紙へと記載する。〇〇様、××様。これでいい。
倉庫に戻り、その紙を二つの塊に一枚ずつ載せておく。
これで誰が見ても一目瞭然だ。
本当は紙が飛んでしまうかもしれないから、弱粘性のテープか何かで張っておきたい。だが、無い物ねだりをしても仕方ない。
倉庫管理は発想との勝負だ。きっと後日、また何か良い方法が浮かぶだろう。
それにこの世界独自の道具だってあるはずだ。そう考えると夢が広がる。
倉庫でこれ以上できることも浮かばず、俺たちは昼過ぎまではカウンターでお客様を待つことにした。
……でも、全然来ないね? 誰も来ないまま、昼となる。
俺はセトトルに二階で休憩し食事をするように伝えた。勿論、俺は水で耐える。武士は食わねど高楊枝、を体験する日が来るとは……。
午後は掃除をする予定だ。まだまだやることは大量にある。
そして昼からは楽しい掃除の時間だ!
俺はヤケクソ気味にテンションを上げる。
「よし、午後からは掃除をしながらお客様を待とう」
「はーい! オレは何をすればいい?」
「うん、俺は洗面所を綺麗にする。セトトルは、お客様から見えるところをまずは綺麗にしてくれるかい?」
「この部屋ってことだよね? 倉庫みたいにやればいいのかな?」
「それで大丈夫だよ。あ、でもお客様が来たらすぐに掃除は止めること。後、入口からカウンターまでの間は、ゴミをすぐ掃いておくこと。午後も頑張ろう」
「分かったよ! 頑張ろー!」
カウンター内はひどいものだが、一応お客様から見えるわけではない。
よって、掃除は後回しにした。
本当は二人でカウンターのある部屋を掃除したいのだが、腹の虫がグーグーと鳴るのを聞かせたくない。気を使わせちゃうからね。
俺は洗面所内の掃除を始める。
最初に手をつけたのは、洗面台とトイレだ。
お客様が使うところは綺麗にしておかないといけない。
掃除を続ける。ゴミを出す。掃除を続ける。ゴミを出す。
客商売なのに、こんなに汚くなるまで放っておくなよ! 若干怒りまで湧いてくる。
だが、なぜか遣り甲斐を感じてしまう。畜生……。
集中しすぎてシャワールームなどもガッツリ掃除をしてしまった。
セトトルの様子はたまに見ていたのだが、お客様とかは大丈夫かな?
カウンターに戻り周囲を見ると、とても綺麗になっていた。
これはすごく頑張ってくれたんだな……。
「ボス! どう!? オレ頑張ったよ!」
「うん、すごい頑張ったね。見違えるほど綺麗になった!」
「えへへ……」
少し照れくさそうにセトトルは笑う。仕事をする上で怒ってるだけでは意味がない。それ以上に誉める! これが大事だと俺は思っている。
だからこそ、こういうときはしっかりと誉めることにしていた。
ふっと、窓から入るオレンジの光に気付く。
あれ? これって夕方……? お客様は!?
そうだ、おかしい。集中しすぎていたとはいえ、誰一人来た気配はなかった。
俺はそこでやっと冷静になった。
そして恐る恐るセトトルに聞いてみることにした。
「な、なぁセトトル? この店には、どのくらいお客様が来るんだい?」
彼女は両手の人差し指でこめかみを押さえ、うーんと考えだした。
俺は少しドキドキしながらその答えを待った。ま、まさかね?
そしてセトトルは顔を上げた。
「二、三日に一人くらいかな?」
「やっぱりそうだよね!?」
絶望した!
そう、少し考えれば分かることなのだが、腹が減って頭が回っていなかった。
倉庫内に預かっている品物の少なさ! 起きたら店を開くというルーズな態勢! 埃だらけで、掃除すらまともにしていない倉庫!
こんなところに人が来る訳がないのだ。
どうする、どうする。俺はカウンターに座りながら考える。
何か方法を考えなければ飢え死にする。
恐らく、この倉庫の評判は最悪だと想定した方がいい。そんな場所に預けに来るか? ……答えは否だ。
つまり、この店の評判を上げないといけない。宣伝が必要だ。いや、だがその前に店の状態すら完璧とは言えない。
セトトルは、パンは今日の分で終わりだと言っていた。
つまり、食事の問題もある。
……とれる策は多くない。
先立つ物が何より必要だった。
俺が考えていると、肩に乗っていたセトトルに耳を引っ張られる。
「ボス、もう夜だよ? 大丈夫?」
「え? 夜? もう20時? こ、この後にお客さんが来ることとかは……」
「んっと、オレが知る限りでは一度くらいしか無かったよ」
「そうだよね……」
俺はセトトルに頼み、店を閉めた。評判の悪い店に、飛び込みの客が来るなんて都合の良い事はない。
店の戸締りをした後、俺とセトトルは二階へと上がった。
セトトルはニコニコと笑いながらパンを食べている。
今日も一日頑張って疲れているだろう。なのに笑顔だ。その姿を見ていると癒される。
すると、セトトルは急にこちらを見て話しだした。
「ねぇボス。仕事って楽しいんだね!」
「楽しい?」
「うん! オレ前は荷物を運んでるだけだったからさ! 今はボスがちゃんと教えてくれて、掃除して。すごく楽しいよ!」
楽しい。セトトルは楽しいと言ってくれた。
それはきっと、遣り甲斐を感じてくれているのだ。
俺は、何でつまらないプライドに拘っていたのだろう。決意が固まった。
「セトトル、明日は朝一でアグドラさんの所に案内してくれるかい?」
「アグドラのところ? 何をしに行くの?」
「うん、情けないんだけどね。このままじゃ経営が成り立たないんだ。頭を下げてお金を借りるよ」
もうプライドなんて全部捨てた。必要なら土下座でもしよう。
何より、この店には足りない物が多すぎる! そのためには金だ! 金がいる!
……なにより、今の俺みたいにお腹をぐーぐー鳴らすセトトルだけは見たくなかった。
「そっか、お金がないと大変だもんね……。分かったよ! オレはボスにずっと付いて行くから安心して!」
「……ありがとう」
頑張ろう。本当にそう思わせてくれる。
一人だったら逃げていた自信がある。いや、逃げる場所もないんだけどね。
でも、今はそうはいかない! これからのためにも、今は頭を下げる時だ!
その日、俺は決意を新たに眠りについた。
明日は土下座でも何でもしてやる!
……この時の俺は、まさかこの後にあんなことになるなんて、思ってもいなかった。