六十九個目
そして、次の日の朝を迎える。
ちょくちょくオークたちが俺たちを見に来るので、そのたびにドキドキしてしまい全然寝れなかった。
たまに嫌がらせをするオークもいた。
剣や斧を突き付けられることは何度となくあり、直接的な攻撃をされなかったことが奇跡としか言いようがない。
恐らくだが、オークの長に厳しく言われていたのだろう。
そうでなかったら、今頃……。
そんな疲れきっている俺たちの前へ、オークの長が現れる。一体どんな答えを持ってきたのだろうか。
「ブヒィ……。ブヒ、ブヒブヒィ。ブヒ、ブヒィ(逃げなかったか……。逃げていたら、殺すように言っておいたのだがな。おい、縄を解け)」
俺は背筋がぞっとした。
昨日逃げていたら、俺たちは殺されていたかもしれないのか。
に、逃げなくて良かった……。
俺たちは縄が解かれ、自由の身となる。うぅ、体全部痛い。
「オマエタチニゲナカッタ。ワレワレ、オマエタチシンヨウシタ。ハナシスル」
「やれやれ。危機を抜けたとはいえないけど、少し状況が良くなりそうだね」
セレネナルさんの言葉に、俺たちは頷いた。
少し状況がよくなっただけで、まだ俺たちも町も助かったわけではない。ここからが正念場だ。
俺たちは昨日の夜に連れて行かれた、オークの長のテントへまた来ていた。
だが昨日のように無理矢理座らされることもなく、今度はお茶も出された。一口飲んでみたが……まっず! いや、まずいというか苦い? 匂いはコーヒーみたいだ。
「ハナシ、スル。ワレワレ、クスリホシイ」
「はい。では自分たちと一緒に町へ行って、薬をもらえるよう頼むのはどうでしょうか? 事情は自分たちが説明します」
そういうと、彼らは渋い顔をした。なにか問題があっただろうか?
それではいけない理由があるのだろうか。
オークの長は厳しい顔をしながら、俺を見てこう言った。
「ニンゲンニ、クッシナイ。クスリ、ホシイ。デモ、アタマサゲナイ。アタマサゲテモ、ニンゲンキカナカッタ」
とても根が深い問題のようだ。
誰だよ、オークに頼まれたときに聞いてやらなかったやつは。そいつのせいで今こんなことになっているんだぞ!
「ワレワレ、アタマサゲタ。デキルダケ、オカネヤ、モノ、アツメタ。ゼンブ、トラレタ」
「ひどい……」
さすがの俺も二の句が告げられなかった。盗られた? ひどすぎる。
「オマエ、オークオロカダトオモッテイル。ワレワレ、ヒッシダッタ。オロカナイ」
「愚かだなんて思ってません。ひどい話です。色々禍根があったのは分かりますが、助けを求めてる人に……。話を聞いてくれなかったならともかく、物だけ盗るなんて最低でしょう」
俺は無意識に、拳を強く握っていた。
そんな俺の肩をヴァーマさんが軽く叩いた。
そのお陰で、俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせることができた。それにしても信じられない。
これがこの世界の常識なのだろうか。
「オマエ……ヤッパリ、ヘン。デモ、アリガトウ」
「まぁボスは変わってるからな。信用していいと思うぞ」
「うんうん、ボスは変わってるからね。それにしても、このお茶苦いねぇ……」
「変わってるって言いすぎじゃないですかね? いえ、確かにちょっと自覚は出てきましたけど」
まぁまぁ落ち着けと、オークの長に眼鏡を渡される。おぉ、マイ眼鏡が返ってきた! これで視界もばっちりだ!
俺は眼鏡を奇麗に拭き、掛け直す。
ふぅ……眼鏡があると落ち着くな。
「それで、どうしましょうか? なるべくお互いに遺恨が残らないように物事を進めたいですね。後、頭を下げることは考えておいてください。俺も一緒に下げますんで」
「イヤ、アタマサゲナイ」
「下げてください。下げたくないのなら、一族と頭を下げるのとどちらが大切か考えてください。それでも下げたくないのでしたら、尊重して違う方法を考えます」
「……カンガエテオク」
んー、でも実際どうするかな。
普通に頭を下げたって、どうなるか分かったものではない。
お互い五分と五分とはいかなくても、なにかしら話し合いになる状況を作りたい。
特に人間はオークを見下しているようだし……。いや、言葉が通じる人がいると分かれば、また少し違うんじゃないだろうか?
ならその辺をうまく使っていこう。でも見たところ、カタコトだしそんなに言葉がうまいというわけではない。
きっと言葉が不自由なのを見て、オークを見下す馬鹿がいるだろう。そういうやつがオークを騙したんだな。許せん。
「オークで人の言葉を話せる人は、どれくらいいるんですか?」
「スウニン、イル。オオクナイ」
「交渉とかが出来そうな人はいますか?」
「……ムズカシイ」
「ですよね。交渉となると、うまく話せないと厳しいですよね」
うーん、中々厳しい。やっぱりどちらの言葉も分かる俺が仲介をして……、でもそうすると俺が嘘をついていると思われたら大変なことになる。
せめてもう一人話せる人がいたら違うのだろうが……。
「困りましたね……。あ、そうだ。いっそ自分がオークのフリをして交渉とかしましょうか? なーんちゃって」
「フム、ワルクナイ。オマエ、シンヨウデキル」
「ボスがボスオークになるわけだな。ボスは人間だがオークを嫌ってないし、いい案なんじゃねぇか?」
「となると、肌の色とか服装とか。色々と準備がいるね」
「いえ、あの……。冗談でして……」
「クサヤドロデ、イロツケル。フク、ヨウイスル」
「顔も隠した方がいいな。仮面とかねぇのか?」
「カメンアル。ダイジョウブ」
「ということは、後はオークの要求をボスがうまく町に通せば完璧だね。オーク族も頭を下げなくていいし、問題が全部解決するわけだ」
お、俺の話が聞いてもらえない! 確かにオーク族は頭を下げずに要求が言えるし、言葉的な意味で騙される心配もない。
そして町側も、無理な要求をされることはない。だって交渉するのは、町の人間である俺だからね!
問題は一つだけ……そう、俺がつらい!
あ、やばい。また胃がキリキリしてきた。
町とオーク族の命運が俺にいきなり乗っかりそうになっている。うん、これは無理だ。やっぱり違う方法を考えよう。
お互いのトップで話し合うのが筋だ。
「ボス。カメン、フク。オマエ、オークノタメオコッタ。オーク、ニンゲンキライ。デモ、オマエシンヨウシル」
「知ってる! この状況知ってる! 冒険者組合で同じ状況で、斥候に出されました!」
「すげぇなボス。スタートもゴールも同じ状況じゃねぇか」
「嫌味ですか!? それ嫌味ですよねヴァーマさん!?」
「ボスはそういう星の下に産まれて来たんだね。世のため人のためオークのため。立派だよ」
「違う! 絶対違う! 自分はただの管理人ですからああああああ!」
俺の叫びは誰にも届かず、着々と用意が進められた。
腰みのに仮面、頭には羽飾り。
服は全部脱がされ、体は全身緑色。
すぐにバレたらまずいと、夜に町へたどり着くように出発することになった。
夜なら暗いしオークのフリをしていることがバレにくいということらしい。というか、オークのフリをする人間なんていないのではないだろうか。
言うまでもないことだが、俺の意見なんて一つも通っていない。
そして夕方、俺たちはオークの住処から町へ向かって出発した。
移動方法は馬ではなく猪。荷馬車ならぬ荷猪車といったところだろうか。
俺はその上で黄昏つつ、夕焼けの中に薄らと輝く星を見て呟く。
「どうしてこうなった……」
その呟きへの答えは、誰もくれなかった。




