五十六個目
俺は光から顔を、反射的に手で庇う。
周囲を包むような眩しい光は、少し経つと序々に収まっていくのを感じた。
そしてドスンという音がし、俺は慌てて手を退けて前を見た。
「ヴァーマさん!」
俺を庇ったせいで、ヴァーマさんは地面に倒れていた。
そして少し遅れて、後ろでも倒れる音が聞こえる。
後ろを見ると、セトトルを手に抱えたセレネナルさんが倒れている。
「セトトル! セレネナルさん!」
反応はない。二人は倒れたままピクリとも動かなかった。
後ろの二人も気になるが、俺は目の前に倒れているヴァーマさんの体を確認した。
一番近くで攻撃を食らったヴァーマさんが、一番危険だと思ったからだ。
「ヴァーマさん! しっかりしてください! ヴァーマさん!」
俺は必死に彼へ声をかけた。
全身を見たが外傷もなく、一体どのような攻撃だったかも分からない。だが、彼は身じろぎ一つしなかった。
俺が迂闊だったから……。俺が魔茸を手に入れようなんてしたから……。
俺のせいで、ヴァーマさんが……みんなが……。
視界が、世界が歪む。ぐにゃぐにゃとしていて、今にも倒れてしまいそうだ。そんな中、ノイジーウッドたちの声だけが鮮明に届く。
「ウ、ウヒョ。ウヒョヒョヒョ?(お、おい。なんであいつだけ無事なんだ!?)」
「ウヒョヒョヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ!(あの光は内在魔力を揺らして気絶させる! 庇われても無事なわけがない!)」
……ん? 今こいつら気絶って言ったか?
ぐにゃぐにゃとしていた世界が、急激に元の形を取り戻した。少し頭を振れば、もう視界は歪んでいなかった。
俺は涙を拭い、ヴァーマさんの手首を握った。トクントクン、と微かに感じる。……生きている。
それが分かり、少し泣きそうになってしまった。もう一度言うが、決して泣いてはいない。
良かった、誰も死んでいないんだ。本当に良かった。
と、いうことは残りの問題は……。
「ウヒョ、ウヒョヒョ。ウヒョヒョヒョヒョ!(ま、まぁいいじゃないか。気にせず妖精ちゃんとダークエルフを撫で撫でしようぜ!)」
「ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ、ウヒョヒョー! ウヒョウヒョヒョ!(そうだな! あんな泣きそうな友達もいなさそうな、へたれ放っておこう! 太もも太もも!)」
セトトルとセレネナルさんに近づこうとするノイジーウッドたち。
この数を防ぐ方法は……そこで、俺は親方にもらった玉を思い出す。慌てて箱から出し、手に握る。
通じてほしいと祈るように、ノイジーウッドの足元へその玉を投げつけた。
そしてその玉は想像通り、ノイジーウッドの足元で……。いや、想像以上の勢いで炸裂した。目の前には火が轟々と燃え、その衝撃でノイジーウッドだけでなく、俺とヴァーマさんも少し吹っ飛んだくらいだ。
「い、いててて……」
親方、調整したって言ってましたよね? こっちも吹っ飛ぶほど威力があったんですが……。
だが俺以上に、ノイジーウッドは大騒ぎだった。
「ウヒョ! ウヒョー! ウヒョ! ウヒョヒョ!(燃える! 燃えちゃう! 体に火が! ついてないけど熱い!)」
「ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョー!(なんだこいつ! へたれじゃないのかよ!)」
さっきからこいつらは……。
三人を気絶させるし、話は聞かないし……。友達いないとか涙目だとかへたれだとか! 調子にのりすぎだろ!
俺はバッと立ち上がり、ノイジーウッドたちを睨み付けた。
それに気付いたノイジーウッドたちは、なんだーやるのかおらーみたいな態度をとっていた。そんな態度をとっているのに、こちらとはさっきより距離をとっている。腰が引けているのだろうにこの態度だ。腹正しいことこの上ない。
俺は眼鏡をクイッと押し上げ、こいつらをどうするか考える。
親方にもらった玉の残弾はまだまだ十分にある。直接当てれば、木であるこいつらは簡単に消し炭だろう。
だが状況的には圧倒的にこちらが不利。数で攻めてこられたら、どうしようもないからだ。ならば、どうする……?
今、こいつらは腰が引けている。その状況をうまく利用するしかないだろう。三人を一人で抱えて逃げることは、とても無理だしね。
俺はできることを考える、必死に考える。戦う力も無い俺にできること……。
できることは……ハッタリだ! これしかない!
俺は目を閉じ、自分に言い聞かせる。
いいか、俺はすごい。お前らより強い! ……これじゃだめだな、あまり強そうじゃない。
なら、俺は王様だ! こいつらは俺に従わなければいけない!
……これもちょっとしっくりこない。もっとこう相手を脅して、ビビらせられるような感じがいい。なら、えーっと……そうだ。
俺は魔王だ。
雑魚どもにいいように言わせているが、こいつらを一網打尽にする力がある。俺に歯向かったことを後悔させてやろう! 魔王に逆らった者は皆殺しだ!
……だが、ただ殺すだけじゃ生ぬるい。できるだけ精神的に追い込んでからだ! いつまでその態度をしていられるか楽しみだなぁ!
俺は魔王だぞ! 威厳に溢れ、相手は見ただけで恐怖する! そんなラスボスだ!
俺は完璧に成り切っている自分に自信満々だ。現実だったら完全に痛い人だが、今は成り切っているので、そんなことは気にならない。
「……お前らよく聞け」
「ウヒョヒョ! ウヒョー!(なんだへたれ! やんのか!)」
「お前たちのさっきの光は、内在魔力を揺らして気絶させる魔法だったらしいな」
「ウヒョ!? ウヒョヒョヒョ!?(な!? なんでお前がそれを知ってるんだ!?)」
「俺にそれは効かない。嘘だと思うなら、もう一回やってみろ」
「ウヒョヒョヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ!(たまたま運が良かったやつが調子にのるなよ! さっさと妖精ちゃんたちの体ぺろぺろさせろ!)」
ノイジーウッドたちは俺の挑発にのり、先ほどと同じように怪しげな光を放つ。馬鹿なやつらだ。
俺は目を手で隠したが、さっきのように動揺することもなく、そのまま立っていた。魔王はひれ伏さない!
ふっ、確かにこの魔法は驚異的だろう。だが、そもそも内在魔力なんてものが存在しない俺には、まるで意味がない! つまり、俺はこいつらの天敵だ!
「ぐっ……俺は気絶して……」
それだけ言った後、目を覚ましたヴァーマさんがバタリとまた倒れた。
す、すみませんヴァーマさん。ですが仇は討ちます! 任せてください! ……違う違う。俺は魔王だ! うおー! 貴様らただでは済まさんぞ!
俺がよく分からない気合を入れなおしていたときも、ノイジーウッドたちは何もしてこなかった。
見てみると、俺に効かないことが分かったノイジーウッドたちは明らかに慌てていた。
攻撃手段の情報が、親方からもヴァーマさんたち冒険者たちからも聞かなかったことを考えれば簡単に分かる。こいつらには他に戦う術がない!
つまり、後は焼こうが煮ようが俺の自由ということだ。
「ふっ……ふふっ……ふははははははっ!」
俺は、笑った。
これ以上ないくらいに、いい気分で笑った。
俺の顔をみたノイジーウッドたちが、なぜかビクリとして震え出す。
どうした! さっきの勢いはどこに捨てた! はっはっは! お前らの生殺与奪の権利は俺にあるんだぞ? 命乞いをしろ!
セトトルたちをこんな目に合わせたことは絶対に許さないからな!
テンションを上げ続けている俺が次にとった行動は、手の中にある親方特製の玉をよく見えるように前へ出すことだった。
震えていたノイジーウッドたちは、その玉を見てより大きく震え出す。逃げることすらできないくらいだ。
「いいか、俺は今風上にいる。そしてお前らは風下。さらにこの玉は……」
ゆっくりと、そうゆっくりとだ。少しでも恐怖を刻んでやろうと、俺は抱えていた箱をゆっくりと開いた。
「まだ大量にある。意味は分かるな?」
「ウヒョオオオオ!?(ヒイイイイイイ!?)」
「どうした! 命乞いをしろ! もしかしたら俺の考えも変わるかもしれないぞ! 大切な仲間をこんな目に合わせるし! お前たちが、散々俺をへたれと言っていたことも分かっている! ……命乞いをしても燃やすけどな! お前ら害悪な存在は抹消してやる!」
怯えあがるノイジーウッドたち。その姿を見ているだけで気持ちいい。最高だ。ストレスを全て吐き出している。
とても……楽しい!
俺が完全に悦に浸っていると、ノイジーウッドたちが動き出す。
俺はすかさず玉を投げようと構えたのだが、彼らのとった行動は攻撃ではなく、逃げることでもなかった。
その行動はそう……土 下 座 だ。
木の土下座。こんな奇妙なものを見るのは初めてだが、森が俺に土下座したのだ。
「ウヒョヒョ! ウヒョヒョ! ウヒョヒョ、ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ! ウヒョヒョ!(すみません! すみません! 言葉が通じないと思って、調子にのっていたんです! ちょっと女の子に触りたかっただけなんです! どうか許してください!)」
「えーっと……」
俺はその態度に毒気が抜かれ、我に返った。自分の頬を掻きながら状況をよく考える。
もしかして、その……。少しだけやりすぎた、かな?
でもこいつらのウヒョヒョって言い方、どうにも反省しているように感じられない。まぁこいつらが悪いわけじゃないんだが……。
その後のノイジーウッドはとても素直だった。
俺の前に綺麗に並び、青い腕みたいな枝を俺に差し出す。青い枝はずるりと抜け、俺の前へと積み上がっていく。なんだこれ。腕が抜けているようで、気味が悪い。
こ、こいつらなにをしているんだ?
「ウヒョ、ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ! ウヒョヒョ! ウヒョー!(こ、こちらが魔茸になります! 必要な分だけボスにお渡します! 足りなければ後日お渡しします! ですから命だけは!)」
「あ、う、うん。その、君たちは渡しちゃっても大丈夫なのかな……? その、体とか大丈夫? 命に関わるのなら、無理して渡さなくても……」
「ウヒョヒョー! ウ、ウヒョヒョヒョヒョ……(また生えてくるので大丈夫です! こ、こんなことをやらかした自分たちの体まで心配してくださるなんて……)」
「いや、そうなんだ。うん、それなら貰っておこうかな? ありがとね?」
「ウヒョ! ウヒョヒョ? ウヒョヒョ……ウッヒョ、ウヒョヒョ?(はい! あそこに見える荷馬車まで運びますね? そちらの男性とお嬢さん方も……ぐへへ、運びましょうか?)」
「おい」
「ウヒョヒョ! ウヒョー! ウヒョヒョヒョ!(すみません! 調子にのりました! 本当にすみませんでした!)」
こいつらは懲りてるのか懲りてないのか……。まぁ結果オーライかな?
俺は大量のノイジーウッドに指示を出し、魔茸を荷馬車に積ませた。
乗る分だけもらうことにしたので、もらったのはとりあえず100本ほどだ。十分な数だと思う。
ヴァーマさんはこいつらに運ばせたが、セトトルとセレネナルさんは俺が運んだ。ひ、人を運ぶって結構大変だな……。
「ウヒョヒョ? ウ、ウヒョヒョヒョ! ウヒョヒョ、ウヒョヒョヒョヒョ(これで大丈夫でしょうか? あ、お三方は小一時間もすれば目を覚ますと思います! そちらの男性は、さっきの玉の衝撃で一度目を覚ましたようでしたね)」
「なるほど、強い衝撃とかでも目が覚めるんだね。ありがとう、助かったよ。なにかお礼をしたいんだけど、欲しいものとかあるかな?」
「ウヒョ、ウヒョ! ウヒョヒョ……ウヒョ、ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ! ウヒョヒョ、ウヒョヒョ! ウヒョーウヒョヒョヒョ!(いえいえ、そんな! ですが下さるならパン……いえ、なんでもないです! 玉を構えないでください! もしまたお困りのことがありましたら、どんなことでも力になります! ですので殺さないでください!)」
「いや、殺さないって……。まぁなにかお礼を考えておくよ」
木なんだし、肥料でいいだろう。てか、肥料で決定だ。絶対女の人を触りたいとか言い出すからな。うん、肥料で。
彼らはその後は俺に頭を下げて帰って行こうとしている。……そうだ、これだけは言っておこう。
「お前たち! 無理やり女の人に触ろうとするなよ!」
ちなみに返事はなかった。
本当にこいつら大丈夫だろうか。
今度、肥料だけでなく女性物の下着でも渡してやるか……。未使用で新品のやつをな!
さて、後は三人が目を覚ますまで、少しゆっくりさせてもらおうかな。




