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七個目

 次の日、俺は空腹で目を覚ました。

 正直、腹が減った。

 だから今日はゴミを捨てて燃やした後、店を開くと決めていた。

 お客様が来れば飯が食える! 俺の思考の大半が食事のことになっていた。


 それにしても、夢で寝る。夢で起きる。夢でお腹が空く。

 はっはっは、こりゃ新体験過ぎるな! はっはっはっは……。

 ……そんなわけはない。流石に俺でも気づいていた。

 これは夢じゃない、現実だ。

 つまり、職を失ったことも、金を全部失ったことも、家を失ったことも、全て現実だ。

 そして、俺は現実で妖精のいる世界で倉庫管理業務を行おうとしている。そういうことだ。

 とりあえず色々と考えなければいけないことはある。帰る方法? そんなことはどうでもいい。今大事なのは、この倉庫を少しでも良い状況にすることだ。

 帰る方法なんて都合の良い物は後で考えよう。帰ったって何も残って無いしな。


 俺はセトトルを起こさないように、そっとベッドを抜け出す。どうやら潰さないで済んだようだ。朝起きて、セトトルが潰れていたら、ショックで首を吊るだろう。

 とりあえず眼鏡を掛け、一階へと……。眼鏡が汚い。

 鞄から眼鏡ケースを出し、眼鏡拭きを出す。そしてハァと白い息をかけて眼鏡を綺麗に拭いた。

 そういえば癖のように息をかけてしまうが、高い眼鏡拭きとかなら違うのだろうか? まぁもう入手手段の無い物のことは置いておこう。


 俺は改めて一階へと降りる。時間は朝7時半。今後は二階にも時計を備え付けたいところだ。

 そして、洗面所の奥で見つけたシャワールームへと向かう。

 ベルトを緩め、Yシャツのボタンを外したところで気付いた。

 俺はシャワールームの壁についている青い宝石を触ってみる。……水が出ねぇ!

 洗面台の青い宝石も触ってみた。勿論、水は出ない。

 どうやら俺はセトトルがいないと、水も出せないらしい。

 しょんぼりと落ち込んでいると、ぱたぱたと羽をはためかせた妖精が洗面所に入ってきた。


「おはようボス! 今日も頑張ろうね!」


 目が覚めたセトトルは、昨日よりも自然に笑ってくれている気がする。

 そんなことにも昨日は全然気づいていなかった。いつも元気に笑っていると思っていた、俺は鈍いやつだ。

 今後はずっと、こんな顔で笑っていてもらいたいものだ。


「おはようセトトル。悪いんだけど、シャワールームの水を出してもらっていいかな?」

「あれ? そっちも調子が悪いの? 試してみるね!」


 セトトルは身軽にシャワールームへと入っていった。そして水の出る音。

 やっぱりこれは壊れているのではないだろう。もう何人か試さないと確証は得られないが、恐らくは俺にだけ水が出せないのだろう。

 確か魔紋?とかいうやつが反応すると……それは鍵を外す認証か。

 昨日、セトトルが荷物を浮かせたのを思い出す。あの不思議な力が関係しているのだろう。不思議な力に反応する宝石。

 で、俺には当然そんなものはない。だから水は出せない。

 俺は服を脱ぎながらそんなことを考えていた。


「ボボボボボボス!? い、いきなり()の前で服を脱がないでよ!」

「っと、ごめんごめん。……私?」

「……え? 何を訳の分からないことを言っているのさ! もうボスったら寝ぼけないでよ。オレは顔も洗ったから、先に朝ご飯のパンでも食べてるね!」


 あれ? 今、私って言わなかったっけ。

 まぁ寝起きで寝ぼけていたから聞き間違えだろう。

 水を出しっぱなしなのも勿体ないし、俺は急ぎシャワーを浴びた。

 これ水だ! 冷たい!


 水シャワーを済ませて、しっかりと目が覚めた俺は昨日洗ったタオルで体を拭く。まだ湿ってる。

 だが贅沢は言えない。ないよりマシというやつだ。


 俺が洗面所から出ると、セトトルはカウンターの上でおいしそうにパンを食べていた。


「セトトル、カウンターでご飯を食べたら駄目だよ? パンクズとかで虫とかが来るかもしれないからね。食べるときは二階で食べるように」

「あ、うん。ごめんなさい……」


 セトトルはしょげていた。しょげている顔も可愛い。

 だが、駄目なことは駄目と言わないといけない。何より、店や倉庫は出来るだけ清潔にしたいからな。


「そんなに気にしないでいいよ。次からは気を付けるようにね?」

「うん! もうしないよ! じゃあ残ったパンはお昼と夜に食べるから、二階に置いておくね! ……置いてもいいよね?」


 俺は快くそれを了承した。セトトルは嬉しそうにパンを載せたお皿を持って、二階へと飛んで行った。

 さて、俺は今日も水で凌ぐ。だがお客様が来れば解決する! そう、今日こそはちゃんと食事をとるんだ!


 

 スーツのジャケットを昨日と同じように、俺は椅子へと掛けた。そしてエプロンを装着。エプロンを着けて準備万端となったとき、二階からセトトルも戻ってきた。

 開店前にやらないといけないことがある。昨日出たゴミの処分だ。今日もたくさんゴミが出るはずだから、しっかり処理しないといけない。

 俺は昨日出たゴミを燃やそうとゴミ箱を開く。

 だが、中身は空っぽだった。

 それを見たセトトルは、俺の前に飛んできて自慢気に胸を張った。


「ゴミならオレが捨てておいたよ!」

「捨てる? どこに?」

「商人組合に入っているお店のゴミは、集めている場所にもっていくと、処理してもらえるんだよ! そこで燃やすんだよ!」


 なるほど、それはお得だ。つまり、どれだけゴミが出てもお金は掛からない。

 ゴミの処理というのは、存外面倒でお金がかかるものだ。これは非常に助かる。

 時間は8時半。少し早いが、店を開いてお客様を待ちながら仕事をしよう。


「セトトル、店はどうやったら開くんだい?」

「あ、うん! 店の入り口にOPENって札が掛かってるんだよ。オレがさっきゴミを運んだ帰りに、引っ繰り返してOPENにしておいたから大丈夫!」


 どうやら気を使って開いておいてくれたらしい。だが、準備が整っていないのに開かれても困る。

 次からは俺がやることにしよう。


「明日からは、俺がやってもいいかな?」

「え? も、もしかしていけなかった?」

「ううん、そんなことはないよ。とっても助かった。でも、俺とセトトル。二人の準備が出来てることを確認してから、明日からは開こう。……それに、俺もやってみたいんだ」

「そっか、そうだよね! 分かった! それにしても、ボスもやってみたいなんて……子供っぽいところがあるんだね」


 本当はやってみたいわけでもなんでもない。でも、こう言っておけばセトトルも自分が悪いと思いつめないで済むはずだ。そう考えた。

 オルフェンスさんは、大分厳しい人だったみたいだからな。今はセトトルが元気にやっていける環境作りも大事にしておこう。

 従業員は宝だからな! なにより可愛いし!


 さて店も開いたことなので、俺はカウンターに座って昨日のファイルを開いた。

 セトトルも俺の頭に乗り、上から覗いている。

 ……ふむ、どうやら今預けている人は二人。品物の受け渡しは明日と明後日。

 まずはこれの整理から始めよう。


「倉庫の扉を開けてくれるかい?」

「うん! オレは何をすればいい?」

「ちょっと待ってね」


 俺はやる気満々なセトトルを見て嬉しくなる。だが、何かしたくてしょうがないらしい彼女は、俺の周りをうろうろ飛んだり頭に乗ったり肩に乗ったり。まぁ、やりたい放題だ。


 セトトルが魔紋を認証させ、鍵が外れる。俺はドアノブを回し、昨日振りに倉庫へと入った。

 そこは埃臭いこともなく、入って嫌な感じもしない倉庫。

 これこれ! これが普通だから!

 

 昨日掃除した成果に嬉しくなりながら、俺は荷物とファイルを交互に見る。

 ……ふむ、大小の木箱二つと三つを預かったようだが、完全に混在している。

 どの箱も似たような感じがあり、判別が難しい。

 ここはセトトルに聞いてみるしかないな。


「セトトル、この預かった荷物はどれが一緒か分かるかい?」

「うん、それとそれが一緒で、これとこれとこれが一緒だったよ!」


 ちゃんと覚えていてくれている。とても頼りになる。

 俺はもう一度ファイルを見る。

 明日返すのは木箱三つ。そして明後日が木箱二つだ。


「よし、セトトル。木箱三つの方はもう少し扉の近くに寄せておこう。それで、二つの方は少し離す。手伝ってくれるかい?」

「んん? 何で離しちゃうの? まとまってた方が楽だって、前のボスが言ってたよ?」

「そうだね、ちゃんと説明するね。まず、三つの木箱は明日受け取りに来る。つまり早く倉庫から出るわけだ」

「うんうん」


 セトトルは真剣にこっちを見て話を聞いている。

 経験上、こういう子はゆっくりでも確実に伸びる。自己判断で善し悪しを決めるやつは、大体碌なことにならないからな。


「倉庫から早く出る方を手前に。後から出る方を奥に。それで、誰が見ても分かるように分けておくんだ」

「んっと、くっつけたら駄目なの?」

「くっつけてしまうと、一目見て分からないからね。必ず、お客さん毎にしっかり分けておく必要があるんだ」

「うん! 分かった! 早いのは手前で、荷物はちゃんと分ける!」

「あ、でも扉が開かないようにしたら駄目だよ? 危険だから、扉の近くには絶対に荷物を置かない! これも忘れないように」

「分かった!」


 俺はセトトルの頭を指先で軽く撫でてやった。素直で良い子だ。

 そうして、本日最初の業務を始めた。倉庫内の木箱の整理だ!

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