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七十三個目

 東倉庫崩落事件から二日。

 俺たちは商人組合にいた。俺たち、というのは当然東倉庫の面々だ。

 二日も経てば、俺も落ち着いている。確かに昨日一日は疲れや高熱もあり、急遽用意された宿の一室で目を覚まさなかった。

 だがもう大丈夫だ。借金が減った。倉庫は建て直す。それだけのことでしかない。


「と、いうことで倉庫の建て直しには二ヶ月ほどかかる」

「はい、分かりました」

「倉庫部分は無事だったので荷物の新規預かりは無しとし、残りの預かっている荷物については、こちらで人を出して対応する」

「はい、分かりました」

「なので、王都には二ヶ月間行ってもらう。その、ナガレさんが早く行きたいと言っていたので、出発は今日になるが……体調は本当に大丈夫か?」

「はい、分かりました」

「……カーマシル。ナガレさんの目が死んでいるのだが」

「……申し訳ありません。さすがに私も、同情の言葉しか述べられません」

「はい、分かりました」


 気まずそうな顔をする二人と、今後の予定をその後も話し合う。

 その中には、冒険者組合との話も混じっていた。


「そ、そうだ。冒険者組合に今回の仕事は結果が良かったとはいえ、色々と無理があったのではと抗議をしておいた。そうしたらな、彼らも町のためとはいえ反省すべき点が多かったと言っていた。それについて、しっかりとした形でお詫びをしたいと言っていた」

「はい、分かりました」

「う、うん……」


 一応なんちゃってとはいえ、冒険者なのだからしょうがないだろう。

 でも、機会を見て冒険者はやめたいな。でもそうすると町の外へでるのにも制限がかかるのかな? 身分証明の問題もあるし……。まぁ、今後ゆっくり考えよう。


 新居住区部分の話も済んだ。予定していた部分の改修も行ってもらえるので、帰ったら素晴らしい店ができていることだろう。

 俺たちは昨日済ませた旅支度の荷物を持ち、商人組合を出て馬車の待つ北門へと向かう。


「おい、あれが『豚の英雄』様だぞ」

「すげぇな、全身から凄味を感じる」


 勝手な噂がたっているが、気にする余裕もなければ否定する元気もない。

 俺は黙って、三人を連れて北通りを歩いた。

 北門には……たくさんの人がいた。


「お前たち、気をつけてな!」

「はい、分かりました」

「怪我をしないようにね? また帰ってきたらうちの店に顔出してよ!」

「はい、分かりました」

「い、行ってくるね! また帰ったらオレたちみんなでお店に行くよ!」


 おやっさん、ウルマーさん、温かい言葉をありがとうございます。


「倉庫の方は俺たちが対応するから、心配するなよ!」

「……王都で新しいことを学ばれましたら、ぜひ私たちにも教えてくださいね」

「はい、分かりました」

「キュ、キューン!(そ、倉庫の方をお願いするッス!)」


 ダグザムさん、アトクールさん、申し訳ありませんが店をよろしくお願いします。


「帰ってきたときには、しっかり仕上げておいてやるぞ! 建て直しのことは心配するな!」

「靴、用意しておくよ」

「はい、分かりました」

「台車や靴のこと、お願いするわぁ。その……いってくるわぁ」


 親方、靴屋のお姉さん。忙しい中、見送りありがとうございます。


「ナガレさん、町の英雄とはいえ休みは必要です。……本当にゆっくり休んでくださいね? それとなにか困ったことがありましたら、この手紙を見せてください。王都の知り合い、貴族の方が力を貸してくれるはずです」

「はい、分かりました」


 町長から渡された手紙を、しっかりと鞄に仕舞いこむ。

 大事なものは、無くさないようにちゃんと仕舞っておかないとね。

 倉庫も畳んで仕舞っておければ良かったのに……。


「本当に無理をしないでくださいね? 休むんですよ? しっかり休んでくださいね?」

「はい、分かりました」

「王都でも色々とあるかもしれませんが、嫌なことがあっても気にしないでください。アキの町はあなたの帰りを待っていますよ」

「はい、分かりました」


 町長の言葉は、とても温かいね……。

 他にも様々な人たちが俺たちを見送るために来てくれていた、ありがたいことだ。

 ……あれ? そういえば、金髪縦ロールさんがいなかったような? 忙しかったのかな。

 まぁいいか、帰ってきたら挨拶に行こう。

 オークたちの様子も、帰ったら見に行かないといけないな……。


 北門周囲は、華やかなのになんともいえない空気がなぜか流れていた。

 一緒に王都へ行く三人は、俺の代わりとばかりに笑顔でみんなに挨拶をしていた。

 キューンってぷるぷる具合で笑ってるかが分かるよね。俺はもうスライムマスターなのではないだろうか?

 いや、スライムもどきマスターか。


 別れを済ませた俺たちが馬車へ乗り込もうとしたとき、俺の腕を掴む人がいた。


「すまない、少し遅れてしまった。この手紙を移動中に読んでほしい」

「はい、分かりました」


 息を荒げているサイエラさんに手紙を渡される。

 俺はそれを受け取り、頭を下げた。

 彼女もそれを見てほっとした顔を見せていた。俺が怒っていると思っていたのかもしれない。


「今回の件について、商人組合からも色々と抗議がされた。反省点が多かったと思っている。それについて、出来る限りのことをさせてもらった。最大限の名誉を形にしたつもりだ! きっと手紙を見たら喜んでもらえるだろう」

「はい、分かりました」

「……うん。その、すまなかったな」


 気まずそうな顔をしているサイエラさんにも別れを言い、俺たちは馬車へと乗り込む。

 荷馬車ではなく、しっかりとした馬車だ。親方の工房特製の、新車輪がつけられた特別製!

 しかも冒険者たちの護衛つき! ……いや、ヴァーマさんとセレネナルさんなんだけどね。

 まぁなんか、もうとりあえず王都へ行こうよ。倉庫の瓦礫を思い出すだけで、吐いてしまいそうだ。

 そして俺たちは大喝采の中、町を後にした。



 ガタンゴトンと、悪路を馬車が進む。

 でも揺れは以前より少なく感じた。気持ち程度だけどね。

 親方の新製品が良くても、やっぱり街道整備をしないと話にならないんだな……。

 そうだ、酔う前にサイエラさんからもらった手紙を見ないと。えーっと、なになに……?

 俺はその手紙を見て、固まった。


「ボスどうしたの? サイエラの手紙にすごいことが書いてあったの?」

「キュン。キュンキューン!(姐さんあれッスよ。きっと冒険者組合からも表彰されるッスよ!)」

「ありえそうねぇ。となると、帰ったら冒険者組合からも祝われちゃうのかしらぁ?」


 俺は三人に返事すらせず、ぶるぶると震えていた。

 三人も俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう。不思議そうな顔をしている。

 手紙の内容は、簡単に言うとこうだ。


『アキナシ=ナガレ

 此度のオークの件、汝は多大な功績をあげられた。

 それに伴い、冒険者組合はあなたをA級冒険者に認定する。』


 な、なんだこれは……もう一枚手紙が入っているぞ?

 嫌な予感しかしないけど、一応見ておこう。


『どうだろうか?

 さすがに世界に数人しかいないS級冒険者には劣るが

 精一杯のお礼を形にさせてもらった。

 もちろん、今後はこれで無理に冒険に出る縛りもなくなる。

 様々な町や施設も、これを見せればすぐに入れる。

 そして、アキの町で唯一のA級冒険者!

 これに勝る栄誉はないだろう。

 いきなりA級にすることは反対するものもいたが

 私が押し通した! 任せてくれ!


 今後、あらゆる意味で冒険者組合は

 あなたを支援させて頂く。

 もちろん冒険者としてに限らず、他のことでも協力は惜しまない。


 いやいや、ナガレさんの喜ぶ顔が浮かぶようだ。

                          サイエラ』


 ころん、と封筒から新しい冒険者証明書が出てくる。

 俺はそれを拾いもせず、馬車の御者台に座っているヴァーマさんに声をかけた。


「すみません、ちょっと馬車を止めてもらえますか?」

「ん? どうした? 酔ったのか?」

「いえ、ちょっと小用が……」

「あぁ、なるほどな。そこの木陰に止めるぞ」


 そして馬車は街道を少し逸れ、木陰に止められる。

 俺はそれを確認し、馬車から降りた。

 降りて……叫んだ。


「サイエラさんそういうことじゃないですから! 本当やめてください! 俺は……冒険者やめたいんだああああああ!」


 俺の叫びに、答えてくれる者はいなかった。

 ただ五人は手紙を見て、うわぁという顔をした。


 なんなんだよもう!

 ……そういうことじゃないんだよ!!

サイエラさんは冒険者脳で、天然でしたとさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、キューンに触っていたら、みんなに言葉がわかるのでは?
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