四十八個目
箱の中に入っていたのは……白い壺?だった。
中には緩衝剤のような物も入っており、少しだけしか見えていないがたぶん壺だろう。恐らく壺だと思う。
「壺……だよね?」
「……キュン(……ッス)」
俺は検品用の手袋をはめ、見えている部分を触ってみる。……温かい。
やはりこれが熱を発していることは間違いないようだ。
「温かくしておかないといけない壺、ということでいいのかな?」
「キューンキューン? ……キュン、キューン(温かくしておかないと壊れるッス? ……でもこれ、どこかで見たことがあるッス)」
たぶん危険はないだろうと判断し、俺は倉庫内の二人も呼び、壺を見せてみることにした。
二人は恐る恐る近づき、箱の中を覗き込む。そして、不思議そうな顔をした。
『壺……ですよね? 触った感じは温かいけど、固いですし』
「んん……?」
「たぶんそうだと思うんだよね。温かい理由は分からないけど、害はないのかな? それならこのまま閉じて保管しなおすよ」
「……あっ!」
悩んでいたセトトルが急に声をあげる。それは何かに気付いたようでもあった。
一体何に気付いたのだろうか? 俺たちはセトトルの言葉を待ちながら、彼女をじっと見た。
「なにか変だったのが分かったよ! これ口がないし、たぶん底だよね? なのに少し尖ってるから、オレ変だと思ったんだ。これじゃ卵みたいだよね。変な壺! あははは」
「た……」
『ま……』
「キュン!?(ご!?)」
俺はセトトルの台詞を聞き、もう一度しっかりと見直す。
……確かに言われればその通りだ、この形は卵のようにみえる。
卵? 確かにそれなら温かいのも分かる。だが、温かいということは生きているということじゃないのか? この木箱にぎりぎりで入るほどの卵? ダ、ダチョウかな?
カウンターに置いた箱の蓋を引っ繰り返し、俺は卵のようなものを箱から出すことにした。
蓋の上に置けば、転がって落ちることもないだろう。慎重に……慎重に取り出す。
そして、持ち上げることによりその全容が明らかになる。
……間違いない、卵だ。壺じゃない。
俺はそれを蓋の上にそっと置いて、全体を見直す。
卵は基本白いが、黒のような青のような斑模様が全体にある。こんな不気味な壺は中々ないだろう。開いた口もなく、全部閉じている。つまり、これは間違いなく卵だ。
「……オレの言った通り、本当に卵だったね」
「うん……セトトルの言った通りだったね」
『こ、これどうするんですか?』
どうしよう。正直困る。卵を預かって、孵化してしまったらどうするんだろう。エーオさんは当然中身を知っていたはずだ。なのに、なぜこれを預けたのかが分からない。
困った。とりあえずエーオさんを探して事情を聞いた方がいいだろうか?
そのとき、キューンが驚いた声をあげた。
「キュン! キューン!(あーっ! 思い出したッス!)」
『何を思い出したの?』
俺が聞くよりも早く、フーさんがスケッチブックに書きこんでいた。セトトルもフーさんも俺に触れているからキューンの声が聞こえるとはいえ、すごい技術だ。だが今はそれに驚いている場合ではない。
問題は、キューンが何を思い出したのかだった。
「キュ、キューン……(こ、この独特な模様の卵……)」
「知ってるのかい?」
「キュンキューン!?(ワイバーンの卵ッスよ!?)」
ワイバーンの卵? 俺は聞きなれない言葉に、きょとんとした。
ワイバーンって確か……。飛龍種だっけ? 空を飛ぶ竜みたいな感じだったはずだ。それの卵?
俺は正直、それがどうしたのだろうとすら思っていた。トカゲが産まれてくるかもしれないのか。噛まれたりしないかな? そんな感じだ。
だが、俺以外は違った。
「ワイバーン!? ワイバーンの卵!? ワイバーンって凶悪で有名なやつだよね!? オレたち危ないんじゃないのかな!」
『あわわわ……た、食べられちゃったりするんですかね!?』
え? そんな危ないの? 噛まれちゃうどころか、引きちぎられちゃうってこと? ……やばくないか?
これはもう手に負える問題じゃないかもしれない。取扱いについて商人組合に確認をとろう。
俺はセトトルに声を掛けようとしたときに、ふっと思い出した。
そういえば前に、アグドラさんにそんなリストをもらったような……。
カウンター内を漁り、俺はそのリストを探す。
あった、確かこのリストだ。
俺はリストをカウンターの上に広げ、目を通す。ワイバーンワイバーン……あった。
えーっと、なになに?
『ワイバーンの卵 禁止品。
取引自体が違法となります。
特にワイバーンは危険種として認定されているため
見つかった場合は重罪。最悪、死刑となります。
預けようとしている人を見つけた場合は、取引前に商人組合へご連絡ください。
預かってしまった場合、同罪として扱われます。お気をつけください。 商人組合』
……やばい。
俺が周囲を見ると、同じようにリストの内容を見た三人も青い顔をしていた。キューンは緑だが。
「ど……どうしよう、ボスが殺されちゃうよ!?」
「そ、そうだね……」
『どうしましょう、どうしましょう。これって騙されたんですかね!?』
「そ、そうだね……」
「キュ、キュンキュンキューン!?(い、今すぐ閉じて見なかったことにするのはどうッスか!?)」
「そ、そうだね……」
俺は同じ返答しかできなくなっていた。え? 俺殺されちゃうの?
犯罪者として? 人生詰んだ? ……待て待て待て。俺が悪いのか? 確かに迂闊に預かったことは認めよう。
だが、それでいきなり死刑はないんじゃないか? ……でも、預かってしまった場合は同罪と記載されている。
やっぱり駄目じゃないか! 落ち着け、落ち着け!
俺は眼鏡を押し上げ、自分を落ち着かせる。ちなみに三人は大パニックだ。
セトトルは手で頭を押さえながらぐるぐると回っている。キューンはなぜか壁に向かって飛び跳ねて、跳ね返されている。フーさんはスケッチブックにひたすら「どうしよう」と書き続けている。
これはやばい、俺だけでも冷静にならなければいけない。
こういう場合、元の世界ではどう対処していただろう。誤納品に近い感じだろうか? それならすぐにメーカーに連絡をして……メーカーってどこだよ! エーオさんか!? いや、知らないと言われたら終わりなんじゃないか?
くそっ、どうする……。
「……に、逃げるのはどうかな。とりあえずキューンがいた森にさ! それから違う町に行こうよ! オレまた一から頑張るよ!」
「キュン……。キューン、キュンキューン(確かに……。逃げてしまえば、三日はバレないッスよね)」
『森には私も詳しいです! 今すぐ逃げれば……。だって、ボスはなにも悪くないんですから!』
……本当にそうだろうか? ここまでしっかりと記載されているのだ。
確実に追手が来るだろう。懸賞金だってかけられるかもしれない。
俺を捕まえて吐かせれば、ワイバーンの卵の仕入れ先が抑えられると思うはずだ。
それはつまり、一緒に逃げてくれようとしている三人にも危険を及ぼすということになる。……そんなことはできない。
なら、どうする……? やはり箱を閉じ直し、なにも見なかったことにするか? 元々封印状態で預けられた箱だ。そのまま三日後にエーオさんに返せばいい。誰も気付かなければ、そのまま穏便にことは済む。
俺たちの間に、一つ隠し事ができるだけだ。
……でも、それは……。
俺は三人を見る。
一緒に仕事をしているので分かるが、三人とも真面目に仕事をしている。普段なら三人とも逃げようなどと考えず、連絡しようと考えるだろう。
だが、死刑の一文字で慌てている。俺が死ぬくらいなら、一緒に逃げようと考えてくれているのだ。
それはとても喜ばしいことだ。そんなに俺を大切に思ってくれているのだから。
俺がみんなにしてあげられることはなんだ? 俺がみんなに見せなければいけない、仕事に対する姿勢とは?
……俺はそのとき覚悟を決めた。




