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五十八個目

 ――次の日。

 本当は朝一から工房の親方のところへ顔を出すつもりだったのだが、キューンとフーさんに色々と言われたため店にいることにした。

 明らかに昨日のことを根にもたれているが、確かに管理人たるものが度々倉庫を外しては格好がつかない。

 至極ごもっともだと思い、俺も納得し昼休憩のときに工房へダッシュで行くことにした。

 さて昼のことは昼に考えることにして、朝の掃除を始めますかね。


 今日はフーさんと外の掃除をする。フーさんは出る前に着ぐるみを何度もチェックしていた。

 昨日のハーデトリさんがよっぽどトラウマになっているらしい。

 いつも通りの掃除を続け、いつも通りおばさま方に挨拶する。この人たちは、朝ここら辺で井戸端会議をする習慣があるんだろうな。もう完全に朝の顔馴染みだ。


「おはようございます」

「おはよぉ、おばさま方。今日もいい天気ねぇ」

「あら、二人ともおはよう」

「今日も精が出るわね」


 うんうん、コミュニケーションはばっちりだ。

 ……だが知っている。問題なのはこの後だ。

 俺が見ていると、予想通りおばさま方はひそひそ話を始めた。


「……聞きました? 昨日あの管理人さんがノイジーウッドを」

「……本当ですの? でしたら、すごい人じゃないですか。英雄とか勇者とか、そういう類の人だったのかしら」

「……確かに、ノイジーウッドを倒した人はいませんでしたわ。ですが、聞いた話によると死体すら残さなかったとか」

「……ぎゃ、虐殺ですの!?」

「しっ! 声が大きいですわ。聞かれてしまいますわよ」


 聞こえていないフリをして掃除をしていますが、ばっちり聞こえています。

 それにしても情報早すぎないだろうか? 後、虐殺なんてしていない。追い払っただけだ。噂に尾びれがつくとは言うが、これはひどい。


「……ということは、勇者というよりは……魔王、ですかしらね」

「……ま、まさかこの町から世界征服を」


 あ、限界です。

 これ以上聞いていたら胃が痛くて倒れるかもしれません。


「自分たちは掃除も終わりましたので、店に戻ります。お先に失礼いたします」

「あら、管理人さん今日もお掃除お疲れ様。お仕事頑張ってくださいね」


 俺はぎこちなくならないように、笑顔を作り店へと戻った。

 ……ま、魔王プレイはバレていないのに、本当の魔王にされそうになっている。これはどげんかせんといけん!

 い、いや。人の噂もなんとやらという。なにもしないで大人しくしていれば、鎮火するはずだ。余計なことをすれば、炎上してしまう。元の世界のネットだってそうだった。

 そんなことをぶつぶつと言いながら考えている俺の裾を、フーさんが引っ張った。どうしたんだろう?


「ボスって魔王だったのかしらぁ?」


 違います。




 昼休憩となり、俺は親方の工房へダッシュした。

 ダッシュで行って、ダッシュで戻らなければいけない。主に二名ほどが怒っていて怖い。

 涼しくなったとはいえ、走れば暑いな。

 汗を掻きながら、東通りを走り、中央広場を抜けて北通りへ。

 そしてそのまま工房へ入り、一息つく。やれやれ、時間がないと一苦労だ。


「おぉボス! こっちじゃ!」


 一息つく暇もなかった。入ってすぐに親方に見つかってしまった。


「なんじゃ、朝一で来るかと思っていたぞ? それになんでぜぇぜぇ言ってるんじゃ?」

「い、いえ……ぜぇ……なんでも、あり、ません」

「そうか? まぁいいわい。魔茸はばっちりじゃぞ! こんなに大量にあるお陰で、実験にも困らん! どうやって手に入れたんじゃ?」

「えぇっと……こ、交渉ですかね?」

「なんじゃその曖昧さは……」


 納得はしてもらえなかったが、まぁいいだろう。

 魔茸の数は今のところ問題なく、色々と試しているらしい。だが、結果が出るのにはまだ時間がかかると。それはそうだ、すぐに出来上がれば苦労はしない。

 俺は説明を聞き、まだ時間がかかることも分かったので倉庫へ戻ることにした。


「ではすみませんが、よろしくお願いします。自分はこれで戻ります」

「ん? まだ来たばっかりじゃろ?」

「店の方に早く戻らないと、怒っているのが二人ほどいまして……」

「ほほう、なるほどな! もてる男は違うのぉ! ちなみに儂はセトトルにかけておるぞ!」

「はい? その、意味は分かりませんが戻ります。また顔を出します。失礼します」


 親方がよく分からないことを言っていたが、なによりもキューンとフーさんが怖いので俺は工房を後にした。

 一体なんのことだろう? ぼんやりとそんなことを考えながら帰路を走る。

 東通りに入って少ししたときだった。……ぼんやりとしていたのがよくなかったのだろう。目の前に人が急に現れ、俺は慌てて避ける。


「きゃっ!」

「っと、すみません。大丈夫ですか?」


走っているのに余計なことを考えていてはいけなかった。危うく人にぶつかるところだった。

 だがなんとか避けることもでき、謝罪をしたのだが……相手が悪かった。


「いえ、大丈夫ですから……ボス?」

「ウルマーさん?」


 俺がぶつかりそうになった相手は、ウルマーさんだった。

 確かにここはおやっさんの店の近く。ウルマーさんがいることはなんら不思議ではない。

 ぶつからなくて本当に良かった。ウルマーさんも大丈夫だと言っていたし、店に早く戻ろう。


「本当にすみませんでした。では、これで……あれ?」

「ちょっとボス! 人にぶつかりそうになっておいて、それで済むと思っているの?」

「いえ、その……今大丈夫って……」

「第一、こんなに人がいるところを走って! 私だからまだ良かったけど、他の人だったらどうするつもりだったの!」


 あれれ? ウルマーさん大丈夫って言ったのに、なぜ俺の腕をがっしり掴んで離してくれないのだろう?

 それに驚いた顔はしていたけど、怒ってはいなかったよね? 知り合いだと分かったのに、いきなり怒られてるんだけど……。

 だが、そんなことを口に出せばどうなるかくらいは分かっている。

 よって俺にできることは、大人しくしていることだけだった。謝罪し、頭を下げ、肯定する。これこそ処世術だ。


「……全く。反省しているみたいだからいいわ。じゃあ、お詫びに買出しに付き合ってくれるかしら? 荷物持ちがほしかったのよ」

「あの、自分は倉庫に戻らないと……」

「……おや? そこにいるのはボスとウルマーさんじゃないですか? ちょうど今、東倉庫に行こうと思っていたところでして」


 アトクールさん! 丁度いいタイミングに!

 こうなってしまえば、ウルマーさんだって離してくれるだろう。仕事じゃしょうがないよね! いや、良かった良かった。


「あら? アトクールさんじゃない。東倉庫へなんのご用事?」

「……少し時間ができましたので、世間話でもしようかと思いまして。他の管理人とでは、まともな話ができませんからね」


 めっちゃ暇つぶしだった。仕事で来たと言ってくださいよ! そうすれば逃げきれたんですよ!? なんとなく察してくださいよ!

 俺はそんな勝手な八つ当たりを頭の中でしつつ、ウルマーさんの顔をちらりと見る。彼女は小悪魔的な可愛さで、にんまりと笑っていた。あぁ、これは駄目なやつだ。

 アトクールさんは、不思議そうな顔で俺たちを交互に見ている。普通はこういう反応になるよね、事情を知らないし。


「じゃあ、アトクールさん東倉庫の店番をお願いしますね? ボスは私を傷物にしたから、責任をとらないといけないから」

「……なんですって? それは仕方ないですね。お引き受けしましょう。ボス、男としてきっちり責任をとってください」

「ぶつかっていませんよね!? 違うんです! 誤解ですアトクールさん!」

「さ、行くわよボス」

「違うんですうううう!」


 俺の叫び声は誰にも届かなかった。

 だが、一つだけはっきりしていることがある。

 明日から、アキの町に俺の新しい噂が流れるだろうということだ……。

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