五十個目
ワイバーンの卵事件から数日。うちの倉庫は、穏やかな日常を取り戻していた。
……ただし、それは表面だけだ。俺はすごく忙しい。
業務フローの作成、改善。禁止品リストの見直し。未開封品の取り扱いについて。検品業務について。
正直、少しこの日常に慣れてきていた。そこであのミスだ。迂闊だとしか言いようがない。
慣れてきたときこそ気をつけなければいけない、そんなことは分かっていたはずなのにやってしまった。
ミスは消えるものではなく、減らすものである。
今後、減らしていくためにもしっかり考えないといけない。
効率化もどんどん進めなければならない。設備投資だってしたい。
特に今欲しいのは……。
「台車、かな」
「ボス、荷馬車がどうしたのぉ」
「荷馬車じゃなくて台車だよ、フーさん」
俺と一緒にカウンターでお客様を待っていたフーさんから、質問される。
頭の中で考えていたつもりだったが、どうやら口から出ていたらしい。特に問題ないのでいいが。
フーさんはワイバーンの卵事件の後から、最初と同じようにスケッチブック無しでも話せるようになっていた。一時はどうなることかと思ったが、本当に良かった。
「台車……?」
「うん、荷物を載せて運ぶのだね。すごく便利なんだよ」
「?? 一つずつ運べばいいじゃなぁい」
「いやいや、あまり高く積むと問題があるけど、あるとないじゃ大違いなんだよ! 少ない力でたくさんの荷物を運べる! さすが台車さん! うちはまだスペースも空いているし、台車スペースを作って保管することもできる! そうだな、一台車に四箱ずつ積むとして……。100台は欲しいところだね! そうすれば400箱! これだけあればいざというときも安心! ビバ台車!」
「そ、そうなの……?」
はっ! つい、熱くなり語ってしまった。
フーさんはさっきまで隣に座っていたのに、少し椅子が離れている。ドン引きされたようだ。
俺はコホン、と一つ咳払いをする。
今のは無かったことにして欲しい、そういう思いを込めた。
「と、いうことで台車が欲しいと思ってね」
「よく分からないけど、台車が好きだということは分かったわぁ」
俺の気持ちはうまく伝わらなかったようだ。
だけどなぁ、台車って案外高いんだよ。一台5000円くらいはしたはずだ。こっちでも恐らく同じくらいするだろう。単純計算でも……。
5000Z×100=50万Z
とても軽々しく出せる金額じゃない。
初期投資としては安い部類だと思うが、うちでは中々に厳しい問題だ。
それに台車にも色々種類がある。
持ち手のついている台車。これは少し金額が高い。1万2万はするんじゃなかったかな?
持ち手がついてなく、軽くて持ち運びが楽な台車。倉庫によくあるタイプだ。これは5000くらいで買えるはず。
そして籠台車。周囲に柵がついているので、中に入れた物が崩れない。でもこれは使い方が難しい。うちの箱サイズや運用方法を考えると、使い道は少なそうだ。
と、なるとだ。持ち手のついている台車が二台か三台。
持ち手のない台車が100台。
こんなところになる。まぁ持ち手のない台車はいきなり100台も買う必要はないだろう。
まずは有用性を確かめるために、10台くらい買って……。というか、この世界に台車はあるのだろうか? 親方の所に行って確認……その前に金が必要だ。悩むことだけは多い。
そんなことを考えていると、ギィっと音がして扉が開かれた。
この扉も両開きの扉に変えたい。そうすれば荷物の受け入れがスムーズに……。
「おや、お客様はいないようですね。良いタイミングで来たようです」
「ゲッ、副会長」
「……今、ゲッと仰りましたか?」
「そんなまさか。副会長、今日はどのようなご用件でしょうか。いつでもうちの倉庫は副会長を歓迎いたしております」
「それはそれは、ありがたいことです」
俺が恭しく頭を下げ、ちらりと副会長を見る。そして俺たち二人は、一緒に笑いだす。大体いつものノリだった。
だがそれについていけないフーさんだけが、険悪な雰囲気なのかと勘違いしおろおろしていた。直に慣れるだろうから、このままでいいだろう。
「それで、またなにかあったのでしょうか?」
「それでは私がいつも厄介事を持ってきているようではないですか」
どうやら自覚がないらしい。
いや、自覚はあるがあえて言っている可能性の方が高いか。困ったものだ。
副会長は俺のじとーっとした目に気付いていたが、笑顔を崩さずにカウンターへ鞄を置いた。なにか怪しげな物を預けようとしているとしか思えない。
しっかり検品させて頂こう。
「中身を改めさせて頂いてもよろしいですか?」
「もちろんです」
一応、鞄の外側を触ってみるが、温かかったり冷たかったりはしない。少しだけ安心する。
中身を確認しようと鞄を開こうと……あれ、開かない。
俺は鞄の色々なところを見るが、本当に開かない。これ、鍵がかかっているんじゃないか?
そんな俺を見て、副会長は口を押さえて笑いを堪えていた。俺と目が合うと、すっとなにかを差し出した。
「申し訳ありません。こちらが鍵となります」
「……ありがとうございます」
いい大人がこれである。
だが、俺はこういうお茶目は嫌いではない。全く知らない人にやられたらイラッとするが、この人はこういう人だと知っているからだ。
そして受け取った鍵差し込む場所を教えてもらい、鍵で鞄を開く。
中に入っていたのは……お金だ。
いや、お金以外にもいくつか紙が入っているが、主にお金だ。
なるほど、そういうことか……。
「副会長」
「はい」
「うちの倉庫で、裏金を預かるわけには……」
「なにを言っているのですか。他の三倉庫から預かっている荷物に対する支払いです」
支払い? こういうのって月末とかに来ると思っていたのだが、いきなり持ってこられるのか。
だが、支払いにしては多すぎる。
各倉庫50箱ずつが三倉庫分。そして一日100Zの一ヶ月分。
100×30×50×3 計45万Zとなる。はずなのだが……明らかにそれ以上の金額が入っている。
また試されているのでは? と、俺は不審に思った。だがそこで、明細書のようなものが入っていることに気付いた。
えーっとなになに……?
『北倉庫
300×30×50=45万Z
南倉庫
300×30×50=45万Z
西倉庫
500×30×50=75万Z
荷馬車での運搬費用は基本商人組合持ちとする。
だが、5万Zは手数料として差し引くこととする。
165万-5万=160万
計160万Z 』
……なんだこれは。計算が根本的に間違っている。
「副会長。この明細書ですが、間違っているようです」
「おや? 複雑なところは商人組合持ちにいたしましたので、複雑な計算はしていないはずなのですが……どれどれ?」
副会長は明細書にしっかりと目を通す。
そして首を傾げた。
「特に問題ないと思われますが?」
「いやいやいやいや! 根本的な部分ですよ!? 一箱当たりの単価は、基本100Zですよね?」
「……それは、基本的な単価ですよね? 高価な薬品やパーツ、装飾品も同じ単価では扱えません。冒険者用の荷物については金額をつけにくいですから、基本単価で問題ないと思われますがね」
単価の違い。……単価の違い!?
俺は慌てて前にアグドラさんから貰った単価表を引っ張り出す。
『基本単価は1箱100Z。冒険者預かりの荷物にも、この基本単価で対応。(現在は東倉庫のみ)
あくまで基本単価であり、高額な荷物はその限りではない。ただし、商人組合に報告のこと。』
……ちゃんと書いてあった。
そうか。よく考えたら、うちに荷物を預けに来たのは冒険者だけだ。つまり今までは考える必要がなかったのだ。
今後普通の荷物がきたら、そういうことも考えなければいけないのか。頭が痛い……。
そりゃ全部の荷物に対する単価が同じわけないよな。中身が違うんだから。
でもハーデトリさんのところはすごい。5倍に見えるが。実際は半額ずつもらっているので基本単価の10倍ということになる。宝石などの高級品を扱う層とでも、繋がりがあるのだろうか……。
金が使われたパーツとかは、元の世界でも高かったことを思い出してしまう。
「もう少し補足しますと、冒険者が取り扱う素材などは大体すぐに買い取られます。冒険者組合を通す場合もありますし、工房などで買い取る場合もあります。基本は依頼を受けて採りに行っていますからね。よって、預けている物は価格の変動を待っている物。後は別の町に持って行って売りたい物。残りは、大した値がつかない物ですかね。……納得して頂けましたかな?」
「……はい、大丈夫です。参考になりました、ありがとうございます」
「突発的な荷物は、他の倉庫も基本単価で対応しております。続くような場合は、変更するといった形です」
「なるほど、安定して続くような場合は見直しが必要、ということですね」
「そうなりますね」
俺が納得したのを見て、副会長は俺にサインを書かせて帰って行った。
あぁ見えて副会長だから、忙しいのだろう。
それにしても、思わぬところで大きな収入が入った。
今後を考えてとっておくか? 先行投資として台車を買う? それとも借金を少し返すか?
非常に悩ましい問題となってしまった……。どうしよう。
現在の収入源(一ヶ月辺り)
冒険者預かり事業 100×30(日)×128(個)=38万4千
高品質スライムゼリー(キューン了承済) 10000×30(日)=30万
三倉庫預かり荷物 300×30(日)×50(個)×2=90万
500×30(日)×50(個) =75万
ただし手数料50000引き
計228万4千Z
単価については、ツッコミどころも多いと思います。
この流れは決めていたのですが、金額はまだ少し悩んでいます。
冒険者の扱いが悪い、というとこを踏まえて見て頂けると幸いです。