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六個目

 セトトルは自前の羽で飛びながら、右の端から。俺は左の端から脚立に乗って天井を拭いていく。

 かなり高い脚立のお陰で何とか手が届くが、割とギリギリだ。


 それに、ただ黙々と掃除をするのも飽きが来てしまう。

 俺はせっかくなのでセトトルのことを色々聞いてみることにした。荷物の移動が何故か終わっていたこととかは、すごく気になる。


「なぁ、セトトル。荷物はセトトルが移動させたのかい?」

「うん! あ、もしかしてあそこに置いたら駄目だった?」

「あぁいや、それは大丈夫。でも、どうやって移動させたのかなって」


 セトトルはきょとん、とした後。壁に掛けてあったモップへ手を翳した。

 すると、モップが浮いた。

 浮いた!?


「え!? 浮いた!?」


 俺はあまりの出来事に、脚立から落ちそうになる。というか、落ちた。

 まずい、と思い何とか頭だけは庇う。

 ……だが、中々落ちたときの衝撃は来なかった。あれ?

 俺は目を開けて自分を見る。……浮いてる。


「ボス、大丈夫? オレがいなかったら怪我しちゃってたね!」


 セトトルは俺の方に両手を翳しながら、自慢気な顔をしていた。

 えーっと、つまりどういうことだ? 俺は今、セトトルに助けてもらった。それで浮いてる。なるほど。

 そのままゆっくりと体は宙から降り、地面に足を着く。

 そうか、この不思議な力で荷物を運んだのか。妖精ってすごい!

 俺は正直、感動していた。

 夢の中とはいえ、こんなリアルに感じる体験が出来たのだ。それが凄く楽しくて嬉しい。


「セトトル! すごいな! 助けてくれてありがとう!」

「え? うん、えへへへ」


 誉められたのが恥ずかしかったのか、セトトルは照れくさそうに笑っていた。

 いや、でもこれはすごい。俺はどうしてこの店でセトトルが働いていたのかが、その時やっと分かった。

 こんなすごい力があれば、そりゃ引っ張りだこだ。

 そうだ、もっとこの力を掃除にも有効活用しよう。


「なぁ、モップで天井を掃除したりもできるのかい?」

「そのくらいお安い御用だよ! でも、雑巾じゃなくていいの?」

「そっちの方が早いからね。それじゃあ俺はこのまま続けるから、セトトルはモップでどんどん拭いていってくれるかい? あ、疲れたらすぐ言うんだよ」

「このくらいへっちゃらだよ! よーっし、いっくよー!」


 彼女は両手をモップに翳して、天井を拭き出した。

 さっきまでのように雑巾でちょっとずつじゃない、モップで一気にだ。

 今までのペースが嘘のように、あっという間に天井の掃除が終わる。……俺がほとんど役立たずだったのは内緒だ。

 ちなみに床は天井のゴミやら埃が落ちて、真っ黒になっている。

 まずは壁を掃除して、その次は床の掃き掃除。それから床の水拭きして……、まだまだやることはある。


 俺は倉庫から顔を出し、入口の部屋にある時計を見る。

 倉庫内に時計がないのも問題だ。これもチェックしておこう。

 時間は11時半、セトトルのお陰でかなり早く天井の掃除が終わった。早めの昼休憩にしよう。


「セトトル、休憩にしようか」

「休憩? 休んでいいの?」

「え?」

「え?」


 ……まさか、今まで休憩なしで働いていたのか? いや、そんなまさかな……はっはっは。

 とりあえず手や顔や頭を適当に洗面所で流して洗う。

 次に俺はセトトルを頭に乗せたまま、台所を探すことにした。昨夜は何も食べていないし、今日の朝はプリンだけだった。ちゃんと昼ご飯が食べたい。

 一階にはそれらしいところがなかったことを踏まえると、台所があるとしたら二階だろう。


 そして二階を探すと、それらしきものはすぐに見つかった。

 ただし、全部埃だらけで使われた形跡はない。食料なんてあるわけもなかった。

 仕方ない、外に食べに……。

 そこで俺はやっと一番大事なことに気付いた。金を持っていない!

 ど、どうする? 金……金……。そうだ、店のお金があるはずだ。後でアグドラさんに説明すれば分かってもらえるだろう。

 俺は、さっきカウンター内で見つけた金庫の前へと向かった。


 そして金庫の前に辿り着き、よく見てみる。金庫には、当然のように茶色い宝石がついていた。

 ふっ、だが仕組みは理解している。セトトルに開けてもらえばいいだけだ。


「セトトル、金庫を開けてもらってもいいかな? 昼食代を出そうと思ってね」

「金庫はボスしか開けられないから、オレには開けられないよ?」


 ……え? 開かないの?

 つまり、俺は昼飯が食べられない。アグドラさんにお金を借りに行くか? ……あんな子供に!? そ、そんなことできる訳がない!

 俺が悩んでいると、セトトルが俺にパンを差し出してきた。


「お腹減ったんでしょ? なら一緒に食べよう!」


 天使か。

 俺はセトトルの差し出したパンを受け取ろうとし、気づいた。そのパンには齧った跡がある。

 つまり、これはセトトルのご飯なのだろう。それを俺が食べるわけにはいかない。


「いや、それはセトトルのご飯だろ。俺は何とかするから気にしないでいいよ」

「え、でも……」

「大丈夫大丈夫、ありがとうセトトル」


 俺はこちらに気を使いながらパンを齧るセトトルに悪い気がし、カウンターへと戻った。せめて水でもと、水を飲みながらカウンター内を調べる。

 何か、何かないのか。何かというか金! もしくは食料!


 ……結局、収穫は無かった。

 つまり、今日は我慢。そして掃除を何としても終わらせる。

 明日、お客様が来れば飯が食える! そう、今日一日我慢すれば飯が食える!

 俺はこのとき、既に若干思考が鈍っていたのだろう。何とも甘い目論見だった。


 だがその時はそんなことにも気付かず、しっかりと休憩をとって倉庫へと戻る。そして午後もセトトルと倉庫掃除を続ける。まずは二人で頑張って壁を磨く。

 セトトルがモップでどんどん拭いてくれるので、かなりの速さで進む。ただ窓が割れたら困るので、俺は最初に窓を拭いていた。

 さて、午前はセトトルの力に驚かされた、午後はもうちょっと違うことを聞いてみよう。そう、最初に聞くべきことはあれだ。


「なぁセトトル。何で俺のことをボスって呼ぶんだい? 普通はこう、店長とかそういう類の呼び方だと思うんだけど」

「え? だってボスにボスって呼ぶように言われたよ。だからボスが替わっても、ボスはボスなんだよ!」


 ……オーケー、一瞬悩んだが理由は分かった。つまり、俺に借金を押し付けたおじさんがそう呼ばせていたということだ。

 うぅん、呼び方を変えてもらってもいいのだが、彼女はそれに慣れてしまっている節もある。

 困らせるのもあれなので、もうちょっと仲良くなったらそれとなく変えてもらおう。


 そして壁の掃除も終わり、次は床の掃き掃除だ。

 セトトルはやる気満々で、早速掃こうとしている。

 だが、俺はそんなセトトルにストップをかけることにした。


「セトトル、ちょっと待ってくれるかい?」

「え? 箒で掃き掃除するんじゃないの?」

「うん、その前にちょっと確認したいことがあるんだ」

「確認?」


 俺は部屋の中を隈なく歩く。特に、部屋の四隅をしっかりとチェックした。

 部屋の角にはゴミが溜まりやすい。つまり、空気がそこで留まるということだ。

 そして想像通り、四隅にはしっかりと埃が溜まっていた。埃が集まるというのは、そこに空気が留まっている証拠だ。

 倉庫業務的には、こういう淀んだ空気はあまりよろしくない。空気の流れをうまく循環させなければいけない。

 まぁ、それは今後の課題だ。とりあえずは保留としておこう。気休め程度に、たまに団扇でも使って扇いでおこう。


「よし、掃き掃除を始めようか」

「もう確認はいいの? よーっし、頑張るよー!」


 セトトルに触発され、こっちにも元気が湧いてくる。

 その後も頑張って掃除をし、もう夜になろうというころだった。倉庫内の掃除がついに完了した!

 大量に出たゴミは、とりあえず一ヶ所に集めておいた。そしてゴミ箱に叩き込んだ。

 後は綺麗にした荷物を、倉庫内に戻すだけだ。


「あ、オレが戻すから大丈夫だよ!」

「ん? 二人でやった方が早いだろ? もしセトトルが疲れてるようなら、一人でやるから休んでいいよ?」

「……ボスは、すごく優しいね! でも大丈夫! 頑張るよ!」


 もう一息。二人で頑張って荷物を運びこむ。

 荷物は元あったのと同じように戻した。本当はこれも整理したいところだが、それは明日だ。


 荷物を全部倉庫に戻し終わった後、俺は不思議な箱が残っているのを見つけた。

 四角い箱は10cm程の大きさだろうか、蓋はついていない。中にはボロボロの汚い布が入っている。

 これは何だ?

 俺が不思議そうに見ていると、セトトルが慌てて寄ってきた。


「ボス! それは捨てたら駄目だよ! オレの寝床なんだから!」

「寝床? セトトルの?」

「うん、そうだよ! 前のボスが作ってくれたんだ。それも倉庫に戻さないと……」


 倉庫に戻す(・・・・・)

 俺はそれを聞いて、カチンときた。セトトルは今まで、掃除もしていない埃くさいところで毎日寝ていたっていうのか?

 なんだそれ……なんだそれ! そんなこと絶対におかしいだろ!


「セトトル、この布もオルフェンスさんにもらったのか?」

「え? うん、そうだよ!」


 俺は無言でその布を引っ張り出し、まとめておいたゴミに投げ込んだ。

 そして箱が少しでも綺麗になるようはたき、自分のエプロンで拭いた。


「ボ、ボス? それがないとオレの寝るとこがなくなっちゃうよ」

「いいからセトトルついてこい」


 セトトルは困った顔をしたまま、俺について来た。

 俺はその小さな箱を持ったまま、セトトルと二階にある俺が泊まった部屋へと来た。


 そして机の上に箱を置き、鞄の中から常備しているハンドタオルを出した。

 倉庫作業者はよく汗を掻くから、ハンドタオルを常備している人間は多い。俺もその一人だった。

 

 俺はそのハンドタオルを丁寧に、箱の中に入れた。

 そして机の上にそのまま置き直す。

 セトトルはその行動を、困ったような不思議なような顔で見ていた。どうすればいいのか分からない、そういう顔だ。

 だから、俺ははっきりとセトトルに言うことにした。


「セトトル、この部屋のどこで寝てもいい! だから、あんな倉庫で一人で寝る必要はない! この寝床がいいっていうなら、一応綺麗なハンドタオルに換えておいた。勿論ベッドで寝てもいいし、箱を大きくしたいなら俺がなんとかしてやる! だから、もうあんなところで寝るな!」


 正直、俺は怒っていた。抑えていたにもかかわらず、それが声に出てしまっていた。俺もまだ未熟者だ……。

 それを聞いたセトトルは、泣いていた。

 やばい、俺が怒り口調で言ったからだ。

 急激に熱が引いていく。俺はあわあわとしながら、どうしたらいいかを考えていた。

 どうしようどうしよう、やばいやばい。

 俺がどうしたらいいか分からずにいると、セトトルは俺の指をギュッと掴んだ。


「……ありがとうボス」


 その言葉だけで十分だった。

 俺はその日、セトトルと一緒にベッドで寝た。

 寝返りで潰してしまったらどうしよう、とか考えていたが。セトトルは笑っていた。

 何か今までとは少し違う。それは自然な笑顔だった。今までの笑顔もすごく良かったが、それ以上の笑顔だった気がする。

 いや、本当も偽物も分からないんだが、何となくそんな風に感じた。

 たぶん、今日本当に笑顔を見せてくれたのは、プリンのときといつでも二階に来てもいいと言った時だけだったんじゃないだろうか。

 今考えると、そう思う。

 

 セトトルはその日、とても気持ち良さそうに眠った。

 それを見て、俺もいい気分のまま眠ることにした。

 それにしても……腹が減った。

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