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四十九個目

「三人とも落ち着け!」


 ビクッとした三人が、その動きを止めた。

 そして俺を見る。次の言葉を待っているのだろう。

 俺は一つ深呼吸をし、焦らず早口にならないように気をつけながら、三人に指示を出した。


「セトトルは今すぐ商人組合に行って、アグドラさんと副会長を呼んできてくれ」

「え!? で、でもそうしたらボスが」

「フーさんは店の看板をCLOSEにするんだ」

『は、はい』

「キューンはこの卵について教えてほしい。今すぐ孵化したら大変だからね」

「キュ、キューン(りょ、了解ッス)」

「よし、それじゃあすぐ仕事に移ってくれ!」

「嫌だ!」


 俺を止めたのは、セトトルだった。

 ぼろぼろと泣きながら、真っ直ぐに彼女は俺を見ていた。胸が痛い。


「だって、そうしたらボス殺されちゃうんだよ!? 嫌だよ! 逃げようよ! ボスが死んじゃうよりその方がいいよ!」


 本当に良い子だ。

 俺はセトトルに近づき、指先でその頭を撫でてやった。


「俺はね、大したことができる人間じゃないんだ。でも自慢できることもある。それは、仕事に真摯に取り組むことだ。ミスは早く見つけて対応した方がいい。後に回してしまえば、それだけミスは大きくなり大変なことになるからね」

「でも! でもでも! ボスは悪くないじゃん!」

「いや、しっかりと検品をしなかった俺にも責任はある。箱を開けてしまわなければ言い訳もできたけど、開けてしまった以上は責任がある。だから、正直に打ち明けて早くミスへの対策をとるべきなんだ」


 セトトルは泣きじゃくって頭を振るだけだった。

 しょうがない。代わりに誰かに呼んできてもらおう。

 俺はここを今離れるわけにはいかないし、こんな危険な物を持って行くことも良くないだろう。そしてキューンは話せないので厳しい。となると……。


「フーさん、商人組合に行ってきてくれるかい?」

『……嫌です』


 こっちも駄目か。

 ぼろぼろと泣くセトトル、しくしくと泣くフーさん。

 身動きがとれなくなってしまった。どうするかな……。危険を承知で、俺が箱を持って商人組合に行くしかないかな。

 俺がそう決め、卵を箱に戻していると、入口の扉が開かれた。このタイミングはまずい、一体誰だ!?


「すみませんナガレさん。こんなに泣いている姿を見ているのは、もう限界でした」

「副会長……?」


 そこにいたのは、俺が呼ぼうとしていた副会長。

 よく見るとその後ろにはアグドラさんとエーオさん、そしてエーオさんと一緒にいた男性の姿も見えた。

 俺が今会いたかった人物が、全員集まっている。一体これはどういうことだ?

 まるで頭がついていかずに混乱していると、アグドラさんが一歩前へと出た。


「すまなかった。実は……その荷物は、こちらで仕組んだ荷物だったんだ。私は反対したのだがな」


 アグドラさんは、じろりと副会長とエーオさんを見る。

 二人は申し訳なさそうな顔をしながら、俺に頭を下げた。

 仕組んだ? ……俺を殺すために!? 駄目だ。商人組合のトップもグルだった以上、俺がどんな言い訳をしても通用しない。

 なら、せめて……!


「アグドラさん! お願いがあります!」

「ん? お願い? いや、今はこちらが事情の説明と謝罪をだな」

「今回の件は全部俺の責任です! ですから、セトトルとキューンとフレイリスには罪を被せないでください! お願いします!」

「嫌だよボス! オ、オレも罪を償うからボスを殺さないでよアグドラ!」

「キュンキューン! キューン!(僕も一緒に牢に入るッス! お願いするッス!)」

『私も償います! 一生牢でも構いません! だから死刑だけはやめてください!』

「そ、そうではない! 誰も罪には問われん! もちろんナガレさんもだ! 安心しろ!」


 ……え? 誰も? 俺もってこと? どういうこと?

 俺たち四人は困惑していた。顔に?と書かれているのが分かるほどにだ。一体どういうこと?


「申し訳ありません。私から説明をさせて頂いても?」

「あぁ、そうしてもらえますと助かります」


 アグドラさんが一歩下がると、今度はエーオさんが俺の前へときた。

 そして、先程よりも深く頭を下げた。


「本当にすみませんでした。まず改めて自己紹介をさせて頂きます。王都の商人組合本部に所属しております、エーオと申します」

「王都……? 本部、ですか」

「はい。今回の件は前任者のこともあり、あなたを試させて頂きました。誤解のないように申し上げておきます。そちらのお二方も、私も今回の件には反対しておりました。ですが、本当に信用できる人間か調べる必要がある。それが本部の意向でして、押し切られてしまいました」

「はぁ……」

「せめて私が対応をさせて頂こうと思い、今回の役を買って出ました。もう一度しっかりと申し上げさせて頂きますが、死刑になるようなことはありません。ご安心ください」


 俺はその答えを聞き、力が抜けて座り込んでしまった。

 試されてた? そうだよな、前任者があれだけやらかしていたんだ。監査みたいなものだ、そういうこともあるだろう。

 でも今はなによりも……。

 俺が三人を見ると、三人が飛びついてきた。


「ボス! ボス! 良かったよ! オレもう駄目かと思ったよ!」

「ぐ、ぐるじ……」

「キューン! キュンキューンキュン!(良かったッス! 商人組合を滅ぼそうかと考えていたッス!)」

「ちょ、キューン今なんて」

「良かったです! 本当に良かったです! 一生一緒に牢屋で過ごすことになるところでした!」

「フーさんが喋った!?」


 泣きじゃくる二人と、ぷるぷるしたゼリーのせいで俺はもみくちゃになっていた。

 本当に待って、みんな落ち着こう! その一言が、口が塞がれていて声に出せない。辛うじて息だけはなんとか……。

 いや、待ってほしい。一番大事なことが解決していない。

 俺は三人を振りほどいた。


「待ってください! それじゃあ、この卵はどうなるんですか? 孵化したりしたら……」

「あぁ、それなら大丈夫ですよ」


 副会長はそういうと、カウンターの卵を持ち上げ……床に落とした。

 ガシャン、と音がして卵は砕け散る。中身は……魔石?


「卵割っちゃったよ!? ワイバーン出てきちゃうよ!?」

「食べられちゃいます! 逃げないと逃げないと!」

「キュン……、キューン(二人とも……、中身は魔石ッスよ)」


 俺は二人の頭をぽんっと軽く触り落ち着かせる。

 そして、砕けた卵へと近づき破片を手にとる。これは……陶器、かな?


「よくできた偽物です。温かさを出すために火の魔石を仕込んでありました。あぁ、お詫びの代わりに魔石はプレゼントいたします。本部から持ち寄った物ですから、ご安心ください」

「カ、カーマシルさん。それは……」

「エーオさん、よろしいですよね?」

「ぐっ……。分かりました。今回の件を止めれなかった私にも責任があります。お詫びに十分かは分かりませんが、どうぞお受け取りください」


 俺は副会長から火の魔石を受け取る。……そうだ、親方に頼んでシャワーをお湯にしてもらおう。水シャワーもそろそろ寒さ的に厳しい。

 いやいや、そうじゃない。今、大事なことはそこじゃない。

 俺の肩にぽんっと手が置かれた。それはアグドラさんの手だった。小さい。


「これでもう王都の本部でも文句を言うやつはいないだろう。もちろん、この町でもだ。厄介ごとに巻き込んでしまって済まなかった」

「……本当に次はないんですよね?」

「約束しよう。そうですよね、エーオさん?」

「はい、今回の結果は十二分なものでした。あなたは自分が罪に問われるかもしれないのに、ためらわず報告をしようとしていました」

「いえ、少し悩みましたが……」

「普通の人は少しどころか、数日悩んでもおかしくないですよ? あなたの状況判断能力は素晴らしいものです。もう何も言わせません。ご安心ください」

「そう、ですか……よろしくお願いします」


 俺はそのまま、動けなかった。

 でもどうやら命は繋がったらしいし、試験的なものも突破できた。それもかなり良い感じに。

 ……でも、もうこんなことはこれっきりにしてください。

 そんな俺をじっと見ており、声をかけることが無かった人物が口を開いた。


「君は……なぜ逃げなかったのだ?」

「え……?」


 その人物は、エーオさんと一緒にいた男性だった。

 付き人だと思っていたので、まさか彼に問いを投げかけられるとは思っていなかった。


「逃げても良かったはずだ。素知らぬ顔で返してしまうことだってできた。なのに、なぜ本当のことを言おうと思った」

「それは……」


 俺は改めてセトトルたち三人のことを見た。

 そして彼に向き直り、答えた。


「そういうところを、三人に見せたくなかったんです。逃げたり、目を逸らすのではなく。俺はミスを隠すのではなく、やるべきことをちゃんとやっているんだ。そう教えたかったんです」

「……自分が殺されるかもしれないのに?」

「うっ……。それを言われると弱いですね。ですが……一度やってしまったら、またやってしまいそうです。そうしたらミスをずっと隠したり、逃げなければいけません。そんな姿だけは、見せたくありません」


 彼はそれを聞き、口を押さえて震えだした。

 な、なにか変なことを言ってしまっただろうか。


「エーオ、お前の言っていた通りだな。彼は面白い御仁だ」

「お気に召して頂けましたでしょうか」

「あぁ。今後、王都からアキの町を経由する荷物は、東倉庫を優先して通せ」

「畏まりました」

「待ってください!」


 さすがにこれは待っただ。一体彼が何者なのか知らないが、そんなことをされたらうちが他の倉庫から目をつけられてしまう。

 そんなめんど……恐ろしいことはごめんだ。


「……なんだ?」

「アキの町には倉庫が四つあります。うちの倉庫を優先されてしまうと、効率が落ちることも多々あるはずです。ですので……」

「はっはっはっは、なるほどよく考えている。自分の儲けより全体や効率を考えるか。本当に面白い御仁だ。エーオ、その辺もしっかり調整しておいてやれ。東倉庫を優先するだけで、他の倉庫に影響は出ないようにな」

「仰せのままに」

「今日は面白いものが見れた。また会おう、ナガレ殿」


 彼はそう言うと、エーオさんを連れて倉庫から出て行った。

 えぇっと……。本当に大丈夫なんだろうか? 仕事が増える感じはしたが……。商人組合本部のお偉いさんだったのかな?

 俺がアグドラさんと副会長を見ると、彼らも首を振っていた。どうやら知らないらしい。

 一体何者なんだろう。


 ……まぁそれはともかく、やっとこれで落ち着いた。

 本当に死ぬかと思ったし、これ以上泣き顔を見るのもごめんだ。

 全く、色んなことがあるものだ。


 俺は再び抱き着いてきた三人を撫でることで、ようやく気を緩める。

 これで一段落だよね? 明日からは、もう波乱のない日常を送れますように……。俺はそんなことを、信じてもいない神に祈った。

今日のヒヤリ・ハット

気を抜かずにちゃんと検品をしよう。

未開封状態のまま動かす物でも、気をつけよう。

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