五十四個目
――二日後。
本日は魔茸採集。つまりキノコ狩りだ。
南門を出た先の草原へ行くらしく、珍しく南門集合だった。
メンバーはヴァーマさん、セレネナルさん、俺の三人だ。倉庫業務を疎かにするわけにもいかないので、俺だけが参加だ。
「今日もよろしくお願いします」
「おう……ノイジーウッドか……」
「はぁ……あれにまた会いに行くことになるとはね……。前はいきなり出会っちゃって、すぐに逃げたんだけどね……」
二人は朝からとてもブルーだった。よっぽど嫌な思い出があるのだろう。
俺もちょっと怖くなってきた……。
心配だから、親方にもらった紙には途中でもう一度目を通しておこう。
「よし! とりあえず行くか! ボスも、失敗してもいいって言ってたからな!」
「そうだね。早く行って諦めて、早く帰ろうじゃないか」
「で、できるだけ成功させるつもりでお願いします……」
「オレも頑張るから、きっとなんとかなるよ!」
「よし、行くぞー!」
「「「「おー!」」」」
……ん? 今、声が一人多くなかったか?
俺はきょろきょろと周りを見たが、俺たち三人しかいなかった。聞き覚えのある声がしたような気がしたのだが、気のせいか。
ヴァーマさんとセレネナルさんは、なぜかにやにやしている。理由は結局分からなかった。
俺たちは南の街道を、荷馬車に乗って移動している。
少し距離があるらしく、荷馬車での移動となった。ちなみに荷馬車は、親方が貸し出してくれた。一枚噛んでいるのだから、これくらいはさせろと言っていた。
俺からしたら、荷馬車代が浮いて大助かりだ。
「2~3時間でつくからな」
「はいよ」
「……分かりました」
馬車はカタンコトンと、進む。
天気も良く、時たま入る風が気持ちいい……わけがない。
ガッシャンゴッシャンと馬車は揺れているので、ケツは痛いし気持ちも悪い。酒に酔ったことはなかったが、これが酔うということか……。
俺はセレネナルさんに貸して貰った座布団のような物を敷き、背中を馬車にぴったりとくっつけて耐えていた。
こうしている方が楽だということだ。
だがそんなことで耐えられるわけもなく、少し経ったころには、横になってぐったりとしていた。
顔には冷たい布をセトトルが載せてくれ、セレネナルさんには回復魔法をかけてもらう情けなさだ。回復魔法ってちょっとほんわり温かくて、本当に癒される……。
え? ちょっと待って? セトトル?
俺は顔の布を退けて、ガバッと起き上がり……また横になった。
「ボ、ボス!? 無理したら駄目だよ! 唇も真っ青だよ!」
「……なぜ、セトトル……」
「う、うん。オレ心配でついて来たんだよ! ヴァーマとセレネナルに協力してもらったんだ!」
「そ、倉庫……」
「そっちはアグドラが人を手配してくれたから大丈夫だよ! ボスが酔っちゃってたから、隠れるのはやめて出てきたんだ」
……駄目だ、もうなにも言えないし頭が回らない。
俺は目的地に着くまでは寝ようと、目を閉じた……。
「ボス、着いたぞ!」
「う、うぅ……」
「おう、起きたか」
ヴァーマさんに起こされて目を覚ます。
体を起こして状況を確認すると、馬車はもう止まっていた。
あぁ、気持ち悪い……。でもいい匂いがする。
「お、おい大丈夫か? ふらふらしてるじゃないか。とりあえず馬車から出て休め」
「……ありがとうございます」
ヴァーマさんに手を借りながら、俺は馬車から降りた。
そこでは、セレネナルさんとセトトルが昼食を温めていた。
「ボス大丈夫? 食べれる?」
「うん、さっきよりは大丈夫だよ。少しは食べないとね」
セトトルに心配されなが、まずは水を飲んで喉を潤した。冷たい水が体に染み込み、少し楽になった気がする。
その後、俺は軽く食事をとり、飲み物を飲んでもう一度横になった。
……一時間ほど経っただろうか。
大分調子も良くなり、俺は起き上がった。
うん、これなら動けそうだ。
「すみません、もう動けそうです。目的地に向かいましょう」
「そうかい。まぁ焦らなくてもすぐそこだけどね」
セレネナルさんが指差したところには看板があった。えーっとなになに……?
『ノイジーマッシュルーム生息地!
用がない人は、すぐ離れるように!』
すごく物騒なことが書いてあった。
親方の話では、害はないはずなんだが……。
「ボス気をつけろよ。ノイジーマッシュルームがいるせいで、この辺りには他のモンスターがいないからな。それくらい厄介なやつらだ」
「え? 危険なんですか?」
「いや、うざい」
……みんなうざいうざいと連呼するが、一体どんなやつなんだ。正直、想像がつかない。
まぁ行ってみれば分かるだろう。話が通じるといいのだが……。
それよりも、今はセトトルにしっかりと言わないといけないことがある。
「セトトル、ちょっといいかい?」
「どうしたのボス? まだ具合が悪い?」
「いや、そうじゃない。俺は今日、倉庫のことを任せたよね?」
「う、うん……」
「なのに、ここに来ている。これはちょっと無責任なんじゃないかな?」
「……で、でもオレ……その……ボスが、心配で……」
「心配してくれたのは嬉しいよ。でも、頼んだことはしっかりやろうね?」
「ご、ごべんなざい……」
セトトルは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。
罪悪感で、こっちまで潰されそうだ。胸が痛い。
だ、だがしょうがないんだ! ビシッと言うことも大事なんだ! ビシッと! 泣けば許されるわけではない! 仕事だから!
でも……今まで仕事で叱ったことがある相手は、年齢がもっと上の人ばかりだ。そう考えると……うぐぐ。
俺はセトトルの頭を指で優しく撫でた。
「分かってくれればいいんだよ。俺も少し言いすぎたよ、ごめんねセトトル。今回のことはお互い悪かったから、一緒に反省して今後は二人とも気をつけようね?」
「う、うん……ごべんなざい……」
「いや、うん! セトトルは心配してくれたんだからね! 言い方が悪かった俺の方が悪いね! ……で、でもね! セトトルのことを頼りにしてるからこそ、俺もちゃんと言わないといけないと思ったんだよ? だから、その、えぇと……」
泣かれると弱い上に、自分が悪いとまで言ってしまった。俺はなんてへたれなのだろう……。
ビシッと言って、よし次からは気をつけよう! そうするつもりだったのに、全然駄目だった。最終的には言ってることが支離滅裂だ。
でもセトトルは泣くのをやめて、俺のことを見ていた。
そして少し不安そうな顔をしながら、俺に聞いた。
「オレ……頼りになってる? 役に立ってる?」
「え?」
「だってフーさんみたいにカウンターのお仕事できないし、キューンみたいに倉庫をピカピカにできるわけじゃないし……」
正直、俺にはセトトルがなにを言いたいのかがよく分からなかった。
いや、他の人の方が役に立っていると不安に思っていることは分かったのだが、なぜそんなことを思ってしまったのだろう?
だから俺は思っていることを、そのまま伝えることにした。
「セトトルはいつも他の人の仕事をしっかり見ているよね?」
「え? うん。それくらいしかオレできないから……物覚えも悪いし」
「いや、悪くないと思うよ? だってセトトル、カウンター業務は大体できるよね?」
「む、無理だよ! だって一人でなんてやったことないもの! ボスと少しやっただけだよ!」
「んー……? できると思うよ? だって俺が他の人の対応をしているとき、待っている人の対応とかが完璧だったからね」
「え……」
「掃除だってキューンはちょっと特別だけど、セトトルはすごく丁寧にやってくれているよね。つまり全体的に見たら、うちで一番仕事ができるのはセトトルだよ」
セトトルはぽかーんとしていた。確かに仕事ができるようになっている実感って、中々ないよね。
ちゃんと俺が言ってあげるべきだったことだ。だが、こういうことって難しい……。
というか、もう少し経ったら倉庫で一番仕事ができないのって……俺? い、いや、そんな……もっと努力しよう!
自分の両手と俺を交互に見ていたセトトルは、パッと花のように笑った。
「オレ成長してたんだね! ありがとうボス!」
「いや、お礼を言うのは俺の方なんだけど……。いつもありがとうね、セトトル。これからも東倉庫のナンバー2として、キューンやフーさんを頼んだよ」
「なんばーつー! な、なんかすごい! オレ頑張るよボス!」
彼女は笑顔でくるくると回っていた。
よく分からないこともあったけど、良かった良かった。やっぱりセトトルにはいつでも笑っていてもらいたいからね。
むしろ良くないのは俺だ。もっとちゃんと良いところは誉めていかないといけない。
個人的には、叱る以上に誉めて伸ばしたい。叱るよりも誉める方が多くていいくらいだ。そうでないと、自分が頑張っているということを忘れてしまう。実際、俺はそうだった。
それに俺が気付いてないだけで、他の二人も不安を抱えている可能性だってある。これは今日の大きな発見だった。
……ちゃんと個人面談、とかしようかな。いいかもしれない。




