外伝7 セトトル&フレイリス
朝、支度を済ませた私は一階でフーさんを待っていた。
「こういうことも仕事のうちだからね。メモは渡したし、二人で頑張ってくるんだよ」
「キューンキュン!(店は僕とボスがなんとかするッス!)」
そう、今日は私とフーさんの二人で、お店の前に屋根をつけてもらえるように頼んだり、靴を買いに行ったりする。
普通の買い物と違うので、私は昨日からドキドキしていた。
大丈夫かな? ボスが一緒じゃないけどちゃんとやれるかな? フーさんもいるし、メモもあるから大丈夫だよね?
本当に色々と不安はある。
でも今一番の問題は……。
「……フーさん降りてこないね」
「う、うん……ちょっとオレ見てくるよ!」
ボスはカウンターから笑顔でひらひらと手を振っていた。
フーさんはどうしたんだろう? 私は二階へ戻り、フーさんの部屋の扉をノックした。
「フーさん? オレだけど、準備はどう?」
……返事がない。でも部屋の中からは物音が聞こえる。
少し待つと、カチャリと音がして扉がちょっとだけ開かれる。
なのにフーさんは出て来なかった。隙間から部屋を覗くと、スケッチブックが見える。なんて書いてあるのかな?
えーっと……。
『準備してるよ。もうちょっとだけ待ってほしいから、中で待っていてくれるかな?』
フーさんはまだ準備中だったみたい。
書かれている通り中に入ったのだが、私はびっくりした。
部屋の中には……服がたくさん! もう本当にいっぱい広がっている。
フーさんはそれを一着ずつじっくり見て選んでいる。
でも気持ちは分かる。私もお給料がもらえるようになってから、服とかがとっても増えた。
フーさんにその話をしたら『女の子はお洒落が好きなんです!』と書いていた。
キューンは服を着ないし、ボスは全然そういうことに興味がない。たまに気を遣ってくれているのか、服を買ってくれたりもするけどね。
だから、本当にフーさんがいて良かったなぁって思う。
これ可愛いねって話せるだけでも、とっても嬉しい!
『これに決めました! ちょっと待ってください!』
「う、うん……」
フーさんは私にスケッチブックを見せると、テキパキと着替える。
決まってしまうと早いんだけど、そこまでがフーさんはとっても長い。悩んじゃうのはしょうがないよね。
すっごく悩んで決めたのは分かるんだよ? でも……。
「よし、これで大丈夫よぉ。セトトルちゃんお待たせ」
……可愛い格好をしても、上から着ぐるみを着ちゃうから意味ないんじゃないかなぁ。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「行ってくるわぁ」
「二人とも気をつけてね? 変な人についていったら駄目だよ? お金は持った? メモも忘れずにね。ゆっくりしておいでね。後はえーっと……」
「キュン、キューン(ボス、二人が困ってるッスよ)」
「うっ……。い、いってらっしゃい」
私たちは見送ってくれたボスとキューンに手を振って、店を出た。
ボスはキューンを抱えたまま、店の外まで出て見送ってくれている。
すごく心配してくれて私は嬉しいんだけど、フーさんは溜め息をついていた。
「過保護なのはいいんだけどぉ、子供扱いされている気がするわぁ」
んん……? 私たちはまだ子供なんだから、しょうがないんじゃないかな? フーさんはたまによく分からないことを言うから困っちゃう。
私はフーさんの肩に乗り、二人で西通りの靴屋さんへと向かった。
歩いてるだけなのに、実はとても忙しい。道を歩いていると、色んな人が声をかけてくるからだ。
「お、二人ともお出かけかい? おはよう」
「セトトルちゃんの羽をさわさわしたい」
「おはようございまーす!」
前は私とキューンだけだったんだけど、フーさんもこの間から大人気で大変そうにしている。
でもボスが言っていた。「まずは挨拶から始めていって、どんどん慣れていかないとね」って。
「珍しい二人組みじゃないか。いってらっしゃい!」
「あ、あの着ぐるみの中に美少女が……そのギャップがたまりませんな」
「いってくるわぁ。お仕事頑張ってねぇ」
フーさんはにこにこと笑いながら手を振って返している。
でも私は知っている。フーさんの目が泳いでいることを!
……フーさん頑張って!
私たちは挨拶をしつつ、中央広場を抜けて西通りへとたどり着く。
実は靴屋さんに来るのは初めてだ。ボスは少し行ったことがあるらしく、妖精用の靴も作ってくれると教えてくれた。とっても楽しみ!
「ここ……かしらぁ?」
「……ここ、かな?」
店の前へたどり着くと、そこはとても陰気で看板も小さく怪しげなお店だった。
どちらかというと、古書とか怪しい魔法道具とかを売っていそうな雰囲気。中も見えないし、本当に靴屋さんなのかな……。
「扉……開けていいわよぉ?」
「え!? フーさん開けていいよ!」
「こ、ここはやっぱり先輩に任せるわぁ!」
自分で開けたくないなぁという気持ちを、私たちは隠すこともしなかった。このままでは扉の前に立ち尽くすことになってしまう。
私たちは話し合った結果、二人で一緒に扉を開けることにした。な、なにも変なのがいませんように……。
ギギィっと鈍い音のする、立て付けの悪い扉を私たちは開いた。
中に入らず覗いたのだが、薄暗くてよく見えない。
だけど、じーっと見ていると、段々と目が暗闇に慣れてくる。
恐る恐る中へと入り、店の中を見渡す。
えっと、お店の人は……。
「……いらっしゃいませ」
声がしたことに安心し、私とフーさんは声がした方を見る。
そして……叫んだ。
「「ぎゃああああああああああああ!!」」
そこにいたのは、骨だった。骸骨だよ骸骨!
骨!? 骸骨!? なんで骸骨!? 喋った!?
私とフーさんはパニックを起こし、走って店を出ようとする。
だが、扉がバタンッと音をたてて閉じてしまう。
と、閉じ込められちゃった……。
「……なにをお探しですか?」
骸骨が近寄ってくる。逃げないと!
腰を抜かしているフーさんを引っ張り、なんとか逃げようと……なにをおさがしですか?
「……靴、探しにきたんじゃないの?」
「は、はい。そうです……」
私はさっきよりも目に力を込めて、怖いけど骸骨をよく見た。
……骸骨の後ろに、人がいる。黒髪に眼鏡。髪はボサボサの女の人。服まで全部真っ黒だ。
その人は私たちと顔を合わせないように、骸骨の腕を動かしている。
こ、この人はなにをしてるんだろう。
そういえばボスのメモに……。
『靴屋のお姉さんはちょっと変わった人で、なにかに隠れて話しかけてくるよ。でも悪い人じゃないから、気にしないであげてね』
私はメモを見直し、ちょっとだけボスに怒った。
なにかって普通壁とか布とかじゃないの! 骸骨に隠れて話しかけてくるとか、予想できないよ! もう!
……あ、メモが続いてる。
『とっても静かで居心地のいい店だから、二人も色んな靴を見て楽しんでね』
ボスってちょっと変だよね……。
薄暗くて骸骨が出迎える店の居心地がいいかな?
うぅ……が、頑張るよ。
「あ、あの……三人分の靴が欲しいんです」
「……どんな?」
「えっと、つま先に鉄板が入っていて足を守れるやつで、簡単には脱げないけど脱ぎたいときにすぐ脱げるやつ、です!」
「……他には?」
「んっと……『外と中で別にするけど、どうせなら兼用できたら楽だよね。汚れない靴とかあったらいいな。まぁそんな都合の良い物はないだろうから、普通に二足買ってくれればいいから。これは伝えなくても別にいいからね』です! ……あれ?」
つ、伝えなくてもいいところを読んじゃった。
陰気なお姉さんはそれを聞くと、骸骨を持って奥へと行ってしまった。
もしかして怒らせちゃったのかな?
私がどうしようと不安なまま待っていると、お姉さんが戻ってきた。
お姉さんは、奥から靴とかをいくつか持って出てくる。そしてそれを並べて、見せてくれた。
「……これは伸縮性がよくて脱いだり履いたりが楽。兼用できる都合のいいものはない。でも一応考えておく。汚れない靴は難しいけど、なにか考えておく」
「え? え? とりあえずこれを持って帰ればいいのかな?」
「……鉄板は、後で入れておく。後日とりにきて」
「は、はい……」
それだけ話すと、お姉さんはすでに作業へ入っていた。
えっと……そうだ、靴のサイズを書いた紙をボスにもらったんだった。
私は作業の邪魔にならないように、机の上にそのメモを置いた。
「あの、靴のサイズが書いてある紙をここに置いておくね?」
「……」
もう作業に集中しているためか、返事はなかったが微かに頷いてくれた気がした。
私は邪魔をしないよう、小声で挨拶をする。
「ありがとうございました。また来る……ね?」
「……ばいばい」
お姉さんが骸骨の手を振ってくれたのを確認し、フーさんを無理矢理立たせて店を出た。
こんな怖いお店の中が落ち着くなんて、ボスは変わってるなぁ……。
私はまだおどおどしているフーさんの肩に乗り、次の行き先を言った。
「フーさん! 次は工房だよ!」
「が、骸骨が……喋って……女の人が……」
「もう大丈夫だよ! ほら行こう!」
フーさんは周囲を確認し、そこが外だと分かりほっとした顔をした。
そしてよろよろと歩き出す。大丈夫かな?
いつもの半分以下の速度でフーさんは歩いていたが、なんとか私たちは工房にたどり着いた。
今度は親方を探さないと!
えぇっと……。
「誰かに聞いてみる?」
「セトトルちゃんにお願いするわぁ!」
フーさんは絶対に自分じゃ声をかけない、と顔が言っていた。
これ、私一人で来ても良かったんじゃないかな……。ま、まぁフーさんも慣れないとだもんね! 一緒にいることが大事なんだよ!
私は自分を納得させ、近くのドワーフのおじさんに話しかけることにした。
ボスもよく一人で頷いているけど、もしかしたらこんな気持ちなのかな。
「すみません、東倉庫のセトトルです! オレたち親方に用事があるんですけど」
「親方はあっちじゃ!」
それだけ言うと、おじさんは忙しそうに走り去って行った。
いつものことなので気にせず、私とフーさんは言われた方へと進む。
親方は……どれだろう。似たようなドワーフばっかりいて分からない。んっと……そうだ!
「親方ー! オレだよー!」
「やかましいわ! オレで分かるか! ……なんじゃ、セトトルか。どうした」
「ご、ごめんなさい。実は屋根をつけてもらいたくて来たんだよ」
「屋根? 穴でも空いたのか?」
「ううん。外に屋根をつけてほしいんだって」
「……屋根は外につけるものじゃろ?」
「うん、そうだね! ……あれ?」
んん……どうしよう、うまく伝わらない。
私が頭を抱えて困っていると、フーさんがずいっと前に出た。
「荷馬車が濡れないように、店の前へ屋根をつけたいのよぉ。そうすれば荷馬車から中へ荷物を入れるのに、濡れないで済むわぁ」
「ふむ、そういうことか。分かった、時間ができたら人を回す。用件はそれだけか? なら危ないし忙しいから今日は帰れ。今は台車やら車輪やらで忙しくてな。ボスにもよろしく伝えておいてくれ!」
そう言われ、私たちは工房を追い出された。
も、もうちょっとお客様を大事にしてもいいんじゃないかな?
でも台車や車輪って、たぶんボスに頼まれたことだと思うし、文句も言えないかな……。
私がフーさんを見ると、困った顔をしていた。
きっとフーさんが見ている私もこんな困った顔をしているのだろう。
それに気づき、私たちは二人で笑った。
「うん、ご用事は終わったし帰ろう?」
「そうね。帰りましょうかぁ」
東倉庫を出るときはとっても緊張していたのだけど、なんとなくうまくやれた気がする。きっと大丈夫だよね!
私とフーさんは、やり切った気持ちで倉庫へと帰った。ばっちりだよ!
帰ってきた私たちが東倉庫へ入ると……、たくさん人がいる! なんで!?
「いらっしゃいませ……二人ともいいところに! いや、冒険者さんたちが荷物を入れ替えたいってたくさん来てね。なんか預けていた物で、高騰した物があるらしいんだ。疲れていると思うけど、手伝ってくれるかな?」
「了解だよー!」
「私はカウンターに入るわぁ」
私たちは休む間もなく、仕事に戻った。
……うん。外で色々するよりも、こっちの方が気が楽かな。怖いお店にも行かないでいいし!
小一時間仕事をし、仕事は一段落。
みんなで小休憩でお茶を飲んでいると、私とフーさんは今日のことをボスに聞かれた。
私たちはそれに対して、自信満々に答えていたのだが……。
「それで、いくらくらいになった? 契約書とかは? 屋根をつける作業日とか靴の納品日を知りたいんだけど」
「「……」」
「……もしかして、忘れちゃった?」
た、大変だ。私たちはやらないといけないことが全然できていなかった。
私とフーさんは慌ててボスに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 今からオレ行ってくるよ!」
「私も行くわぁ! ごめんなさいボス!」
「いやいや、大丈夫だから落ち着いて?」
「で、でも……」
「大丈夫だから。ちょっと待ってね」
そう言うと、ボスはカウンターからなにか紙を出して私たちに見せてくれた。
今は紙を見ている場合じゃ……あれ? これって……。
「初めてだから色々あると思ってね。靴屋さんにも工房にも先に話してあったんだ。だから、書類とか前もって全部揃えてあるよ」
「……それじゃあ、なにも問題はないってことぉ?」
「うん、まぁそうなるかな。練習にいいかと思って行ってもらったからね」
「キュンキューン、キュンキューン……(用心深いのか性格が悪いのか、ボスについては悩むッス……)」
「そこは用心深いだけにしてほしいかな……」
私たちは座り込んでしまった。気が抜けてしまったのだ。
「二人ともお疲れさま。でも次は、今日の失敗を忘れずにね?」
ボスはにこやかに笑い、私たちにそう言った。
ひどいとかよりも、すごいと思ってしまう。最初から私たちが失敗しても大丈夫なようにしてあったんだ。
私がボスに追いつける日はくるのかなぁ……。
キューンの言葉も、基本ボスがいるときなので普通に書かせて頂きました。