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六十五個目

 自己嫌悪に陥りながら、町を歩く。もうすでにプレッシャーを感じていて、胃がキリキリする。

 冒険用の荷物などは冒険者組合で用意をしてくれるらしく、俺はいつも通りのショートソードと軽鎧を装備していけばいいらしい。

 ヴァーマさんとセレネナルさんがいるから早々やばいことにはならないと思うが、想像するだけで叫びたい。


「ぁー……」


 大声で叫ぶわけにもいかず、溜息みたいに声を出すので精一杯だった。

 うぅぅ……。



 店に戻り俺は胃の辺りを押さえながら、入口にもたれかかるように扉を開いた。


「ただいま……」

「あらボスお帰りなさい。二人なら倉庫の整理をしているわぁ」

「どうもナガレさん、お邪魔しています」

「ふ、副会長……どうぞごゆっくり……」


 俺はぐったりとしながら、カウンターにいるフーさんと、なぜかいる副会長に挨拶を返す。

 なぜここにいるのかは気になるが、今は精神的にそれどころではなかった。


「なぜか青い顔をしていますが、大丈夫ですか?」

「あ、はい。駄目です……」

「そうですか……なにかあったのですか? 私でよろしければお話を聞かせて頂きますが」


 おぉ……仕事はできるが、ちょっとした嫌がらせが大好きな副会長が天使に見える。

 これは重症だ。精神的に追い込まれすぎている。なぜ人間は一瞬で気持ちを楽にする方法とかがないのだろう。

 だが相手が副会長でも、話さないよりは話した方が楽になるはずだ。

 どちらにしろ、他の三人にも店を空けることを話さなければいけない。

 俺は倉庫にいた二人も呼び出し、詳しい事情を話すことにした。


「で、話ってなにかな? あっ! 仕事ならさぼってないよ! オレもキューンもフーさんもちゃんとやってたよ!」

「キューン! キューン!(ばっちりッスよ! お客様の対応も問題ないッス!)」

「いや、そうじゃなくてね。その……店を少し空けることになったんだ」

「店を畳む? そこまで売上が悪くはなかったはずなのですが……」

「店を畳むじゃなくて、自分が少し空けるだけです」


 いきなり店が潰れたことにされた。副会長、今日はつっこむ余裕がないんで勘弁してください。

 俺が店を空けることで三人は動揺するかと思ったのだが、割と平然としていた。

 本当にいつも通りといった顔をしている。


「ボスは忙しくて外に出てることもあるから、一日くらいオレたち慣れっこだよ?」

「私もカウンター業務に慣れてきたから大丈夫よねぇ」


 そういうときが一番危ないんだぞ! 俺はそういう風に油断していたとき、ワイバーンの卵でハメられたんだからな!

 と言いたい気持ちもあるが、そういうのも経験だろう。

 ミスをして覚えることもある。俺なしで仕事をするのも良い経験になる。

 ただ、なんか俺がいなくても平気みたいなオーラがちょっと切ない。いや、もちろんそれは良いことで正しいことなんだけど、ちょっと切ない。俺はいらない子になりつつあるんじゃないだろうか……。


「うん、三人が大丈夫ならいいかな。ちょっとオークの偵察に選ばれちゃってね。もしかしたら数日戻れないかもしれないんだ」

「なるほど、商人組合でも噂程度ですが話を聞いております。こちらでも対応を考えなければなりませんね」


 副会長がいたお陰で、商人組合に事情説明に行かないで済みそうだ。

 この人は本当にタイミングがいい。もしかしたら盗聴器でも仕掛けられているんじゃないだろうか? 怪しいところだ。

 俺は副会長と今後の打ち合わせをしていたのだが、気付くと三人がいなかった。

 三人とも色々と話しておきたいことがあったのだが、どこへ行ったのだろう?

 階段からバタバタと音がし、そちら側を向くと三人が慌てて二階から降りて来た。

 なにごとだろうと三人を見ると、各々に荷物を抱えている。

 もしかして、俺の旅支度……?


「準備できたよ! オレいつでも行けるよ!」

「キュン、キューン(いやぁ、冒険とは胸が躍るッスね)」

「やっぱり着替えをもう少し持った方がいいかしらぁ?」


 何か勘違いをしている三人に、はっきりと伝えた。


「三人は連れて行かないから」


 三人は声を揃え「えー!」と言った。

 なぜ一緒に行けると思ったのだろうか……。そもそもこんな危険極まりないことに、三人を連れて行きたくない。

 冒険者組合でも少数で行う任務となるって言われていたからね。

 副会長は俺たちを見て、両手の手の平を上に向けて首を横に振っていた。やれやれ、と言った感じなのだろう。


 その後はなんとか着いてこようと企む三人を説得した。副会長も手伝ってくれたお陰で話が早く済んで良かった。

 三人は渋々といった感じだったが、なんとか納得してくれる。

 その日は店も早く閉め、なんとなく着替えとかを袋に詰めて用意もした。

 うん、実は出発は明日なんだ。

 急すぎるだろとも思ったが、事態は割と切迫しているらしく、俺みたいなぺーぺーの冒険者にはなにも反論はできなかった。

 早く休むことにし、その日は眠りにつくことにする。

 ……いや、色々考えちゃうし緊張しちゃって中々寝れなかったんだけどね。


 次の日、朝早く起きる。

 さっき寝たばっかりなのだが、もう準備をしないといけない。すごく眠いです。

 ベッドを見ると、三人はすでにいなかった。早起きした俺よりも早く起きているなんて珍しい。

 俺は身支度を整え、一階へと降りる。

 一階のカウンターにはフーさんが座っていた。


「あら、おはようボス」

「おはようフーさん。二人は?」

「二人? 上で寝ていなかったかしらぁ? 私はちょっと知らないわねぇ」

「ん、そうか……」


 なんとなく顔を見てから行きたかったがしょうがない。

 俺は洗面所で顔を洗ったり歯を磨いて、出発することにした。

 集合場所は東門。もしかしたら、ヴァーマさんたちはもう来ているかもしれない。


「それじゃあ、行ってくるね。二人にも言っておいてくれるかな」

「分かったわぁ。いってらっしゃい」

「戸締りとかはしっかりね? なにか困ったら、アグドラさんか副会長を呼ぶんだよ? 話はしてあるから。それと……」

「それ昨日も散々聞いたわよぉ? こっちのことは心配しないで大丈夫よぉ」


 む……。どうも口うるさくなってしまっていたらしい。

 俺は頭を少し掻きつつ反省をした。まぁこっちは大丈夫だろう。自分のことの方が今は大変だ。気持を切り換えていこう。


「改めていってきます」

「いってらっしゃい」


 フーさんに見送られ、店を出て東門を目指す。

 胃はキリキリとするしプレッシャーもひどいが、頑張ろう。逃げてもいいって言われてるんだからね。


 朝は早く、町の中にも人はほとんどいない。

 東門にいつもは人がいるが、今日は人影も少なくすぐに二人を見つけることができた。ヴァーマさんがでかいから、見つけやすくて助かる。

 俺は二人を確認し、少しだけ駆け足で近づいた。


「おはようございます」

「おう、おはよう。これ荷物な」

「おはよう。フレイリスは見送りかい?」

「はい?」


 セレネナルさんがなにを言っているかが分らなかったが、彼女が俺の後ろを指さしていた。

 俺はヴァーマさんから荷物を受け取りつつ、そちらを見る。

 ……そこには誰もいなかった。こわっ!


「セレネナルさん、朝からからかわないでくださいよ」

「いや、そこにいるけど……」


 セレネナルさんはふざけている感じじゃなかった。

 俺はさっきよりも素早く、後ろを見る。……誰もいない。だが、一瞬動く人影が見えた。

 今度はそちらを慌てて見る。また人影が見える。

 これは埒があかないと思い、俺は少しだけ素早く下ることにした。

 そして視界にやっとその人物を捉える。


「あっ……」

「フーさん、なんで隠れていたの?」

「ちょ、ちょっとふざけただけよぉ?」


 明らかに目が泳いでいる。あわよくば付いて来ようとしていたのではないだろうか?

 ……そういえば、朝から二人ほど見掛けなかったやつがいた気がする。

 俺は自分で用意した袋を上下に動かす。

 朝で寝ぼけていて気付かなかったが、昨日より重い。

 袋をガバッと開けると、中には……。


「キュン、キューン?(お、もう到着したッス?)」

「いや、ここ東門だからね」


 道理でいなかったわけだ。

 キューンを袋から出し、中をしっかりと見るが他には誰もいない。

 まさか服のどこかに張り付いているのだろうか?

 全身を隈なく見たが、なにも見つからない。セトトルは一体どこに?

 俺が考えていると、店の方からパタパタとなにかが飛んでくる。あれ? もしかしてあれって……。


「ボ、ボスー! 良かった、見送り間に合ったよ! 二人がいないから探してたら……ってあれ!? キューンもフーさんもいる! オレを置いて見送りに行かないでよ!」

「セトトル? あれ? セトトルは今、店から来たの?」

「そうだよ? ……あっ! ついてきてると思ったの!? そんなことしないよ! ノイジーウッドのときにボスと約束したじゃん!」


 さすがセトトルだ。言われたことはきっちりメモして復習しているだけある。

 それに比べてこの二人は……。俺が二人を見ると、素知らぬ顔で目をそらしていた。

 ビシッと言ってやりたいところだが、セトトルのときも結局こちらが折れてしまったのを思い出す。

 やんわりと注意……いや、二人のやる気が出るようなことを言った方がいいかな。


「三人とも、倉庫のことは任せたよ。三人は仕事もすごくできるようになっているし、信頼しているからね! 俺もなんの心配もせず行けるのは、三人のお陰だからね! 本当にありがとう! じゃあ、行ってくるね!」

「ボスいってらっしゃーい!」

「キュ、キューン(い、いってらっしゃいッス)」

「むぐ……い、いってらっしゃぁい」


 よし、うまいこと誘導できた気がする。

 二人はなにか言いたい感じではあったが、付いてこようとはしていなかった。

 さてさて、これで安心して偵察に出かけられるといったものだ。


「なんだよボス、さっきより顔色がいいじゃねぇか。腹が据わったか?」

「うんうん、やる気ある顔になっているね」


 ……なんか、そう言われると色々思い出して来た。

 偵察とか初めてなのに大丈夫だろうか。また胃がキリキリしてきた……。

 今度、胃薬を買っておこう。

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