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六十四個目

 その日、俺は冒険者組合へと朝から向かっていた。

 緊急の要件らしく、冒険者は全員集合とのことだ。

 冒険者組合に到着し中へ入ると、すでに数多くの冒険者たちがひしめき合っている。

 中の雰囲気は、いつもとはまるで違った。

 うちは冒険者用の荷物預かりをしているので、基本的には見た顔ばかりだ。なのだが、店に来るときのように和やかな顔の人間はいなかった。

 空気がピリピリとしていて、胃がギュッと締め付けられる感じがする。こういうのは苦手だ。


 室内を見渡すと、ヴァーマさんとセレネナルさんがこちらに手を振っている。俺はそれにほっとし、二人と同じ机へとついた。

 二人に事情を聞こうとしたときだった。全員の前に大柄で屈強な感じの女性が、前へと進み出る。

 見た目だけで強そうだが、おやっさんやヴァーマさんとかを見慣れている俺には驚きはなかった。

 個人的な感想としては、ごつい黒髪美人といったところだ。


「大体揃ったようなので話を始めさせてもらう。私のことは全員知っていると思うが、一応自己紹介をしておく。冒険者組合の会長をしているサイエラだ」


 サイエラさんというのか。皆知っているといったが、俺は初めて見た。冒険者組合にあまり顔を出していないからなぁ……。

 だがそんな俺とは違い、場は騒然としていた。聞き耳を立てて見ると、冒険者組合の会長が、冒険者を緊急で全員集めるなんていうのは中々ないらしい。

 確かに、俺も今までこんな形で召集をかけられた記憶はない。

 いや、この世界に来てまだそんなに経っていないからなだけかもしれないけどね。


「すでに聞き及んでいる者もいると思うが、怪しい動きをしていたオーク族が数を集めている。そして町の近くで、斥候らしき者の目撃情報も見つかっている。これによりアキの町は最悪の事態をも想定し、冒険者組合への協力を申し出てきた」


 町の近くで斥候が見つかっているって、町の動きを警戒しているってことだろ? そして町の状態を知りたいってことだ。

 かなりやばい状況なんじゃ……。


「我々冒険者組合は、その申し出を全面的に許諾した。普段世話になっているこの町に報いるべきだと、私は思っている! 参加しない腰抜けは、さっさと他の町にでも逃げろ。私はそれを責めるつもりはない!」


 逃げる……。特に役にもたてない俺は逃げたほうがいいのかな? 三人を連れて? いや、おやっさんとウルマーさんにも声をかけたほうがいい? いやいや親方とか、他の管理人のことだってある。どこまで声をかければいいのだろう。


「今後、我々は町の衛兵と協力体勢をとる。だが衛兵には基本は町を守ってもらい、我々冒険者がオークの動きを調べる。なによりもやつらの目的が知りたい」


 確かにオーク族がなぜこの町を調べているかは大事だ。

 今までそういった類の話を聞かなかった以上、理由があるはずだ。まずは話し合いが必要なのではないだろうか?

 俺はそっと、隣にいるヴァーマさんとセレネナルさんに聞いてみることにした。


「あの、オーク族は今までにも攻めてきたんですか?」

「いや、元々は小規模な集まりだったから小競り合い程度しかなかった。だが最近各地から数を集めていて、その数は1000にも及ぶんじゃないかって話だ」

「……攻め込むために集めたんですか? なぜこの町を……?」

「それが分かれば苦労しないよ。言葉が通じないやつらが、なにを考えているかなんて分からないだろ?」

「なるほど。でしたら、まずは相互理解といいますか、話し合いの場などを設けることは」

「話し合いだと?」


 気付くと、俺のことを睨み付けるようにサイエラさんが見ていた。

 正直、これだけで泣きそうになるくらい怖いんですけど……。


「見ない顔だな。新入りか」

「は、はい。まだ冒険者になって、それほど月日は経っていません」

「冒険者たるものが、オークのことも知らんのか! 話も通じない種族、好戦的な種族。そんなものと話し合いができると思っているのか!」


 さすがにこの台詞にカチンときた。

 言い返しても良かったのだが、別に渦中に飛び込みたいわけでもなければ、場を悪くしたいわけでもない。

 俺はぐっと気持ちを抑え、黙って愛想笑いを浮かべた。……それが良くなかった。


「ほう、私に睨まれても笑ってられるか。面白い。ならば、オーク族への斥候の第一陣にお前も組み込んでおく」

「サイエラさん、ちょっと待ってくれるかい? それは無茶がある。ボス……ナガレはまだ新人だ。私とヴァーマと何度か冒険には出ているが、主な職業は東倉庫の管理人だよ? 無茶がある」

「セレネナルさん……」

「東倉庫の管理人? あぁ、例のやつか。ノイジーウッドを一人で殲滅したという噂は私も聞き及んでいる。ちょうどいいではないか、その実力を発揮してもらおう。……今すぐ謝り、尻尾を巻いて逃げるというのなら、それでも構わないがな」

「すみませんでした」

「ふん、そうだろう。男がそう簡単に逃げ出すわけには……なんだって?」

「え、すみませんでした」


 サイエラさんだけではなく、周囲の全員が唖然とした顔で俺を見ていた。

 口を押さえて笑っているのは、ヴァーマさんとセレネナルさんだけだ。俺、なにか変なことを言っただろうか?

 俺が困っていると、サイエラさんも困った顔をしていた。困ったコンビだ。


「えぇっと……。ナガレと言ったか。その、それでいいのか?」

「はい。自分にはとても出来そうな任務ではありません。大きな失敗をしてご迷惑をかけるくらいなら、素直に謝罪をさせて頂きます」

「……なるほど」


 そう言うと、サイエラさんは俺に近づいて来てじろじろと俺を見た。そして腕やら体を触られる。ちょっと痛い。

 そして彼女は、うんと頷いた。


「その慎重さ。自分の実力をわきまえているところ。非常に好感がもてる。やはり斥候はお前にやってもらおう。だが決して無理はしないでいい。斥候に大事なことは、なによりも慎重さだからな」

「え、あの」

「ヴァーマ、セレネナル。お前たちがサポートしてやれ。先ほども言ったが、無理はしないでいい」

「おう、分かった」

「いえ自分はその」

「ボス」


 俺の肩に、ポンッとセレネナルさんが手を置く。

 そして首を横に振った。そのジェスチャーとても嫌な予感がします。


「こうなったらサイエラさんは話を聞いてくれやしない。諦めるんだね。私たちも頑張ってサポートするよ」


 その言葉を聞いた俺にできることは、吐きそうな自分の口を押さえることだけだった。




 その後、他の冒険者たちにも指示が与えられて解散となる。

 ただし、俺とヴァーマさんとセレネナルさんはサイエラさんに捕まった。そして奥の部屋へと通される。もうおうちにかえりたい。


 そして席へついた俺たちには、兎耳受付嬢のお姉さんからお茶が差し出された。暖かいお茶を飲み、ほんの少しだけ気持ちが安らぐ。


「少しは落ち着いたか?」

「いえ、ちっとも」


 俺はサイエラさんの言葉に正直に答えた。小心者だと分かれば、やめてくれるかもしれないという打算あっての行動だ。

 へたれだと思われてでも、正直に答えてなんとかしなければいけない!


「はははっ。そうかそうか。冒険者というのは猪突猛進なやつが多くてな。もちろんセレネナルみたいなタイプもいるんだが、ナガレさんみたいな本当に慎重なタイプはあまりいない」

「こ、行動力のある人の方が思わぬ結果を残すと思いますが」

「いや、斥候には慎重に慎重を期す人物が良い。引くべきときに引けないやつは死ぬだけだからな」

「引くべきタイミングも分からない初心者ですので、やはり駄目だと思います」

「まぁそういうな。私は君が気に入った。町のために動いてくれないだろうか? もちろん必ず結果を出せなどとは言わない。危険だと思えば、引いてくれていい」


 でしたら、ずっと町から出ません。本音はそうだった。

 だがそんな俺を思いとどまらせた台詞が、今の発言にあった。

 町のために(・・・・・)という言葉だ。

 俺だってこの町が好きだ。色々とあったりもするが、こんなに優しくされたのは初めてだし、こんなに自分を受け入れ認めてくれた場所が嫌いなわけがない。

 アキの町が廃墟になるようなところは、見たくはない。

 ……見たくはないけど、俺には無理じゃないかなぁ? やっぱり無理だよねぇ? うん、無理だよ。

 だが俺が答える前に、ヴァーマさんが余計なことを言ってくれた。


「サイエラさん、ボスはこう見えてやるやつだから安心してくれ! まぁ俺たちもついてるし、無理せずやれば大丈夫だろう! それにボスなら思わぬ結果を持ち帰れるかもしれないぜ? 町を大事にしたい気持ちだって十分あるやつだしな! な、ボス」

「そうか、そう言ってもらえて本当に良かった。私もこの町を守りたい気持ちは負けていないつもりだ。大変だと思うが、よろしく頼む」


 サイエラさんは、深々と俺へ頭を下げた。

 あはは、逃げ場が塞がれちゃったよ。

 俺にできることは、サイエラさんに手を差し出しこう答えることだけだった。


「出来る限りやらせて頂きたいと思います。結果が伴わないかもしれませんが、町のために頑張ります」


 サイエラさんは、嬉しそうに俺の手を握り返してくれた。

 町のためと言われて断ることができなかった。俺は駄目駄目だ……。

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