六十八個目
解放された俺たちは、一際大き目のテントのような場所へ連れて行かれた。
ちなみに俺は小用を済ませた後、また後ろ手に縄で縛られていた。まぁ当然の処置だろう。
さっきまでは色々と焦っていたが、今は割と精神的にも楽になっている。状況が少し改善したからだろうか? 漏らさないで済んだからだろうか?
とりあえず、すぐに殺されるような状態でないことはありがたい。
「スワレ」
派手な羽飾りのオークに言われ、俺たちは座る。いや、無理矢理頭を押さえつけなくても座るから! 痛いって!
どうやらこの人は俺たちにも分かる言葉で話してくれるらしい。
ヴァーマさんやセレネナルさんに接触して言葉を教える手間が省ける。
「オマエタチ、キョウリョクスル。ワレワレ、オマエタチユルス」
許す? すごい傲慢で上から目線だが、状況が状況なので文句も言えない。
ヴァーマさんは明らかにむっとした顔をしていたが、それを声に出して言わないでくれて良かった。
ついでに言うとセレネナルさんは少し険しい顔をし、俺はにこにこと笑顔を向けていた。
敵じゃないですよー、僕たち協力者! 仲良くしようね!
「ワタシ、オークノオサ。ハナシ、キク。オマエタチ、ドウスル」
「どうする……ですか? 協力をしようと思っています」
「タスカリタイカラ、キョウリョクスルノダロウ」
そりゃそうだ。
まず普通に生活をしていれば、彼らと接点はない。
この状況でなければ協力をするわけがない。でも、そんなことを言ってしまえば元も子もない。どう言ったものか……。
俺がちらりと横の二人を見ると、二人はこう言った。
「任せた」
「任せるよ」
俺の交渉で二人の今後も決まってしまうのに、任されてしまった。
プレッシャーがかかる……。
俺はオークの長の顔色を窺いつつ、恐る恐る話し始めた。
「まず、助かりたいから協力するというのも間違ってはいません」
言った瞬間、周りにいた別のオークが俺たちの首元へ斧を突き付けてきた。
首筋には冷たい感触。いきなり選択肢を失敗してバッドエンドまっしぐらだ。
「待ってください! まだ話の途中ですから! 最後まで聞いてください、お願いします! ね? 助かりたいのは当たり前のことですし、しょうがないじゃないですか!」
オークの長が斧を突き付けているやつらに向かって目配せをし、手を軽く振る。
すると、彼らは首元の斧を退けてくれた。こえー! 超こえー! 話の途中で首が飛ばされかけたんですけど……。
「そ、それでですね、協力したいという気持ちも嘘ではありません。自分の住んでいたところと別の国にはなりますが、病気で子供が亡くなることは非常に多かったです。それに対してなにか行動をしたわけではありませんが、みんな助かればいいのになって思うのが、自分の民族でした」
「コウドウシナイ。ギゼンシャデシカナイ」
偽善者。その言葉に俺はむっとした。
昔から偽善者という言葉は嫌いだ。打算があっても、助けたのならいいじゃないか。そう思っている。
むしろ打算もなにもなくて助けれるやつなんて、ただの聖人だろ……。
「偽善者が悪いですか? 自分はそうは思いません。助けたい、でも行動しない。それは悪いことですか? 助けたいと思っていることこそが、大事だと思います。それがなにかのきっかけで、行動に変わるのだと思っています」
「……」
「偽善者と言われても構いません。世の中ほとんどは偽善者でしょう。自分はこういうきっかけがあったから、行動しようと思いました。ですがそうでなければ、オークを助けるために動こうとは思いませんでした。それがいけませんか?」
そこまで言い、俺はハッとなった。拳を握り、手には汗。それくらい感情的になってしまっていた。
やばい、ちょっと言い過ぎた。というか、生き残りたいという趣旨を忘れて思っていることを言ってしまった。
オークの長は顔を伏せ、こちらを見もしない。
これ、終わったかな……。
どうしようとヴァーマさんとセレネナルさんを見る。
彼らは俺を見て、あっさりとこう言った。
「ボスお前、案外青臭いやつだったんだな」
「ぐっ……。いえ、そのつい本音が出てしまったと言いますか……」
「まぁ離れたとこで大変なやつがいるとしても、それを全て助けれるわけじゃないからね。考えだって人それぞれだと思うよ。でも……」
「でも?」
「いいんじゃないかね。自分のことでいっぱいいっぱいの人の方が多いのだから、そういう考えを悪いとは思わないよ」
「だな。俺も嫌いじゃねぇよ」
なんか、すごくこっぱずかしいことを言ってしまった気がしてきた。
うぅ、今きっと物凄く顔が赤くなっている気がする。
自分のことでいっぱいいっぱいで、他を助けようなんて考えを持っていること自体が、この世界では異端なのか。元の世界をクソみたいな世界だと思っていたけど、俺は恵まれた世界に生きていたんだな……。
視線を感じオークの長を見ると、じっと俺のことを見ていた。やばい、怒らせたかな。
彼から出た言葉は、まぁ予想通りだった。
「ニンゲン、シンヨウデキナイ。ワレワレ、タスケモトメタ。ダレモキカナカッタ」
「……」
「デモ、オマエスコシチガウ。ナゼオークテツダウ?」
「いえ、ですから先ほど言った通りでして」
「ソウジャナイ。オーク、ニンゲンノテキ。ナゼソウオモワナイ」
「……これは個人的な考えですが、話したこともない人を敵だとは思いたくありません」
今は敵かもしれないと思っていますけどね! 事情があっても、殺されそうになっているわけだし。
でも普段から店にはオークよりでかくて強そうで怖い冒険者が、うじゃうじゃ来ている。
そしてそれ以上に、ダグザムさんとかの方が怖いし。単眼の鬼だよ? サイクロプスだよ? それに比べればオークなんてねぇ?
いえ、すみません。斧を見せ付けてくるのはやめてください。
オークめっちゃ怖いです。
「えーっと……。今までのことは分かりませんが、相互理解と言いますかなんと言いますか。過去のことも大事ですが、今が一番大事ですよね? 仲良くできればそれにこしたことはないと言いますか。結局誰だって痛いのは嫌ですし、妥協と言いますか……」
オークの長はまた黙って考え込んでいた。
俺ってこの世界で異端だったんだ。今日それがはっきりと分かってしまった。話せば分かる人ばっかりだし、全然そんなこと考えたことはなかった。
そりゃ好き嫌いとかはあるだろうが、それで殺し合いがしたいとは思わないからね。
「……ニンゲン、シンヨウデキナイ。ワレワレ、クッシナイ。デモ、スコシカンガエタイ」
「考えて頂けるだけで十分です。ありがとうございます」
「オマエ、ニンゲンナノニ、オークニエラソウニシナイ。ヘン」
変!? 今、変って言った!? さすがにひどくないかな? いや、笑って誤魔化すけどさ!
そんな俺を見て、オークの長も笑っていた。変で笑われているとか、初めての体験なんですが……。
「イチニチ、マツ。ワレワレ、コタエダス」
そして俺たちはそれ以上話すことすら許されずに、引きずられ連れ出された。
連れて行かれた場所は寝床……なわけもなく、外の木に三人とも縛りつけられる。
そりゃ寝床で寝れるわけないですよねー。まぁでも立ったままじゃなくて、座った状態で縛られただけ少しマシかな?
段々と状況に慣れてきて、そんなことを思う俺がいる。
そんな俺に、ヴァーマさんたちが小声で話しかけてきた。
「オークが人の言葉を話すのも驚きだったが、まさか交渉できるとはなぁ……」
「そりゃ私たちの行動も読まれて回り込まれるわけだよ。で、どうする?」
「どうする、ですか?」
「見張りも少ない。逃げるなら今だってことだよ」
逃げる? 逃げれるの!?
俺が二人を見ると、二人は頷いていた。
さすが冒険者様、逃げる算段もちゃんと立てていたらしい。なら……。
「えーっと、二人で逃げてもらえますか?」
「あん? ボスは逃げないのか?」
「んー……。逃げたいといえば逃げたいです。でもここで逃げたら、きっとオーク族と戦うことになるんじゃないですか?」
「そうだね。お互い犠牲も出るだろうね」
「なら、自分はできるだけここで頑張ってみます。二人は万が一に備えて、町に知らせてもらうということで……」
「じゃあ、全員残るってことでいいな」
「まぁそうなるね。案外なんとかなるかもしれないしね」
俺は逃げてくれと言ったのだが、二人は平然と残ると言った。
いや、駄目だったときのことを考えて町に伝えた方がいいと思うんだけど……。
「誰か逃げたら怪しまれる。そうしたらオークも話を聞いてくれなくなっちまうだろ。ならまぁなんだ、一蓮托生ってことだ」
「頼んだよボス。私たちと町の命運は、ボスにかかってるよ」
「……やっぱり逃げましょうか?」
「「頑張れ」」
どうやら逃げるという選択肢はなくなってしまったようだ。
明日、どうか良い答えが聞けますように……。