六十七個目
周囲には太鼓や笛の音。聞いたことがないような音も聞こえる。
中央ではキャンプファイヤーのような炎が燃え盛り、正にお祭りや宴といった感じだ。
俺は人ごみが好きではないので、仕事以外ではあまり参加したくはない。
でもお祭りとかはやっぱり楽しんでこそだと思っている……ただし、自分たちが柱に縛られて見世物になっていなければね!
オーク族の集落に連れて来られた俺たちは、丸太のような柱に縛り上げられ、広場の中央で晒し者になっていた。
後ろでは炎が燃え盛り、その熱気が背にまで届く。熱い。
縛られた手や体も縄が食い込んで痛い。
逃げたいが、しっかりと縛られていて体はまるで動かせないし、なによりもオークたちの声が怖い。
「ブヒィ! ブヒィ!(人間! 燃やせ!)」
「ブヒィ! ブヒィ!(人間! 殺せ!)」
物騒極まりない祭りだ。
ヴァーマさんとセレネナルさんの方をちらりと見ると、同じように縛られていて身動きがとれないでいる。
たまに体を動かしているのを見ると、なんとか外せないか頑張っているのかもしれない。
この先どうなってしまうのだろう……。
そんな俺たちの近くに、何人かのオークが近づいてきた。
緑の肌に豚のような顔。口からは少し牙が出ている。
個人的には豚というより猪みたいな印象を受けた。
今後どうなるかは、こいつら次第なのか……。
そのうちの一人、頭に派手な羽飾りをつけたオークが俺たちへ話しかけてくる。
「ニン……ゲン、ヨクキケ」
「こいつら、人の言葉を……」
「コトバワカラナイ……オモッテイル。ダカラ、ペラペラハナス。オマエタチノウゴキ、ワカッタ」
「オークが人の言葉を理解していたとはね……。だから、私たちが回りこまれたわけかい」
二人は悔しそうな顔をしていた。
だが俺の感想は少し違う。むしろ納得がいったという感じだ。
オークの言語があり、意思を疎通している。それはある程度の知性があるということだ。
それならば、人の言葉を理解しようと考えるのは当然のことだ。むしろオークは人の言葉が理解できないと決め付けていた、町の人よりも利口だといえる。
そしてなによりも……これだけの知性があるのなら、交渉の余地があるのではないだろうか?
交渉ができるかもしれないと思う気持ちと同じくらい、別の気持ちもある。
痛いのも嫌だし、死ぬのも嫌だ。泣いて土下座をして許されるのなら、俺はためらわずにするだろう。
なのに……ここで終わりか。ここで死ぬのか。
そんな気持ちも当然ある。最悪の状況を考えてしまうのは、精神を楽にするためだと読んだことがある。
最悪の状況より良い結果がでれば、精神的ダメージが少ないからだ。
……結局のところ冷静になろうとはしているが、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。生き残るためにはどういう交渉すればいいかを考える反面、早く楽になりたいと思ってしまう最悪の気持ちもある。
そんな俺に、一人のオークが近づいてくる。
手には斧を持っている。その鈍い光沢が鼓動を早くする。
オークはそれを振りかざし……叩きつけてきた。
自分が縛られている丸太が揺れる。そして俺の首元には斧。当たっていないとはいえ、もうやばい泣きそう。眼鏡も衝撃で地面に落ちちゃったよ。
「おい! そいつに手を出すな! やるなら俺の方にしろ!」
ヴァーマさんが俺をかばうように言ってくれる。
でもヴァーマさんがそんな目に合うのも見たくはない。だから俺は震えながらも、ただ我慢することにした。漏らさなかったのは奇跡だ。
「ブヒブヒィ! ブヒィ!(何を言っているのか分からねぇよ! 殺すぞ!)」
「ブヒィ!(やっちまえ!)」
「ブヒ、ブヒィ(お前たち、やめぬか)」
羽飾りをつけたオークは、恐らくこの中で一番偉いのだろう。
彼の言葉に従い、二人のオークは黙って後ろへ下がった。
「ブヒブヒィ、ブヒブヒィ。ブヒィ(我々はこいつらをうまく使い、薬を手に入れなければならない。無闇に傷つけるでない)」
「薬……?」
「ブ、ブヒィ。ブヒブヒィ。ブヒィブヒィ。ブヒブヒィ、ブヒィ。ブヒィ……ブヒブヒ(む、そうだ。オーク族では今病気が蔓延している。そのため薬が必要なのだ。我々は何度も人間に頭を下げ、助けを求めた。だが結果は……誰も話すら聞いてはくれなかった)」
「それは……ひどい、ですね。薬があれば、病気はなんとかなるんですか?」
「ブヒィ、ブヒブヒブヒィ……ブヒ(文献によると、昔人間や亜種族の間でも広まったことが……待て)」
「はい?」
あれ? どうしたのだろう。薬が必要な理由は分かった。人間が協力してくれなくて困ってるのも分かった。
これは俺たちが協力して薬をなんとかすれば、オーク族と友好関係を結べるのではないだろうか?
それに、病気の人を見捨てるというのも後味が悪い。
オークの偉そうな人は、じっと俺を見ている。話の途中だったのに、一体どうしたのだろう?
「ブヒ……ブヒ、ブヒブヒブヒィ?(お前……今、我々の言葉を理解していたな?)」
……はっ。や……やっちまったああああああああ! やばい! 自然に会話に混ざってしまった!
これはどうなるんだ? 言葉が分かるなんて怪しい! 死ね! こうか?
いや、待て待て待て待て。落ち着くんだ。話が通じると分かったんだ。話せば分かる、そうだきっとなんとかなる。
えーっと……そんな怪しげな目で見ないでください。なにか起死回生の案は……。
「ブヒィ!(答えぬか!)」
「じ、自分たちがオーク族に協力をして薬を手に入れます!」
「……ブヒ?(……なに?)」
怒鳴りつけられた俺は、考える暇もなく思ったことをそのまま口にしていた。
もう駄目だ、流れに任せて思ったことを言っていくしかない。
あ、でもなるべく下手に出ていこうね……。
「ブヒ? ブヒブヒィ。ブヒブヒブヒ、ブヒィ?(協力? 一体どういうつもりだ。言葉を理解していることも怪しいが、人間が協力だと?)」
「はい! 言葉が分かっています! そしてその、助かりたいからという気持ちもあります」
「ブヒ、ブヒィ。ブヒブヒィ(ふん、それはそうだろう。他になにを企んでいる)」
「後はその……自分の民族性といいますかね?」
「ブヒィ!(はっきりと話さんか!)」
「はい! すみません! 助け合いの精神というものが自分の民族にはあります!」
「ブヒ……?(助け合い……?)」
彼は胡散臭い顔を向けると、少し離れていった。なにやら仲間と話し合っているようにみえる。
もちろん、こちらもこの隙を逃さず作戦会議だ。
「ボス、一体どういうことだ?」
「彼らは薬が欲しいようなんです。でも人間や他の種族は話すら聞いてくれなかったみたいです」
「なるほどね。オークの悪評のせいで、誰も取り合ってくれなかったわけかい。自業自得とはいえ、嫌な話だね」
「はい、それで自分たちが協力をしようかと思いまして。……人質にされて取引材料にされるよりは、いいかなと」
二人も俺の意見に賛成らしく、頷いてくれた。
後は向こうの出方を見つつ、うまく話を持っていければいいのだが……。
相手をじっと俺は見る。眼鏡がないので、細目になって見ることになるが、しょうがない。
そんな俺の視線に気づいたのか、話し合っていたオークたちは話し合いをやめ俺たちへ近づいてきた。
「……ブヒブヒィ。ブヒ、ブヒィ。ブヒブヒィブヒ(……お前たちを全面的に信用したわけではない。だが、話くらいは聞いてやろう。我々も争って犠牲を出したいわけではない)」
「ありがとうございます。では早速一つお願いがあるのですが……」
「ブヒィ? ブヒブヒ、ブヒブヒブヒィ?(お願い? 話を聞いてやるとは言ったが、頼みを聞いてもらえるとでも思っているのか?)」
「いえ、あの……我慢できません! トイレに行かせてください!」
俺の台詞を聞き、オークたちはぽかーんと俺を見ている。
横で縛られている二人は、吹き出して笑っていた。しょうがないじゃないですか! さっき斧が首元にきたときから、我慢してたんですよ!
「……ブヒ、ブヒィ。ブヒ、ブヒブヒィ(……おい、おろしてやれ。後、小用をさせてやれ)」
「ありがとうございます! あ、できればあまり動かさないで縄を外してもらえますと……」
オークの偉そうな人は、呆れた顔で指示を出し、俺たちを解放してくれた。
ヴァーマさんとセレネナルさんは縄で縛られたままだが、俺は縄も一応外してもらえた。
良かった……。解放されたこともだが、漏らさなくて本当に良かった……。
前の話もできる限り修正いたしました。
この話も、自分が気付いていないだけで矛盾点があるかもしれません。
一応何度も見ましたが、もし見つけたらまた感想で言って頂けると助かります。
気付き次第直そうと思います!




