五十七個目
ノイジーウッドたちが言っていたとおり、小一時間ほどで三人は目を覚ました。
ぼんやりとはしていたが、このままでは帰るのが夜になってしまう。事情は帰り道で話すことにし、俺たちは荷馬車に乗り込み帰路へついた。
ガッシャンドッシャンと、荷馬車が揺れる。もうやだ……。魔茸をちゃんと縛っておいてよかった。そうでなければ、荷馬車の中はぐしゃぐしゃだっただろう。
俺はぐったりとし、セトトルとセレネナルさんに看病をされている。
そんな俺に、荷馬車を操っているヴァーマさんから声がかかる。
「で、ボス。どうやって魔茸を手に入れたんだ? 俺たちを一撃で倒すようなやつだぞ?」
「……話せば分かるうっ……。ぶはぁ、分かってくれました。どうやら、ただの女好きみたいでした」
「女好き? 言葉が通じたのか。本当ボスはすげぇな。……待てよ? ってことは、あいつらの狙いは……」
「セトトルとセレネナルさんでしたね」
「オレ!?」
「私かい!?」
はい、二人です。
ところで話すとなにかが口から出そうなのですが、まだ話すんですかね?
俺はげっそりとしているのだが、セトトルとセレネナルさんは大騒ぎだ。
体を触ったりしてチェックしている。あの、チェックするのはいいんです。でも服を引っ張って覗き込むのはやめてください。俺は横になっているから見えてないとはいえ、なんとなく恥ずかしい……。うっぷ。
「話し合えば分かったって言ったよな? で、あいつらは女好き。……まさかボス」
「……」
「おい! まさか気絶しているセナルを! ……あれ? おーい、ボス?」
もう限界です。声も出せません。
そんなことしていませんから、勘弁してください……。俺は吐き気を押さえながら、目を瞑る。
「落ち着きなよヴァーマ。ボスが私たちを差し出すわけがないだろう? そんなやつなら、今ごろ賭けの結果が出てるよ」
「確かにそうだ。俺はハーデトリに賭けているからな。他にいかれたら困る」
「賭け? ヴァーマとセレネナルはなにを賭けているの?」
「ん? 冒険者組合で始まった賭けでね。ボスを落とすのは誰かって話さ。ちなみに私はウルマーに賭けてるよ」
「本命? どういうこと? あ、ボス寝ちゃってる。……お疲れ様、ボス」
三人がなにか言っていたのだが、俺は理解できる状況ではなく、そのまま眠りについた。
ぺちぺち……ぺちぺち……。
うぅ、勘弁してください。借金なら返しますんで……。だから叩かないで……。
「ボス起きないよ?」
「仕方ないな。俺が部屋まで運んでやるか」
……ヴァーマさんの声? 借金取りはヴァーマさん? 勝ち目がない……。運ぶ? ヴァーマさんにお姫様抱っこされる?
「それは待ってください!」
「うお!」
「……あれ? ここは?」
「東倉庫の前だよ。体調はどうだいボス」
「え? ……あ、はい。寝ていたのでなんとなく大丈夫です」
「気持ち悪くない? オレが持ち上げていこうか!」
「いや、大丈夫だから持ち上げなくて平気だよ」
周りには、俺を覗き込むように三人がいた。
どうやら起こそうとしてくれていたようだが、起きなかったのだろう。
俺は立ちあがり、荷馬車から降りた。
外は夕暮れと夜の間。すでにオレンジ色ではなく、夜に近い色。こういう時間を禍時とか言うんだっけ? 少し切なくなる綺麗な色をしている。
「まぁ大丈夫そうならなによりだ。俺とセナルは荷馬車を工房に戻してから帰る。魔茸はどうする?」
「魔茸も一緒に届けたいですね。自分も一緒に」
「いやいや、ボスはいいから。後は私たちに任せて休みな」
「すみません、ありがとうございます」
俺とセトトルは、荷馬車で去って行く二人を見送った。
任せてしまって悪い気もするが、こんな無様なところを見せていたのだ。心配されても仕方ないことだ。
さて、目的も達成して帰ってきたことだし、倉庫の様子はどうなっているかな?
俺は我が家と言っても過言ではない、東倉庫の扉を開いた。
「「ただいまー!」」
「いらっしゃいませ、東倉庫へようこそ。……なんだ、ナガレさんか」
「……アグドラさん?」
「他の誰かに見えるか?」
「いえ、見えません」
なんでアグドラさんがいるの? ……いや、待て待て。落ち着いて考えよう。
セトトルはここにいる。首を少し傾げていて可愛い。
となるとだ、店にいたのはキューンとフーさんになる。キューンは話すことができない。フーさんは人と話すことが苦手だ。
つまり、接客が出来たのはアグドラさんが手配してくれた人だけ……?
俺は荷馬車に酔っていたとき以上に青ざめた。な、なんてことだ。アグドラさんがここにいるのは、俺の帰りを待っていたのだろう。
つまり、なにか起きたのだ。そしてこれから俺は怒られる。いや、怒られるだけで済めばいい。
アグドラさんがいるということは、なにか損害が出た可能性だって……。
俺が頭をフル回転させていると、奥の倉庫から三人が出てきた。
一人はフーさん、抱きつかれてぐったりとしている。というか、着ぐるみを着ていない。
もう一人はキューン、抱えられて同じようにぐったりとしている。
そして一人うきうきとしている最後の一人は……。
「あら? ボス帰ってきましたのね。うまくいきましたの?」
「ハーデトリさん……?」
「キュンキュン! キュン、キューン! キューンキュン!(ボス待ってたッス! この人、僕を離してくれないんッスよ! 助けてほしいッス!)」
『ボスお帰りなさい。ハーデトリさんが離れてくれません、助けてください』
……これ、一体どういうこと? まるで理解ができない。
セトトルはハーデトリさんを警戒し、すでに俺の後ろへ隠れている。なんだこれは。
とりあえずハーデトリさんと、捕まっている二人は置いておこう。アグドラさんに話を聞いた方が早そうだ。
「アグドラさん、自分がいない間になにか問題はありましたでしょうか?」
「いや? 特に問題なく業務はこなしていたと思うぞ。ここの仕事を少し知っている人間を呼んだのもよかったな」
「キューンキューン!?(ボスなんで僕たちと目を合わさないッス!?)」
『し、仕事の確認が先だからしょうがないんですよ……』
なるほど、だからハーデトリさんがいたのか。納得納得。
いや、納得できないのはそこじゃない。
「その、非常に助かったのにこんなことを聞くのもあれなのですが……」
「ん? どうかしたか?」
「なぜ会長のアグドラさんが店番を?」
アグドラさんは両手を組み、ふむと頷いた。
どんな事情があったのだろう……ドキドキする。
「副会長に、下の仕事も経験しておいた方が糧になると言われてな。良い機会なので、未経験ながらやらせてもらうこととなった。それで私一人というのもあれなのでな。管理人の誰か一人、手が空いているものに手伝ってもらおうとしたのだが……」
「全員が行きたいと志願しましたわ! ですが、私が勝利いたしましたの! 他の二人は今頃悔しがりながら、自分の倉庫で仕事をしていますわ! おーっほっほっほ!」
「そういう事情があったんですね。納得しました。お手数おかけしました」
「いやいや、よい経験をさせてもらった。また頼んでもいいか?」
「そんな、会長に手伝わせるなんて恐れ多い……と言いたいところですが、会長の糧となれるのでしたら、ぜひ協力させて頂きます」
「そうか、ありがとうナガレさん」
「ちょ、ちょっとお二人とも! なぜ私を無視して話を進めますの!?」
そのまま流そうとしたが失敗してしまった。
きっとまた三人で揉めたのだろう。助かったけど、自分の倉庫の仕事を優先しなくていいのだろうか……。
後日、あの二人も体験とか言って、うちに一日来るんじゃないだろうか? うちにきても、特に発見はないと思うんだけどね。
まぁそのことは、そうなってからおいおい考えよう。
そろそろあの恨めしそうな目で見ている二人と、頬を膨らませている鬼姫様をあやさないといけない。
「キューン、フーさん、お疲れ様。いないのに頑張ってくれていたみたいだね。後で詳しい話を聞かせてもらうよ。そしてアグドラさん、ハーデトリさん、助かりました。本当にありがとうございます」
「四人ともお疲れ様! ありがとーございます!」
俺とセトトルは四人に、深々と頭を下げた。
顔を上げると、アグドラさんは嬉しそうにうんうんと頷き、ハーデトリさんは少し照れながらキューンを握りしめつつ、フーさんを撫でまわしていた。
ちなみにキューンとフーさんは必死の思いで抜け出し、俺の後ろへ隠れた。
キューンとフーさん、後ろから俺のことをつねらないでください。痛いです。
俺が背中やら足をつねられていると、入口がまた開いた。お客様かな?
「いてっらっしゃいませ。東倉庫へようこそ……なんだ、副会長じゃないですか」
「いてっ? また妙なことをしていますね。会長をお送りするためにきたのですが、いい時間にきたようです。まだナガレさんが倉庫に戻っていなかったら、手伝いをしながら待とうと思っていたのですがね」
「なるほど。自分が送ろうと思っていたのですが、お手数おかけします」
「副会長も来て丁度いい。今日はもう客も来ないだろうし、店を閉めて引き上げるとしよう」
「わ、私はセトトルちゃんとも戯れてから……」
目がセトトルをロックオンしていたハーデトリさんだったが、アグドラさんに背中を押され半べそかきながら片付けを始めた。
俺たちもそれに習い、片づけをする。いつもは四人なのに七人も人がいるのは、少し不思議な気持ちがする。
でも、こういうのも悪くないな……。
あっという間に片付けは終わり、俺たち四人は会長、副会長、ハーデトリさんを外へ出て見送る。
「今日は本当にありがとうございました」
「なに、色々と学ぶことも多かった。また頼む」
「私もいつでも手伝いに来ますわよ!」
いや、ハーデトリさんは自分の倉庫の仕事を頑張ってください。助かりましたけどね。
そして軽く手を振って帰る三人を見送った。ハーデトリさんのことも副会長が送ってくれるらしく、安心だ。正直体力も限界だしね……。
「またねー! アグドラ! カーマシル! ハーデトリ!」
「キュンー!(またッスー!)」
『ありがとうございました』
俺たちは三人の姿が見えなくなるまで、その場で見ていた。
それよりも、だ。なぜフーさんは元の姿なのだろう?
当然疑問に思い、俺は彼女に質問を投げかけた。
「フーさん、脱いで頑張ることにしたの?」
『いえ、朝早くハーデトリさんが来て焦ってしまって……後ろが開いたまま出会ってしまったら、そのまま捕まりました。しくしく……』
「さ、災難だったね。まぁ話はこれから色々聞かせてもらうよ。疲れたしゆっくりしよう。みんなお疲れ様」
その後、俺たちはその日あったことをお互い話し、和やかな時間を……俺以外が過ごした。
俺はキューンとフーさんに、すぐ助けなかったことを寝るまで責め立てられ続けた。許してください……。




