六十個目
ちょっと外伝ちっくなお話です。
俺は朝から浮かれていた。もうとてつもなく浮かれていた。
なんといっても……今日は休み! ビバ休み! ハッピーライフ! 人生始まった!
副会長や他の人の横入りもない! セトトル、キューン、フーさんを連れて出かける休日だ! いえええええええええい!
「さあ、みんな! 朝食も食べたしどこに行こうか!? 欲しい物あるかい!? 買っちゃう!?」
「ボ、ボス落ち着いて? ね? ほら、オレたちも今用意してるから」
「キュンキューン。キューン(疲れ切ってたんッスね。目がやばいッス)」
「なにを言っているんだ! 時間は有限だぞ! さぁ行こうすぐに行こう! ……あれ、フーさんは?」
きょろきょろと部屋の中を見ると、フーさんがいないことに気付いた。
隣の部屋で着替えているのか? ちょっと様子を見てこよう。
俺は隣の部屋に行き、扉を軽くノックする。返事が無い。
「キュン? キューン?(どうしたッス? フーさんいないッス?)」
「そうみたいなんだ。もしかしたら一階にいるのかな?」
いつの間にか来ていたキューンと一緒に一階へ向かおうとすると、隣の部屋の扉に耳をつけていたセトトルが慌てて俺たちを呼んだ。
「なんか、小さくだけど泣いてる声が聞こえるよ……?」
「え!? フーさん! 大丈夫!?」
それを聞いて慌てて俺は、ドアノブに手をかける。
ドアノブは簡単に回り、扉が開かれる。中では服を抱きしめて泣いているフーさんがいた。一体なにがあったんだ?
「フーさんどうしたの? 具合が悪い? 怪我でもした?」
でもフーさんは、ただ首を横に振った。
そして抱きしめていた愛用の着ぐるみを、そっと俺へ差し出す。
俺がそれを受け取ると、フーさんはスケッチブックになにか書き込み俺へと向けた。
『や、破れちゃいました……』
着ぐるみをよく見てみると、思いっきり破けている。
詳しい話を聞いてみると、どうやら引っかけて破いてしまったらしい。
これは縫えばなんとかなる感じではない、布が必要だ。代わりになる布はあったかな……。
隈なく探しては見たのだが、都合のいいものはなかった。使えそうなのは雑巾くらいかな……。雑巾で直すわけにはさすがにいかない。これは布を買ってくるしかないね。
「キューンキュンキューン!(今日はフーさんの着ぐるみを直す布を買わないといけないッスね!)」
「うん、そうだね。とりあえず急いで布を買いに……」
『置いて行かないでください! 嫌です!』
「え? じゃ、じゃあセトトルたちは待っていてくれるかな? 俺が一人で」
『だ、駄目です! せっかくのお休みなのに……。迷惑はかけられないんです!』
おぉう。完全にフーさんは混乱していた。言っていることが支離滅裂だ。
さて、どうしたものか……。少し考えたのだが、彼女が落ち着くまでは出掛けるのは厳しそうだと俺は判断した。
うん、しょうがないな。
「今日は出掛けないでゆっくりしようか」
「うん、オレもそれでいいよ! フーさんも一緒に、みんなで今度出かけよう!」
「キュンキューン!(みんな一緒がいいッスね!)」
うんうん、仲良きことは美しきかな。
うちの倉庫の絆は誇れるものだ! 素晴らしい!
だが、それを聞いてフーさんは俯いてしまった。責任を感じてしまっているのかもしれない。でも大したことではない、みんなで今日は倉庫でゆっくりするだけだ。
俺はそう思っていたのだが、フーさんはスケッチブックになにかを書き込み、こちらに差し出そうとする。
……差し出そうとはするのだが、スケッチブックを出したり戻したりおろおろとしていた。
無理矢理取り上げるわけにもいかず、俺たちはいつものように心の中でフーさんを応援して見守った。
頑張れ! 頑張れフーさん!
その応援の甲斐があってか、フーさんは頑張ってスケッチブックを見せてくれた。
フーさん頑張った! 俺はすでに大満足だったのだが、一応書いてある内容を見る。
『こ、このまま行きます』
俺はそれを見て、唖然とした。セトトルとキューンにも見せると、二人も同じように口をあわあわさせながら戸惑っていた。
つ、ついにフーさんが着ぐるみを脱いで外へ出ようというのだ! 今日は歴史に残る日かもしれない……!
とは考えられず、すごく心配した俺たちは何度もフーさんを説得した。今日無理をしないでもいいということを、必死に話した。
話はしたのだが、フーさんの意思は固かった。
『行きます! 絶対に行きます! ご迷惑はおかけしません!』
彼女に押し切られる形で、結局そのまま一緒に出ることとなる。
迷惑をかけたくない気持ちと、一人になりたくない気持ちがごちゃまぜになっているのだろう。
本当に大丈夫だろうか? 不安だ……。
店を出てしっかりと鍵をする。
頭の上にはセトトル、手にはキューンを抱え、いつも通りに見える。ただし、後ろに震える少女が貼りついていなければだ。
出だしから駄目そうなわけだが、頑張っている彼女を邪魔するわけにはいかない。
だが今は朝、当然のように俺たちは出会ってしまった。
そう、おば様方と……。
「あら? 管理人さんおはよう……?」
「お、おはようございます。今日は店が休みですので、ちょっとみんなで出かけようかと!」
「あら、そうなの? でも後ろの子は……」
「いえ、その、なんといいますか」
フーさんです! と言ってしまえばいいだろうか? 言ってもいいとは思うのだが、一応本人に確認をしておこうかな。うん、確認大事。
俺は後ろに貼り付いているフーさんに小声で話しかける。
「フーさん、なんて説明すればいいかな?」
彼女は震えたまま反応しない。いっぱいいっぱいなのだろう。
こちらでなんとかするしかないか……。そう思ったとき、震えていた彼女はなにか思いついたようにスケッチブックへ書き込み、俺のお腹の前辺りに手を回して差し出した。
絶対に前に出る気はないらしい。それは構わないのだが、この位置では俺にもなんて書いてあるかが分からない。
だがそれを見たおば様方は固まった後、少しずつ俺たちから離れて行った。
「あ、あらあらあらあらあら! そ、そうなのね! きょ、今日は私たちはこの辺で解散しましょうか!」
「そ、そうですわね! ではご機嫌よう管理人さん! 良い休日を!」
「え、あの……」
蜘蛛の子を散らすようにとは、このことを言うのだろう。
いつもは俺たちよりもずっと長く話し合っているおば様方は、その場から立ち去って行った。
一体、フーさんはなにを見せたのだろう?
俺はフーさんのスケッチブックを、自分にも見えるように角度を変えた。
そこに書いてあったのは……。
『愛人です』
……? アイジン? あいじん!?
ちょっと待って!? どういうこと!? これは良くない! すごく良くない! そりゃおば様方だって颯爽と立ち去るわけだ!
俺は慌てながらも、彼女にプレッシャーをかけないように問い質した。
「フ、フーさん? これ、どういうことかな?」
『愛人です』
「う、うん。そうじゃなくてね? なぜこの単語を選んだのかなって……」
『本に、特別な関係の男女を表す言葉と書いてありました! ボスと私は上司と部下で、仲間で、家族みたいなものだから、特別かなって思って書きました』
「そ、そうか……。ならしょうがない、かな? でも後で意味を教えてあげるから、もう使わないようにね……」
彼女は不思議そうに首を傾げていた。セトトルも首を傾げていた。
キューンは意味を知っていたらしく「キュン……キューン(これは……やっちゃったッスね)」と、感想をくれた。
俺はそんな感想がほしかったわけではない!
だが今どうにかできるわけでもなく、俺はとりあえず三人を連れて出かけることにした。
明日の朝の掃除が怖い……。
まず俺たちは服屋へ向かった。
服屋というのが正しいのかは分からないのだが、布とか服とかを買うとなったらここだ。
中央広場から少し北へ行ったところにあるこの店は、前から気になっていたのでゆっくり見れるのは嬉しい。
俺がこの世界に着て買った服なんて、シャツとかそういう大したことないものばかりだ。いつもの雑貨屋さんで十分買える。
だからこそ、少しだけお値段の高いこのお店にはきたことがなかった。
「妖精用の服はあるかな? オレも新しいお洋服ほしいな!」
「キュン? キュンキューン?(どうッス? この布巻くと格好良くないッスか?)」
二人は最初から大はしゃぎだ。まぁせっかくだから一人一着くらいは、買ってプレゼントしてもいいかな? キューンに必要なのかは分からないけど、嬉しそうだからいいだろう。
でもあれじゃあ、服というよりバンダナというかなんというか……。
俺とフーさんは、二人とは別に動くことにした。
フーさんの着ぐるみを直す布を買わないといけない。
選ぶのはそう難しくはないのだが、フーさんが背中に貼り付いているため俺は何度も彼女に布を見せて戻すという作業を繰り返して布を選んだ。
自分で前に出て見てくれ、とは言えないのが辛いところである。
布を選び終わるころには、セトトルとキューンが服やら布を持って俺たちのところへ戻ってきた。
まぁこれくらいならいいだろう。俺が出しておこう。
そう思って会計をしようとしたとき、フーさんが微かに違う方向を見ていることに気付いた。そこにあったのは、真っ白なワンピース。
もしかしたら欲しいのかな?
「フーさんあれが欲しいの?」
彼女はぶんぶんと首を横に振った。正確には、俺の背中で顔をぐりぐりしている。なんとなくこう、ツボに当たる感じで気持ちいい。あ、もうちょっと上の方を……。いやいや、今はそうじゃない。
これはフーさんが遠慮しているだけじゃないかな? 付き合いも長くなってくると、なんとなくそういうときも分かる。
よし、ここは遠慮しないで済むように俺が行動しよう。
俺はワンピースの前へ行き、それを手に取った。
「フーさん、これ買おうか」
『で、でも……』
「サイズは大丈夫?」
『は、はい大丈夫だと思います。でも……無暗にお金を使うのは……』
「いいからいいから、いつも頑張ってくれてるんだからプレゼントさせてよ」
俺はフーさんの言うことを流し、ワンピースも一緒に会計へと持っていった。
彼女は俺の背中にぎゅーっと力を込めて貼り付いた。ちょっと苦しい。
「フーさん耳が真っ赤だよ? 具合悪い? オレ、薬買ってこようか?」
「キュン、キューン(姐さん、これは照れてるんッスよ)」
そうかそうか、耳が真っ赤になるほど喜んでくれているのか。
服を女の子にプレゼントして喜んでもらえるなんて、初めての経験でこっちも嬉しくなる。
……というか、服に限らずプレゼントなんてしたことあったっけ? ……忘れよう。ネガティブになりそうだ。
「買われるものはこれで終わりですか?」
「はい……あ、待ってもらえますか?」
店員さんに聞かれて、俺はなにかを忘れていることに気付いた。一体なんだっけ? 服……服……プレゼント……お礼? あっ。
ノイジーウッドか。そういえばお礼に肥料と女性物の下着をあげようと思っていたんだった。ついでに買っていこう。
「すみません、女性物の下着も何着かもらえますか?」
「はい、かしこまり……はい?」
「はい?」
頭の上で浮かれていたセトトルが俺から離れ、足元にいたキューンもゆっくりと離れる。そして背中に貼り付いていたフーさんまでもが、飛びずさるように俺から離れた。
あれ? 俺なにか変なことを言ったかな? 別に変わったことは……。待て、今俺はなんて言った?
こ、これはまずい。あいつらに渡すものだと思って、あまりにも自然に頼んでしまっていた!
俺はギギギッと油を差し忘れた機械のように、三人を見た。
三人は目を合わさないように、俺から目を逸らす。ち、違うんだ! 決して変な意味じゃないんだ! 理由があって……。
そんな言い訳をしようとしたときだった。
「ボ、ボス……そういう趣味が……」
「まさか、そんな……いえ、誰かへのプレゼントに決まっていますわ。……プレゼント? 女性に下着をプレゼントするんですの……?」
「ナガレさん……。いや、そういうのは人それぞれだがな? もう少しその、隠した方が……」
聞き覚えのある、声が……した。
俺は声がした方を、喉をごくりと鳴らしてからゆっくりと見る。そこにいたのは……。
ウルマーさん、ハーデトリさん、アグドラさんの三人だった。なぜこのタイミングでここにいるんですか!? 別に今じゃなくてもいいじゃないですか!
……いや、そうじゃない。今の問題はそこではない。
三人+三人の、俺を見る目でどういう状況かは一目瞭然だった。
あぁ、終わった……。