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八十二個目

 俺が明日からの予定をハーデトリさんと打ち合わせていると、部屋の外から賑やかな声が聞こえてくる。

 おや、まだ夕方だけど帰ってきたのかな?


「ただいまー! あ、ボスいた! 一緒にご飯を食べに行こうよ!」

「ボスと行こうと思って、戻ってきたのよぉ」


 なんてありがたい申し出だ。

 だが、四人は室内にいた予想外の人物を見て驚いていた。


「おや、ハーデトリじゃないか。やっぱり来ていたんだね」

「にゃにゃ? お知り合いにゃ?」

「セトトルちゃーん! フーちゃーん! やっと会えましたわ!」


 二人はすぐに、セレネナルさんとレーネさんの後ろへ隠れた。

 しかしハーデトリさんはそんなことで諦めず、じりじりと回り込もうとしている。

 まるで鬼ごっこのようだが、一つだけ違う点がある。捕まったら、二人は離してもらえないということだろう。

 というか、四人? キューンがいなくないか?

 む、フーさんが追い込まれている。第一の犠牲者はフーさんになりそうだ。


「フーちゃん捕まえましたわぁ!」

「キュン!(やめるッス!)」


 フーさんの髪から触手が伸び、ハーデトリさんの動きを止めた。

 やばい、フーさんの髪は生き物だったのか。手の代わりにも使えて便利そうだ。


「キューンちゃん!? キューンちゃんもいますの!? 私ですわ! ハーデトリですの! 抱きしめさせてくださいませ!」

「キュ、キュン!? キューン!?(な、なんで動けるッスか!? 全力で止めてるッスよ!?)」


 恐るべきオーガ族というべきか、恐るべき煩悩にまみれたハーデトリさんというべきか。

 彼女は両腕を触手で押さえられているにも関わらず、じりじりと距離を詰めている。そろそろ助け舟を出そうかな。


「ハーデトリさん、嫌われますよ?」

「嫌われる!? もう触ったり撫でたり頬ずりできなくなりますの!? 嫌ですわ! 大人しくしていますので、それだけは!」


 彼女は俊敏な動きで、二人から離れた。嫌われるという言葉は効果大のようだ。メモしておこう。

 というか、フーさんの後ろから触手が伸びている。まだうねうねと動くそれは、とても異様だった。そして、あんなことができるのは一人だけだろう。

 つまり……キューンはフーさんの着ぐるみの中!? それはいかんだろ!


「キューン! フーさんの着ぐるみの中に入るのはどうかと思うよ!」

「別に構わないわよぉ? キューンが背中に張り付いているだけよぉ?」

「……え? 上半身にべったり張り付いているんじゃないの?」

「……? 服の上からくっついているだけよぉ?」


 おい、ちょっと待てそこのスライムもどき。

 俺のときと随分やり方が違うじゃないか。一言どころか、百言くらい物申したいぞ。


「キューンくん、ちょっと出てきてくれるかな?」

「キュン? キューン?(どうしたッス? なにかあったッスか?)」


 キューンはフーさんの背中から、にゅるりと出てきた。

 そして平然と俺の膝の上へ座る。俺は無意識に、いつもと同じようにキューンを撫でていた。和む。

 違う! 和むじゃない!


「俺のときは、ぴっちり張り付いていたよね?」

「キュン(そうッスね)」

「フーさんに、そうしなかったことは誉めよう。でも、俺のときもそうできたんじゃないのかな?」

「キュン、キュ、キュン、キュン(スライム、コトバ、ワカラナイ、ッス)」

「なんでカタコトで喋ってるのかな!?」


 俺は両手を使い、全力でスライムもどきを引っ張った。

 ぐにょーんとキューンは伸びたが、やつは面白そうに笑っている。くそっ、まるで効果がない! 腹立たしい!

 仕方なく諦めた俺は、キューンをベッドへと放り投げる。ぽよんぽよんと、キューンはベッドの上で跳ねていた。いつかこいつの弱点を見つける必要があるな。


 いや、とりあえずキューンのことは置いておこう。

 俺はみんなに伝えておかなければならないことがある。そっちが優先事項だ。


「食事をする前に、みんなに話があるんだ」

「話? おいしいお店でも見つけたのかな!」

「いや、そうじゃなくてね。明日からちょっとマヘヴィンさんの指導へ行くことになってね」

「……それ、断ってなかったかしらぁ? もしかして、無理矢理頼み込まれたのぉ? なら、今から文句を言いに行くべきじゃないかしらぁ!」


 とても言いにくいが、言わないわけにはいかない。

 俺はぼそぼそと、みんなに告げる。


「……自分から指導をすると言ってしまいました」

「キュン、キューン? キュンキューン?(ボス、聞こえないッスよ? なんて言ったッスか?)」

「じ、自分から指導をすると言ってしまいました!」


 俺の言葉で、周囲には妙な空気が流れていた。

 うん、そうだよね。気持ちは分かる。俺もそちら側だったら、同じ反応をしただろう。

 でも、その、ね? 事情があったと言いますか、怒っていてつい言ってしまったといいますか……。


「ボスにしては珍しいね。オレびっくりしちゃったよ。そんなに指導がしたかったの?」

「指導がしたかったと言いますか、その、なんと言いますか。話すと長くなると言いますか」

「ヴァーマ、どういうことだい? ボスにしては、妙にはっきりしない言い方じゃないか」

「売り言葉に買い言葉というか。まぁ、かなり失礼なやつでな。それにボスは怒って、こいつの性根を叩き直してやる! という感じだ」

「全然長くなかったにゃ。すぐに説明が終わったにゃ」


 ヴァーマさん! もうちょっとこう……なんかあるでしょう! ヴァーマさんが悪いわけじゃないのですが、なんといいますか……むぐぐ。


「ボスも断ろうとしていましたのよ? ですが、なら私に指導をという話を聞き、それならば自分がします、と庇ってくださいましたの」

「ハーデトリさん……」

「ボスのことだからハーデトリがいなくても、どうせ指導をすることになっていたと思うよ! オレはなんでもお見通しだね!」

「せっかくハーデトリさんが庇ってくれたのに、台無しだよ」


 セトトルの中では、俺はどういう存在なのだろう? 厄介事を好んで引き受けているとでも思われているのだろうか?

 とても気になる。これは聞いておくべきだ。


「セトトル、なんで引き受けると思っていたの?」

「え? だってボスはなんだかんだで、引き受けさせられちゃうじゃん。きっとそこで断っても、そのうち引き受けることになっていたんじゃないかな」

「なにそれ、すごく嫌なんだけど……」


 まるで逃れられない運命のように言われてしまった。

 そんな運命お断りしたいです。心の底からお断りしたいです!

 でも、実際引き受けちゃったからね。否定できないのが悔しい……。


「明日から忙しくなるわぁ。今日はしっかり休んだし、明日から頑張るわぁ!」

「え? みんなは来ないで大丈夫だよ? 後、俺休んでないんだけど……」

「キューン! キュンキューン!(なにを言っているッスか! 僕らは全員揃って東倉庫ッス!)」

「キューン……」


 感動ものの台詞で、少しうるっとしてしまった。

 三人のことは休ませてあげたかったのだが、俺以上に三人の方が乗り気な以上しょうがない。

 それに俺だって、三人の力を借りれる方が助かることも多いだろう。

 

 ……そうだ、一つだけ。これだけは、しっかりと言っておこう。


「キューンは袋の中だからね」

「キュン(大丈夫ッスよ)」

「大丈夫……? 袋の中だからね?」

「キュン(大丈夫ッス)」


 袋の中でも「大丈夫」ということだよね?

 とても不安だ。嫌な予感がするし、明日は早起きしよう。そう決めた。

 ……あれ? セトトルとフーさんがいつの間にかいない。キューンと戯れている間に姿を消していた。

 一体どこに行ったんだろう? そろそろ食事を食べに出ようかと思ったのだが……。

 二人がどこへ行ったのかは分からないが、恐らく自分たちの部屋で休んでいるのだろう。

 寝るときは全員こっちにいるが、ちゃんと部屋は分かれているからね。

 そう納得していると、扉が開かれる。そこにいたのは、当然のようにセトトルとフーさんだった。

 二人ともすぐ戻ってきたよ!


「ボス! 忙しいと思って、今日の夕飯は宿の人にお願いしておいたよ!」

「……え?」

「宿の人も気を遣ってくれて、食事は部屋に届けてくれるらしいわぁ」


 外で俺は食べたいんだよ! 二人とも変な方向に気を遣ってないかな!?

 ……とはね、言えないんだよ。こんなに嬉しそうな二人を見て言える人がいたら、それは外道だ。

 だから俺は、笑顔で二人に言った。


「ありがとう二人とも! 助かったよ!」

「えへへ……」

「ボスが喜んでくれて良かったわぁ。セトトルちゃん、良かったわねぇ」

「うん! オレたちも成長してるね!」


 二人の笑顔が見れたのなら、俺の食事くらい大したことじゃないのさ。

 みんなが外でおいしい物を買い食いしていたという話を聞いても、俺は全然気にしていない。全然気にしていないよ!


 結局、その日も宿で食事をとる。

 王都のおいしい食事は、いつ食べれるのだろうか……。

 いや、宿の食事も十分おいしいんだけどね。それに王都の中で食べているのだから、これも王都の食事だ。たぶん。


 そしてハーデトリさんとレーネさんを送ろうとしたのだが、ハーデトリさんには迎えの馬車が来るらしく、レーネさんも送ってくれるらしい。

 貴族ってすごい。専用の馬車とかがあるのだろうか。


「では明日、倉庫の前で。9時でよろしかったですわね?」

「はい、大丈夫です。レーネさん、今日はみんなに王都を案内してくださりありがとうございました」

「次はボスも一緒に行くにゃ!」

「ぜひ、お願いします」


 二人を見送り、部屋に戻った俺たちは明日の予定も話し終わり、寝ることにした。

 ちなみに今日は、最初から開き直っていた三人は、俺と同じベッドで寝ている。

 ヴァーマさんとセレネナルさんは、にやにやと笑っていた。もしかして、王都にいる間は、ずっとにやにや見られながら寝るのだろうか。

 というか、仲間が増えたらどうなるのだろう? 今後も、みんな同じベッドで寝るわけはないよね? ……まさか、ね。 


 はぁ、それにしても明日からのことを考えるとブルーになりそうなので、なにも考えずに寝よう。

 マヘヴィンさんが実はすごく仕事ができる人で、すぐに考えもばっちりになって、一日で解放されますように……。

次回から……指導……を……。

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