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五十五個目

 こちらが落ち着くのをヴァーマさんとセレネナルさんは、にやにや笑って待ってくれていた。

 最近、にやにやと見てくる人が多い気がする。

 遺憾である、と副会長に話したことがあったのだが……「それだけ東倉庫のやり取りは、こちらを和ませてくれるなにかがあるのですよ」などと不思議なことを言われた。

 まぁ、遺憾だなどと残念がっている場合じゃない。個人面談のことも後! 今日の目的を達成しなくてはいけない。


「よし、いいもんも見れたし行くか?」

「そうだね。セトトルも仲直りができて良かったじゃないか。私も安心したよ」

「うん! オレ絶好調だよ!」


 ちなみに、まだ若干吐き気が残っている俺は不調である。

 とは言えず、移動を開始したのだが……。この草むらのどこにノイジーウッドがいるのだろう? 話している木とかは見当たらない。

 看板が立っていたくらいだから、すぐこの辺のはずだ。


「ほら、あれだ」

「え?」

「いや、だからあれだ。あそこに木が密集しているだろ」


 確かに言われたところには、小さい森のような場所がある。

 草むらの中にぽつんとあるその場所は、都会の中にある公園を思い出させた。

 オフィス街の中なのに、木が生い茂っている不思議な空間。あの雰囲気だ。


「準備はいいか?」

「あ、すみません。ちょっとだけ待ってもらえますか?」


 俺は親方にもらった紙にもう一度目を通した。

 えーっと、なになに……?


『ノイジーウッドは火に弱い。

 なので、危険を感じたら火で時間を稼ぎ逃げると良いじゃろう。

 よく分からん魔法を使うらしく、気づいたら気絶していたという話があるぞ。

 荷馬車に使えそうな物を箱に入れて置いておく。

 試作品じゃから、感想をくれ。

 なに、心配するな。今まで攻撃されたという報告はない。


 じゃがたぶん無理じゃから、素直に諦めて帰ってこい。』


 最後の一文がひどい。

 そして、試作品の実験台にされている。いや、いいんだけどね。

 俺は荷馬車の中を見ると、確かに小さな箱があった。

 開けると、黒い小さな玉がたくさん入っていた。なんだこれ? お、よく見ると箱にも紙が入ってる。


『試作品じゃが、投げると破裂するぞ。

 火も出るので、今回のことには丁度いいじゃろう。

 これで時間を稼いで逃げるといい。

 威力などはあまり調整しておらんので、感想を頼むぞ』


 投げると破裂するって……。火も出る? 少し火が出るかんしゃく玉みたいな感じだろうか?

 使うことはないだろうが、一応持っていこう。俺は、脇にその小箱を抱えた。


「準備はできました、行きましょうか」

「おう、じゃあ行くか!」

「んん……! オレもやる気が出てきたよ!」


 セトトルの声に、俺たちも頷く。気合は十分だ。……ヴァーマさんとセレネナルさんは少し顔が暗いけど、きっと十分だ。

 そして俺たちはゆっくりと近づいた。その森のような場所へ。

 どこにノイジーウッドがいるのかは、まだ分からない。森の中だとは思うのだが……そうだ。


「ヴァーマさん、風上はどっちですかね?」

「風上?」

「はい。ノイジーウッドは火に弱いらしいので、風上から近づいた方が安全かなと思いました」

「一理あるな」


 ヴァーマさんは指をぺろりと舐め、頭の上に掲げた。

 背中から風が吹いているのでこのまま進めばいいと思うが、やはり専門家に任せるのがいいだろう。


「……もう少し東だな」

「そうだね。少し移動しようか」


 少しずれていたらしい。自信はあったのだが、素人ではこんなものか。少しだけ悔しい。

 俺たちは少しだけ東に移動し、また進み始める。セトトルも緊張の面持ちで、俺の横をふわふわと飛んでいた。

 ……そして俺たちは、その森へと辿り着いた。

 ただし森の中へ入るのではなく、少しだけ距離をとって止まった。


「よし、じゃあ俺とセナルは周囲を警戒しておく。ボス任せたぞ」

「……え!? ど、どうすればいいのでしょうか」

「交渉にきたんじゃなかったのか? 俺たちに分かるわけないだろ」

「ボス頑張って!」


 セトトルはいつの間にか、セレネナルさんの肩へ移動していた。むむ……仕方ない。とりあえずここから声を掛けてみようかな?

 一応少しだけ距離はとっているので、いきなり襲われても大丈夫だろう。たぶん。


「ノイジーウッドさんいらっしゃいますかー?」


 ……反応はない。

 やはり森の中に入って声を掛けないと駄目だったのだろうか?

 もう一度声を掛けて駄目だったら、もう少し森へ近づこう。


「ノイジーウッドさんいらっしゃいますかー? ご相談したいことがあって町からきましたー!」


 ……反応は同じくない。聞こえていないのか、ここにはいないのか。

 とりあえず近づくしか……あれ? ここで俺は異変に気付いた。

 森が少しずつ、こちらに近づいて(・・・・)きているのだ。

 も、もしかしてノイジーウッドって……。


「ウヒョヒョ!(人間だぞ!)」

「ウヒョヒョ? ウヒョウヒョヒョ!(相談ってなんだ? 綺麗なねーちゃんと妖精がいるじゃねぇか!)」


 こ、この……。


「ウヒョヒョ! ウヒョヒョヒョ? ウヒョヒョ! ウヒョヒョ、ウヒョー!(どうしたどうした! 言いたいことがあって来たんだろ? 男の話は聞かないぞ! ダークエルフのねーちゃん、いい足してまんなぁ!)

「ウヒョー! ウヒョヒョ!(たまんねー! 胸元もっと開いて!)」


 この森全部か!?

 さすがに想定外だった。

 何体かはいるだろうと予想はしていたが、小規模とはいえ森の木ほとんどがノイジーウッドだなんて……。

 ここにいる全部が自分たちに襲い掛かったらと考えると、ぞっとする。

 ヴァーマさんとセレネナルさんを見ると、二人は少し距離をとって後ろにいた。

 セトトルも「頑張ってー!」と、セレネナルさんの後ろから手を振っている。これはひどい。

 俺はたまらず、後ろの三人に声をかけた。


「あの、もう少し近くにいてくれても……」

「交渉するんだろ? なら、私たちは少し離れて周囲を警戒しないとね。そんなに心配する必要はないさ。ノイジーウッドは襲い掛かってこないからね、たぶん」

「今、たぶんって言いましたよね!?」


 一抹どころか、物凄く不安だが仕方ない。

 俺はちらり、とノイジーウッドを見た。

 見た目は木なのに、腕のような枝が生えている。そしてその枝は真っ青な色。ちょっと不気味。

 だがそれ以上に問題なのが、こいつらの言動だ。


「ウヒョ! ウヒョ! ウヒョヒョー!(ダークエルフ! 妖精! ちょっと触らせてくれよー!)」

「ウーヒョ! ウーヒョ!(ぬーげ! ぬーげ!)」


 俺はぼんやりと空を眺めた。

 言葉が分かることが、こんなに嫌なことだなんて……。

 ノイジーウッドは俺の周りでセクハラ親父みたいな言動を続けながら、左右に飛び跳ねている。

 根っこって地面に深く広く根付いてるはずなのに、どうして動けるんだろうなぁ……。


「ボス! 頑張って!」


 セトトルの言葉で、俺はハッと意識を取り戻した。

 声をかけてもらわなかったら、完全に現実逃避していただろう。

 ありがとう、セトト……ル?

 後ろを見ると、セトトルは姿すら見えない。声がした方向を考えるに、ヴァーマさんかセレネナルさんの後ろに隠れているのだろう。

 大切な仲間ってなんだろう……。

 少し切なくはなったが、やるべきことをやらなければいけない。

 問題は、こいつらとどうやって交渉をするかだ。

 ……うん。話が通じない感じで通して、帰るのはどうだろうか? やるだけやりました! でも無理です!

 悪くない案だ。言葉が通じると分かったら、もっと面倒なことになりそうだ。これでいこう。


「えー、ごほん。ノイジーウッドさんですよね?」

「ウヒョヒョーヒョーヒョ! ウヒョーヒョーヒョ!(男はかーえーれ! かーえーれ!)」


 耐えろ、耐えるんだ俺。

 自分を騙し切るんだ。俺はこいつらの言葉が分からない! 何を言っているか全然分からない! だから伝えることを伝えて帰る!


「実は魔茸が欲しいんです。それであなたたちに頼めば手に入るかもしれないと聞いてきました」

「ウヒョヒョヒョー! ウヒョヒョー!(ダークエルフのねーちゃんこっちきてよー! その素敵な胸をもっと上から覗かせてー!)」

「……駄目みたいですね! それじゃあしょうがないです。諦めて帰ります。どうもお手数おかけしました」


 俺は丁寧に頭を下げた。さぁ、用事は終わった! 町へ帰ろう! 早く帰ろう!

 彼らに背を向け、俺が歩き出そうとしたそのときだった。


「ウヒョー!(もう我慢できねー!)」


 え? 我慢できないって……。

 ノイジーウッドたちの何体……何本?かが、妙な波動のような光を出す。

 なんだ、これ? まさか攻撃!?


「ボス! 伏せろ!」


 肩が無理やり引っ張られ、俺は地面に転がる。

 俺とノイジーウッドの間に割り込んだのは、ヴァーマさんだった。

 その手には武器を構え、謎の光を防ごうとしている。


「ヴァーマさん!」


 俺の視界は光に包まれる。

 最後に目に残ったのは、俺をかばうように立つヴァーマさんの背だった。

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