五十三個目
朝からお店を三人に任せ、俺は工房へと向かった。
まだまだ危ういところもあるが、三人揃っていれば安心だろう。なにより、俺がいなくても仕事ができる。そういう自信も持ってもらいたい。
三人は例の如く付いて来ようとはしていたが、うまく言いくるめて一人で出てきた。たまには一人の時間も楽しみたいからね。
朝の少し肌寒い陽気を楽しみながら、俺は親方の工房へと向かう。
工房では、今日も今日とてカーンカーンと音が響いている。
さて親方はどこに……いた。
珍しくすぐに見つかった。大抵は工房の奥の方にいてすぐ見つからないのだが、今日はついている。
「親方、おはようございます」
「ん……? おぉ、ボスか。おはよう。こんな朝からどうした?」
「実は台車が欲しくて来ました。いい台車はありますかね?」
「台車? それならそこにあるぞ? 買うのか?」
親方の指差した方へ視線を向けると、置いてあったのは……木の板に木のタイヤみたいなものがついた、とても使い勝手が悪そうな台車だった。
木の板はまだいいが、木のタイヤはまずい。これではすぐボロボロになって、動きが悪くなってしまう。
「他に台車ってありますか?」
「無いぞ? 台車なんぞ、そう使うもんでもないからな」
「……使わないんですか?」
「使わんな。魔法で事足りるじゃろ」
確かにセトトルやフーさんを見ていても思うが、魔法があれば大抵のことは事足りてしまう。
この世界に来て分かったことだが、他の技術が発展しないのは魔法があるからだ。
ならば、魔法の使えない俺はどうすればいいか? 簡単である。
魔法と技術、両方の使えそうなところだけ利用すればいい。魔法の無い元の世界を知っていることもあり、非常においしい立場だ。
「でしたら、新しい台車を作ることはできますか?」
「ほう、新しいとな……。面白い、奥で詳しく聞こうじゃないか」
親方は子供のように爛々と目を輝かせ、俺を奥の部屋へと案内してくれた。
職人気質の人というのは、新しい物を作るときが一番楽しそうだ。だが正直なところ、俺もちょっと楽しみになっている。
この世界で台車を作る場合、どんなものができるのだろうか……。
奥に通され、俺は親方に出されたお茶を一口飲んだ。苦い。
だが親方は待ちきれないと言わんばかりに、紙を広げ俺へ話しかけてきた。
「それで、新しい台車というのはどんなもんじゃ?」
「まずは車輪を変えたいですね。木だとすぐにボロボロになってしまいます」
「確かにな。なら鉄を使うか?」
車軸などならいいが、鉄の車輪は重すぎるし加工も大変だろう。
こちらの世界ではゴム製品を見たことがない。まだ見つかっていないのか、もしかしたら存在しない可能性すらある。
となると、代わりになるものは一つだ。
「鉄だと重すぎますね。そこでスライムゼリーはどうでしょうか?」
「……ふむ。続けてくれ」
「スライムゼリーで、車輪の大地に接する部分を覆います。柔らか過ぎるとあれですので、硬めがいいと思います。耐久性の問題もあるので、それなりに分厚くする必要もあるかもしれません」
「ほう、それは……。他の物にも使えて悪くないな! 元々安価なものじゃし、加工さえ上手くいけば問題ないじゃろ。となると台車としての問題は、荷物を置く部分か」
そこが問題だった。
現在ある木の板を着けただけのものでは、色々と心許ない。とはいえ、鉄では重すぎて台車として問題がある。台車はやはり持ち運びを考え、軽いことも重要だからだ。
軽くて固い素材。そういう物が必要になってくるだろう。
プラスチックなどを見た覚えもない以上、似たような素材を探すことになるのかな。
とりあえず素材のことは、詳しくない俺では話にならない。親方に聞きながら色々と詰めていくしかないな……。
「軽くて固い素材。大量に採れて安いもの。これがベストですかね」
「なるほど、簡単だが難しいな。他になにかあるか?」
「他……ですか?」
「新しい物を作るんじゃ。思いつくことは片っ端から考え、案として出していくもんじゃ。なんでも試すことで発見があるからな!」
確かにその通りだ。
だがそんなに色々と試したら、開発費用とかも嵩むんじゃないだろうか?
……いや、お金のことは後で考えよう。まずは新しい台車を考えることに集中しよう。
「それなら……大きさを変えられる、なんてのは難しいですよね」
「出来る出来ないは後じゃ。そうじゃな、儂としては畳める方が置き場も楽で良いと思うぞ」
「でしたら、重ねて保管できるのはどうでしょう? 全部同じ形に車輪を入れる窪みを作って、車輪をハメ込めるようにすれば重ねられます」
「ふむ、それもありじゃな。他にもあるか?」
すみません、これは元の世界の台車を思い浮かべながら言っています。自分で思いついたわけではないが、別の世界で訴えられる心配もないだろう。思い出しつつどんどん意見を出していこう。
その後も親方と様々な意見を出した。そしてそのほとんどが、色々な理由で没になる。
さすがに荷物を勝手に仕舞ってくれたり、空を飛んだりする台車は没だったか……。残念。
残った条件は、大きさを変えられる。重ねられる。軽い、固い、安い。こんなところだった。
「この条件を満たす素材は……魔茸かのぉ」
「魔茸? キノコですか? 害などは?」
「完全に無害だから安心せい。魔力を流すことで、胞子の形や密度を変えられる。つまり大きさも固さも変えられるという優れ物じゃ。問題もあるがな」
そりゃ、そんな便利なものであれば問題もあるだろう。
それに高そうな気がする。台車にするより売った方がいいんじゃ……。
「まず、魔茸はノイジーウッドという種族から分けてもらわねばならん。魔茸はノイジーウッドの体に生えているんじゃ。……なのじゃが、こいつらが曲者じゃ」
「……凶暴で襲ってくる、でしょうか?」
「いや、まず第一に言葉が通じない。じゃが、それはボスならなんとかなるかもしれん」
期待の眼差しで見られているが、キューンと話せたからと言って、なんとでも話せるわけではないと思う。
本当に大丈夫だろうか? 一抹の不安が残る。
「第二に、やかましい。これはなんとか対応してくれ」
「やかましい? うるさいということですか?」
「そんなレベルではないぞ。やかましすぎて諦めて帰る者がほとんどじゃからな」
やかましいって、そんなのどうすればいいんだ……。耳栓? いや、耳栓をしたら交渉ができない。
本当に大丈夫だろうか? この計画、不安ばかり残っていくんだが。
「第三に、うざい。正直、普通ならとっくに滅ぼされている種族じゃ。何を言っているかも分からないのに、とてつもなくうざい」
「うざいって……うるさいからじゃなくてですか?」
「まぁ、会ってみれば分かるじゃろ。ということで、交渉は任せたぞ」
「はい……。え? 俺が行くんですか? 冒険者に依頼を出したり買い取るのじゃなくて?」
「当たり前じゃろ。他に誰が行くんじゃ。それに魔茸は出回っておらん。魔茸を欲しがる者がおらんからな。ボスは稀有なケースじゃ」
と、いうことは……うまくやれば魔茸は高く売れる?
交渉に成功したら、やっぱり売った方がいいのではないだろうか?
キノコで億万長者! 日本人なら誰もが一度はそんなことを考えるのではないだろうか。
「顔を見ていれば何を考えているかはなんとなく分かるがのぉ。何度も言うが、高く売ったりはできんぞ。欲しがる者がおらん」
「……ですが、有用性が分かれば……」
「いや、買わんな。もっと軽い物もあるし、固い物もある。もちろん入手が楽な物もじゃ。全部の条件を合わせた上に、大きさを変えられる物を求めるやつがおらん」
ちょっとガッカリした。苦労しても魔茸は金にならないのか、残念。
でもタイヤや台車については、うまくいけば売れるんじゃないだろうか?
そう、うまくいけば……。うん、やる前から成功を考えても無駄だ。うまくいってから考えよう。
そう思いつつも、売れたときのことを考えてしまう。俺は駄目なやつだ。
「台車がうまくいった場合は、売り出しますか?」
「恐らくうまくいかんから気楽にいけ。失敗することを前提に、儂も他の素材で色々考えておくから安心せい。……じゃが、車輪だけでも売れそうじゃな。かなり良い金になりそうじゃ!」
「それはいいですね、成功が待ち遠しいです!」
俺と親方はがっちり握手をした。
親方の感じを見るに、車輪を元の世界のタイヤと似たような形に加工することは、うまくいきそうなのだろう。
荷馬車が多いこの世界でなら、飛ぶように売れるかもしれない。自分も関わっているし、すごく楽しみだ。
帰り際、階段前の扉に鍵をかけてもらうことと、シャワーからお湯を出るようにしてもらうことも頼んだ。
これも火の魔石を用意しているので、特に問題なく作業は出来るらしい。
もう冷たい水シャワーともおさらば! 次は風呂を作りたいところだ。
心配だったので、ノイジーウッドの詳細についても親方に紙へ色々書いてもらった。
これは後で目を通しておこう。
俺は帰りに冒険者組合により、ヴァーマさんとセレネナルさんに仕事を依頼した。
二人はいつも通り冒険者組合内でだらだらとしていたので、あっさりと仕事を受けてくれる。もちろん今度は冒険者組合を通した。
そして雑貨屋で時計を三つ買い、頑張っているであろう三人にお土産として、お菓子を少し買って買い物は終わり。
倉庫内、部屋、カウンターに時計を設置できるので、非常に助かるな。
問題の魔茸採集は二日後。
色々と大変そうだが、うまく成功させたいものだ。
倉庫の扉に手をかけたとき、俺は変なことに気付いた。
……あれ? 一人の時間を楽しむつもりだったのに、これでは散歩をしたくらいじゃ……。
き、気のせいだよね。




