五十二個目
俺たちが席へつき注文を済ませると、料理やお酒が運び込まれる。
ちなみに俺は酒を飲むのはやめておいた。この面子でお酒が入ると碌なことがない。
「あれ? ボスは飲まないの? 最初の一杯くらいは付き合ってあげたら?」
「いえ、結構です」
「まぁボスったら、私たちとお酒が飲めないと仰りますの? 前のときはお酒を飲んでいましたよね? ……なぜかうろ覚えですが」
「気のせいです」
絶対に飲みません。むしろ、飲まないでください!
ウルマーさんとハーデトリさんという二人の姫に言われても、飲みません! 食事を済ませて早く逃げるんだ。絶対に逃げ切ってみせる!
俺がそんな決意を新たにしていると、ダグザムさんが会長へ待ちきれないように促した。
「まあ細かいことはいいじゃねぇか! とりあえず乾杯といこうぜ! ここは会長、一言お願いしますよ」
「うむ、それでは……。今日は偶然席を一緒にすることになったが、この機会に親交を深めたいと思う。今日は私の奢りだ。みんな楽しんでくれればと思う。以前から私はこのような機会をずっと作りたいと……」
「会長、会長」
「ん? 今いいとこなのだが」
副会長がアグドラさんの肩をつつく。
アグドラさんもそれで言葉を止め、副会長を見た。
「あまり長い挨拶は嫌われます。こういう場では、短い挨拶の方がよろしいかと」
「ふむ……、そういうものか。よし分かった。では皆の者、日々の疲れを少しでも癒してもらえればと思う! 乾杯!」
全員がグラスを合わせ、乾杯する。
良かった。あのままずっと話し続けられたら面倒なことこの上ない。
どこの世界でも校長先生や社長というのは、長く話したくてしょうがないのは同じらしい。
グッジョブ副会長。
その後は各々が好きに物を食べ、好きに飲む。
好きに飲まないでほしいが、致し方ない。どうか前のときのようにはなりませんように。
俺が周囲の飲みかたを見てドキドキしていると、セトトルが俺の前にスプーンを差し出してきた。
「ねぇボス! オレのグラタン、エビが入ってるよ! とってもおいしいから一口あげるよ!」
「ん、ありがとうセトトル」
あーん……と、食べようとしたときだった。周囲からすごく視線を感じる。
ちらりと周囲を見ると、誰もこちらを見ていなかった。気のせいだったかな……?
「どうしたのボス?」
「いや、なんでもないよ。ありがとう」
俺はパクリと、セトトルにもらったグラタンを食べた。エビがプリプリしていておいしい。俺もグラタンを頼もうかな。
そんな俺の前に、今度はフォークが差し出された。
おずおずと控えめに差し出したのはフーさんで、フォークにはパスタが巻きついている。
「あの……?」
「わ、私のも一口あげるわぁ。おいしいわよぉ」
「ありがとうフーさん」
俺はまたパクリと食べる。
餌付けされているような不思議な気持ちになるが、まぁいいだろう。
流れ的に、次はキューンがくれるのではないだろうか。俺がキューンを見ると、キューンは体の中にリンゴを吸いこんでいた。齧ると言っていたのに、音すらしない。
芯も皮も関係なく食べれてしまうところは、ちょっと羨ましい。
「キュ? キューン?(ん? どうかしたッス?)」
「いやいや、リンゴもう一個どうだい?」
「キュン!(頂くッス!)」
俺がキューンにリンゴを押し当てると、にゅるにゅると体の中に入っていく。すごく楽しい。
不思議な物を見ているときって、なぜ飽きないのだろう。色々考えてしまう。キューンの体にはどれだけの食べ物が入るのだろう?
フルーツをたくさん食べたら、体の中でミックスジュースになったりするのだろうか?
うーむ、興味深い。
それにしても、ウルマーさんとハーデトリさんがこっちをちらちらと見ている。まぁ理由は簡単に想像つく。
たぶん同じように、セトトルに食べさせてほしいのだろう。あの二人のセトトルキューン推しはすごいからな……。
少し時間が経ち、周りを見ていて気付いた。会長と副会長がいると、さすがにあの三人も大人しいということにだ。
だが、段々お酒を飲むペースが早くなっている気がする。嫌な予感がするので、そろそろ逃げた方がいいだろうか?
そう思っていたとき、アグドラさんと目が合った。じっとこちらを見ていたようだ。どうかしたのだろうか?
「どうかしましたか?」
「いやいや、ナガレさんが周囲を気にしているので、なにかあったのかと思ってな」
……どうやら気づかれていたらしい。
でもちょうど良い。誤魔化すためにも、少し質問してみようかな?
「少し聞きたいことがあったのですが、タイミングが掴めなくて……」
「ほう、聞きたいことか。遠慮せず聞いてくれていいぞ」
「本当ですか? 仕事のことなのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろん構わないぞ」
アグドラさんは笑顔で答えてくれた。
こういうとき大抵は横やりが入るのだが、さすがにあの三人も会長に割り込む気はないらしい。
三人はじっとこちらの会話を聞いていた。
「実は給料について悩んでまして……」
「給料?」
「はい、自分や他のメンバーの給料についてです。最初は少し低めにし、三ヶ月ほどして慣れてきたら三人の給料をあげようと思っているんです」
「三ヶ月待つ理由は?」
「様子を見たいですからね。いきなり同じ給料にされたら、前から働いている人は良い気分にならないと思いまして」
「なるほど、確かに一理あるな」
アグドラさんは、ふむふむと頷いていた。
こちらでは一般的なやり方ではないのかもしれない。だが反応を見る限り、悪くはないのだろう。
問題はここでは無いしね。
「それで自分の給料なのですが……困っていまして」
「困っているというと、やはり借金が気になってか? 業績も上がっているようだし、そちらは焦る必要はない。それに自分への給料は大事だぞ」
「はい、そうですよね。ですが金額でも困っていまして……三人と同じくらいにしておけばいいですかね? 基本は、倉庫の資金にした方が良いかと思いまして」
「「は?」」
あれ? アグドラさんと副会長が揃って声をあげた。
なにかまずかっただろうか……。
「ナガレさん、それはまずいぞ」
「まずいですか……。そうですよね。やはり今後を考えて、自分の給料はもっと低目に設定した方が」
「違う! そうではない! トップの給料が一番安いなどというのは、言語道断だ! ナガレさんの給料が低いということは、他が頑張った場合はどうなる? 頑張って勤めても上がらないということか?」
「いえ、自分以外は当然上げますが……」
「部下は上げるのに自分は上げない? 部下を大事にしすぎて、根本的な部分が抜けているぞ!」
アグドラさんは頭を抱えていた。
そ、そんなにまずい考えだったのだろうか? 社長経験などもないので、いまいちピンとこないのだが、なにがいけなかったのだろう。
頑張りを見て部下の給料は上げる。そのために業績も上げる。でも自分は最低限の生活費があればいいので、上げる必要はない。これで借金も早く返せる。誰も損はしないよね?
そんな俺に、今度は副会長が声をかけてきた。完全にやれやれといった顔をしている。
「そんな給料形態では、働いてる側や、預けているお客様側も、いつ店が潰れるか気が気ではないですよ? 特に部下は気を遣ってしまいます。トップが一番良い給料をもらう。そうでないと、皆が向上心を失ってしまいますよ? 上にいくと給料が下がるのでは、と心配しますからね」
「な、なるほど……。自分だけのつもりだったのですが、頑張っても良いことが無いと思われて、向上心が無くなったら困りますね」
納得したように返事はしたが、いまいち釈然とはしなかった。
その後もあーだこーだとアグドラさん副会長、三人の管理人に色々と言われる。
その中でも特に堪えたのが、セトトル、キューン、フーさんの三人に言われたことだった。
「ボス、やっぱりお金大変だったんだね。ならオレ給料いらないよ! ご飯が食べれれば大丈夫だから!」
「キュンキューン、キューン!(僕もお金なくても困らないから、大丈夫ッス!)」
「私も元々森で生活していたし、生活費だけなんとかしてもらえれば大丈夫よぉ」
……こ、こういうことか。
仲間に恵まれた感謝の気持ちよりも、罪悪感がひどい。
俺の給料を安くするだけで、こんな風に三人が思うなんて……。
その後、色々と相談した結果。俺の給料は三人より少し高めに設定された。
なぜか決めたのは俺ではなく、会長と副会長だった。最初は高すぎないか? とも思ったのだが、副会長の耳打ちで考えが変わった。
「あなたの給料を何に使ってもいいのですよ。他よりも高く、しっかりともらっているという事実が大事なのです」
……何に使ってもいい。つまり貰った後に、そのお金を俺が自分のために使おうと、倉庫のために使おうと関係ないということだ。
四人分の生活費などもここから出せばいい。
なら、他には知られずにうまいことやっていこう。副会長のお陰で、少しすっきりした気持ちだ。
だが一番の問題はそこではなかった。俺がなんとなく一人ですっきりしていると、ダグザムさんが嬉しそうに話し出した話題が問題だった。
「よし! ボスの問題も解決したことだし、あの話題に戻ろうじゃねぇか!」
「あの話題、ですか?」
「おう、四倉庫のリーダーを決めようって話だ!」
さっきちらっと聞こえていた話か! これはまた揉めるぞ……。
リーダー、リーダーか。四倉庫総管理人といったところだろうか? それとも管理長?
揉めるのに首を突っ込む気は無いが、実際誰が選ばれるのだろう?
一番売上のある西倉庫のハーデトリさんか、効率的な仕事をするアトクールさんか、みんなを引っ張る力に長けていそうなダグザムさんか。
……基本的に、誰がなっても問題なさそうな気がする。
となると、俺は黙っていよう。誰でもいいや。
「もちろんそれは、一番売上のある倉庫ですわね!」
「……売上だけでなく、管理方法で考えましょう。一番効率よく運用をしているのはどの倉庫でしょうか?」
「一番荷物を早く運べるとこじゃないか? 力がないとな、この仕事は!」
三人とも自分をアピールしている。あえて名前を出さないところが、またなんとも言えない気持ちになる。
もうこの先ひどいことになるのは、目に見えていた。
俺は静かに話を聞きながら、逃げるタイミングを窺う。だが中々いいタイミングがない。
セトトルたちも疲れて、ふにゃふにゃと頭や体を動かしている。これを理由に出てしまうのもいいかもしれない。
……あれ? よく見たらアグドラさんも若干目をしぱしぱさせている気がする。あの歳で会長をやるくらいだ、疲れているのだろう。
ここはみんなのため、そして俺のためにも言うしかない。そう思い立ち上がったときだった。
急に立ち上がったことによって、三人の目が俺へと集まってしまったのだ。
あ、これやばいかも。
「ボスはどう思う!」
「……ボスはどう思いますか」
「ボスはどう思いますの!」
……飛び火してしまった。
誰がいいって、正直なところを言えば誰でもいい。
だが、そう言うわけにもいかないだろう。……よし、ここは適当に誤魔化そう。
俺はなんとか当たり障りないことを言い、誤魔化すことに決めた。
だが誤魔化す前に、副会長がピシャリと三人を黙らせた。
「三人とも、その辺にしておきましょう。そういう話も今後は必要でしょう。ですが、相応しい場というものがあると思いませんか? そしてそれは、四倉庫会議だと私は思います。どうですかね?」
「「「……」」」
どうせ決めるのなら、しっかりとした場で決めよう。
こんな酔っ払いどもが話し合っても意味がない。素晴らしい意見だ。
だが、俺は気付いていた。副会長がちらちらとアグドラさんを見ていたこと。そして先程から静かになっているアグドラさんが、うつらうつらとしていることに。
本当はアグドラさんを休ませてあげたくて、止めたのだろう。優しい副会長だ。
……ただし、俺以外にね。
「では、本日はお開きにいたしましょう。先程の件については、次回の議題とします。如何ですかな?」
特に三人とも異論は無いらしく、あっさりと解散の運びとなった。
支払いなどが済むと、副会長はアグドラさんを背負ってさっさと帰って行った。
あの二人には、あぁいう一面もあるんだな……。孫とおじいちゃんといった感じで、見ていてとても微笑ましいものがあった。
まぁ早く解散できたことは助かる。明日、親方の工房に行くことの方が大事だから願ったり叶ったりだ。
先も見据えたいが、とりあえずは今のことで精一杯さ。
……それに四倉庫のトップだなんて、まるで興味もない。仕事が増えるだけなのは間違いないし、どう考えてもうちが一番下であることは間違いないからね。
勝ってるとしたら……マスコットくらい、かな?




