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六十六個目

 また荷馬車で移動だよぉ……。

 俺はげっそりとしながら、ガッタングッシャンと揺られていた。

 そういえばこの間、ここら辺の街道は道が荒れていると言っていた。

 確かにこんなに道が荒れていたら、アキの町をわざわざ経由しようという人はあまりいないだろう。

 物流的な観点で見ても、アクセスの良さは重視される。

 街道整備は必須なのではないだろうか? 今後のことを考えれば、早急に行いたい。

 仕事を探してる人を集めて……資金の問題もあるし……。


「ボス、青い顔でメモをとるのはやめたほうがいいんじゃないかい?」

「ご、ごもっともです……」


 俺はメモをとるのを諦め、そのまま力尽きた。




「ボス着いたぞ」

「うぅ……」

「ほらしっかりしろ」


 ヴァーマさんに手を借りて、なんとか荷馬車から降りる。

 その場所は、遺跡のような場所だった。見ているだけでわくわくする。


「そうか、ボスはダンジョンを見るのは初めてだったね。ダンジョンまでは移動用の荷馬車が出ているから乗ってきたけど、ここからオークたちの場所までは徒歩で移動になるよ」

「遠いんですか?」

「まぁ、多少は歩くな。なにより俺たちの目的は偵察だ。バレないことが優先になる」


 周囲を見ると、俺たち以外にもそこそこ人がいる。

 20人くらいだろうか? みんなダンジョンに入るのだろうか。俺は一生入るつもりはないが、どんな場所か話くらいはそのうち聞いてみたいな。


「ここら辺にいるやつは、ダンジョンに挑むやつ。そして俺たちと同じように偵察に向かうやつらだな」

「え? 偵察に向かうのは自分たちだけじゃないんですか?」

「そりゃ普通に考えれば、私たちだけなわけないだろ? もしそうなら、私たちが失敗したらどうするのさ」


 確かにその通りだ。だがそれは、俺たちが無理をする必要はなくなったということ。

 ちょっとだけ心が軽くなった。それなら物見遊山気分で気楽にいこう。管理人の俺がプロの冒険者と同じようにできるわけもないからね。


「よし、とりあえずぼちぼち行くか」

「はい、よろしくお願いします」

「……ボス、一つだけ言っておくよ?」


 心構えとかかな? なんでも言う通りにするつもりだったが、真剣な顔で言われるとこちらも気を引き締めてしまう。

 怪我とかはしたくないから、ちゃんと聞いておこう。

 そんな俺にセレネナルさんは顔を寄せ、小声で話しかけてくる。ちょっといい匂いがする。


「いいかい、この偵察部隊の中で一番成果を上げれる可能性が高いのはうちのパーティーだ。町のためにもそこは忘れたらいけないよ」

「一番……? なぜですか?」

「そりゃボスが言葉を理解できる可能性が高いからだろ。俺たちしかそのことは知らないけどな。だが、世話になっている町のためにも頑張ろうぜ」


 あ、やばい。また胃が痛くなってきた。

 オークの言葉、分からないといいなぁ……。



 俺たちは何度も小休止を入れ、オークの集落へ向けて進む。

 いきなり襲われては困るので、できるだけ体力は温存して進むらしい。

 実際は二人に比べて俺の体力がもたないことが理由だが、そういう風に説明をされた。いや、本当に足手まといで申し訳ないです。

 そして何度目かの小休止を俺たちがとっているときだった。


「そろそろ近づいてきたな。こっからは森の中を隠れながら進むぞ。一番前は俺。中央にボス。後ろにセナルだ。危険を感じたら即撤退。いいな?」

「ボスは自分を守ることと、相手の会話とかにだけ注意しておいてくれればいいよ。いざとなったら、魔法をぶっ放して撤退するからね。退路は私が確保しておくよ」

「は、はい。できる限り頑張ります」


 できることをやるしかないとはいえ、プレッシャーでもう潰れてしまいそうだ。

 逃げたい気持ちと、逃げてはいけない気持ちを抱えつつ、俺は二人と森の中へと入った……。


 森の中は薄暗く、少し冷たい。

 足場も悪く、腕に当たる葉っぱが痛い。

 自分が歩く音すらも、誰かに聞こえているのではないかと心臓がバクバクと脈打つ。帰りたい……。

 少し進み、しゃがむ。そして周囲を確認し、また進む。頭の中は真っ白なのに、黒いなにかに押しつぶされそうな感じだけはずっと消えない。

 肝試しで真っ暗な中を進んでいるときと、気持ち的には似ていた。

 いつ驚かされるのか。それともなにも起きないのか。ただただ自分が追い込まれているのが分かる。

 俺は荒くなりそうな息をぐっと抑える。息遣いすらなにかに聞かれてしまうのではないかと、慎重になってしまう。


 前を歩くヴァーマさんの指示で、またしゃがみ込む。

 ヴァーマさんとセレネナルさんは周囲を確認しているが、俺は地面を見て少しでも息を整えようとすることしかできなかった。

 いつまでこんなことが続くのだろう……。


「いるぞ」


 ヴァーマさんが小さく囁くように言った言葉で、俺はビクリとする。

 今すぐ立ち上がって逃げ出したい。そんな気持ちが押し寄せてくる。そんな俺の肩を、ポンッとセレネナルさんが触った。

 俺はもっと頭を下げろという意味かと思い、慌てて頭を下げてセレネナルさんを見た。

 だがそうではなかったらしい。彼女は俺に少しだけ笑顔を向けて、また真剣な表情に戻る。

 大丈夫だ、力を抜け。そう言われた気がした。

 俺にできることなんてたかが知れている。でも、やれることはやらないといけない。

 耳を澄ませ、物音や声を少しでも聞こうと集中する。

 すると、確かになにかの声が聞こえた。俺は身を乗り出さないようにしつつ、その声へさらに集中した。


「ブヒブヒィ(人間が入り込んでいるらしいぞ)」

「ブヒィブヒィ、ブヒィ。ブヒィ!(逃げて行くのが見えたらしいが、他にもいるかもしれない。捕まえろ!)」


 その話を聞き、俺はドキッとした。

 入り込んでいたパーティーで見つかったパーティーがあるらしい。

 それと同時に、自分たちがまだ見つかっていないことに安心する。他が見つかったというのなら、これ以上は危険なのではないだろうか? 引き時ではないか?

 俺が二人にそのことを話すと、二人も悩んでいる。


「捕まえろ? 殺せじゃなくてか?」

「オークが人間を捕まえた前例がないわけではないけど、一体なぜ……」


 そのとき、セレネナルさんが後ろを見て身構えた。


「……まずいね、こっちにもきてる」

「このままじゃ見つかるな。今ならまだ逃げられる。タイミングを見て引くぞ」


 見つかったらどうなってしまうのだろうか? そんなことすら俺は考えていなかった。

 敵対状態にあるらしいし、殺されるのではないだろうか? 怖い、逃げたい、叫びたい。ただ胸をギュッと押さえ、耐えることしかできない。

 固まっている俺の腕をヴァーマさんが掴む。どうやら移動をするらしい。

 早くここから離れたい。俺は動かない体をなんとか動かし、彼の指示通りに動いた。

 来た方向とは違う方向へ、オークたちのいない方向を恐らく選んで移動をしているのだろう。

 さっきまでよりもさらに時間をかけ、ただひたすら迂回をしている。

 そしてピタリ、とヴァーマさんが止まった。


「……おかしい、こっちの動きがバレているのか? まずいな、走るぞ。このままじゃ囲まれる」

「え……」

「なにをぼさっとしているんだい! 走るんだよ!」


 俺は急に走り出したヴァーマさんに続き、必死に走りだした。

 バレている? 囲まれる? 走る? 状況がまるで分かっていない俺は、ただヴァーマさんの背に続くように走った。

 周囲ではオークたちの声に物音、だがそんなことを気にしている暇はない。無我夢中で走った。

 そして急に視界が開ける。森を抜けたのだ。

 もうどっちに走っていたのかも分からなかった俺は、やっと森を抜けたことにホッとする。だがそれが間違いだった。

 ヴァーマさんが俺の前に立ったまま止まっている。


 それで異変に気付き周囲を見ると、その場には武器を構えた大量のオーク。

 そう、俺たちはいつの間にか追い込まれていたのだ。

 後ろからも大量の物音がする。森に戻ることもできず、俺たちは立ち尽くした。


「……行動が早すぎるな、オークに先回りされてやがる」

「どこかから情報が漏れたのかね。いや、でも紙などが見られてもオークに理解できるはずはないし……。なんにしても、これじゃあボスも逃がしてやれなさそうだ。魔法でどうにかなる数じゃないね」

「あ、あの……」

「いきなり攻撃してこないのとさっきのボスの話を踏まえると、俺たちを捕まえたいんだろう。暴れるにしても数が多すぎる。……投降するしかねぇな。悪い、ボス。俺たちのミスだ」


 そう言ったヴァーマさんは悔しそうな顔で謝ると、オークたちの前に進み武器を投げ捨て両手を上げた。

 セレネナルさんも同じように自分の持っていた杖や短剣を投げ捨てて両手を上げる。

 ……その状況についていけず固まる俺へヴァーマさんが近づいてくる。そして必死に握っていたショートソードが取り上げられ、同じように投げ捨てられた。俺は二人と同じように、両手を上げるだけだった。


 俺たちはなすすべもなく縛りあげられ、オーク族に捕まったのだ……。

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