七十九個目
俺たちはオープンカフェ的に、外に丸机が並べてある店にいる。
ちょっとお洒落な感じのここで昼食をとりたい……と、思っていた。
だが実際は適当にホットドッグやお茶などを買い、俺たちは宿へと戻る。そして宿の室内で各々が椅子やらベッドに座り、昼食をとることにした。
メンバーは俺、セトトル、キューン、フーさん、ヴァーマさん、セレネナルさん、青白い男、レーネさん。
なんだこの組み合わせは……。
レーネさんはエプロンを外しており、縦縞の袖なしセーターの上に上着を羽織っている。下は短パンにニーソックスいう格好。
青白い男の人は、上は青のチェックの襟付きシャツ。下は白いズボンという普通の格好だ。頭の垂れた犬耳が、なんとなく知っている人を連想させる。
それにしても上が青で下が白。正に青白い顔色にぴったりだ。
……いや、よく見ると青白いというか土気色というか。正直かなりやばい顔色をしている。
嫌だな……。そうだ! キューンを出したら驚いて逃げないだろうか?
いやいやいやいや。迂闊にキューンを出して通報でもされたらたまらない。冷静になろう。
「あの……」
「はい、どうかしましたか?」
「王都には、スライムは連れてきていないのですか?」
その情報、どこで入手したんだ。本当に教えてほしい。
まだどうにか誤魔化したい気持ちがある俺は黙っていたのだが、襟元からにゅるんと触手が顔を出した。
「キューン?(僕がどうかしたッスか?)」
「お……おぉ……! 妖精! シルフ! スライム! 『倉庫の魔王』! 全員揃い踏みですね!」
「……キューン。この人、驚いていないようだから出てきていいよ」
俺の襟元からにゅるにゅるっと出てきたキューンは、いつも通りの球状の形に戻った。
ふぅ、俺もこれで少しすっきりした。……なんか、体がつるつるしている気がする。美容効果でもあるのだろうか。
「にゃ……にゃ……にゃ……!? 体でスライムを飼っているにゃ!?」
「あ、しまった」
アキの町でキューンのことは見ているはずなのだが、服の中から出て来たことが彼女には衝撃的だったらしい。だが、正しい反応を見せてくれてとても嬉しい! やっぱり驚くよね!
しかし、事情を説明するのは面倒だった。なんとか納得はしてくれたけどね。
「それで……そうだ。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、自分はマヘヴィンと言います。魔王にお会いできて光栄です!」
殴りたい。それが俺の率直な感想だった。
この魔王呼び、イラッとする! なにかこう、媚びている感じもイラッとする。
「マヘヴィンさん、いくつかご質問をさせて頂いてもよろしいですか?」
「もちろんです!」
「まず、なぜ自分のことを知っていたのですか?」
「王都の倉庫管理に来てくださると聞いて、おじさんから聞いていました」
おじさん……? この垂れた犬耳。まさか、あの人か?
いや、でも確定的な情報でもなかったし、そんなことをあの人が言うか?
「エーオおじさんが、ナガレさんが王都に来るので話をしてみると言っていました!」
「それは話をするというだけで、手伝うと決まっていたわけじゃないですよね?」
「え……。そ、そういえばそんなことも……」
彼は青白い顔をさらにどんよりと曇らせた。
うん、これ駄目だ。絶対に駄目だ。俺だけで対処はできない。
食事も済ませていたので、残っているお茶を全部飲み干す。そして立ち上がった。
「ここで話すことではないですね。一緒に商人組合の本部に行きましょう。エーオさんも交えて話すほうが良いと思います」
「前向きに検討をして頂けるということですか!?」
俺は彼の言葉を申し訳ないが無視した。どうもマヘヴィンさんは、都合のいい方に話を持っていこうとしている気がする。
さっさと済ませて休暇に戻ることにしよう。
「じゃあ俺はちょっとマヘヴィンさんと出かけるから、みんなは好きにしていていいから」
「私たちは行かなくていいのかしらぁ?」
「うん、むしろ来ない方がいいよ」
「まぁそうだろうな。とりあえず行くか」
ヴァーマさんは立ち上がり、俺の隣へと来た。
あれ? ヴァーマさんも来るの? そういえば、護衛とはいえ仰々しい行動をさっきはしていた。
言えないとは言っていたが、何か裏がありそうだな……。
とはいえ護衛を振り払ってもしょうがない、か。
「俺とヴァーマさんとマヘヴィンさんで行くから、ゆっくり楽しんできてね。セレネナルさん、三人をお願いします。レーネさんはゆっくりして行ってくださいね」
「にゃにを言ってるにゃ? 常連さんが心配で来たんだから、私も付いていくにゃ!」
「えーっと……」
どうしよう。ここからはレーネさんにはまるで関係のない話だ。
常連さんが心配なのは分かるが……。うん、駄目駄目。連れて行けない。
「すみません。ここから先は仕事の話になりますので、レーネさんを連れて行くわけにはいきません」
「にゃにゃ……。確かにそうにゃ。無理を言ってすまなかったにゃ。じゃあ私はそのお詫びに、みんなに町を案内するにゃ! お店の方も私は午前だけだったし、問題ないにゃ!」
なにそれずるい。俺もそっちに混じりたい。
じとーっとした目で俺はみんなを見ていたのだが、ヴァーマさんに背を押されて仕方なく三人で出かけることにした。
どうも、こちら商人組合本部です。
すぐにエーオさんの本部長室に通される運びとなり、現在扉の前にいます。
マヘヴィンさんは青白い顔ながらも、なぜか笑顔です。もしかしたら、俺が引き受けると勘違いをしているのかもしれません。
申し訳ないですが、またどんよりとした暗い顔に戻ってもらいましょう。
「エーオ本部長失礼いたします。ナガレ様たちをお連れいたしました」
「うん、ありがとう。お茶をまたお願いしてもいいかな?」
「かしこまりました。では失礼いたします」
エーオさんは昨日と同じように、笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。
「どうぞお掛けになってください」
「はい、失礼いたします」
椅子に座った俺とヴァーマさん。向かいにはエーオさんとマヘヴィンさんが座っている。
さて、早く話を済ませよう。具体的に言うと、エーオさんに任せて帰ろう。
「それで、マヘヴィンさんのことなのですがよろしいでしょうか?」
「……少々お待ち頂けますか? お茶が来てからお話を始めたいと思います」
なるほど。この後の話をあまり聞かれたくないから、お茶を受け取ってから話をするつもりか。
納得納得……。
と、俺が一人で納得をしていると、軽快なノック音が聞こえた。
エーオさんが声をかけると、扉が開かれる。恐らくお茶を持ってきたのだろう。
「ボス!? 探しましたわよ! 連絡は頂きましたが、なぜ当家に来てくださらなかったのですか!?」
「ハ、ハーデトリ様。落ち着いてください。エーオ本部長、ハーデトリ様とお茶をお届けに参りました」
ま、まさか本当に王都へ来ていたのか。
扉から入ってきたその人は、いつもとは違い煌びやかな赤いドレスを着こなしていた。
そして彼女は俺を見ながら、金髪縦ロールと胸をぷるんぷるんと弾ませている。
そう、この見覚えのある半泣き美女は……間違いなくハーデトリさんだった。
でもお茶が先じゃなくて良かった。お茶を飲んでいるときに来ていたら、吹き出していた自信がある。
……できれば、届けるのはお茶だけにしてほしかったけどね。