五個目
ガチャガチャとドアノブを回そうとする。ガチャガチャと何度も。
……開かなかった。
あれ? 鍵がかかってるのか?
「あ、ボス! その扉は魔紋の認証が必要だよ!」
「魔紋の認証?」
マモンって何だ? そんなことを思っていたら、セトトルは扉の横にある茶色の宝石に触れた。
カチャリ、と鍵が外れる音がした。
おぉ、指紋認証みたいなものかな? 妙なところがハイテクだ。
案外、倉庫へのセキュリティはしっかりしているらしい。そこだけは安心した。
そして鍵も開いたことだし、俺はもう一度ドアノブに手を掛け、扉を開いた。
「ゴホッ! ゴホッ! グォッホッ!」
扉を開けた瞬間、一瞬視界が真っ白になった気すらする。これは大量の埃だ。俺は完全に咽ていた。
セトトルは大丈夫かと見ると、やっぱり同じように咽ていた。
なんだこれは!
俺は、想像を越えた酷さに絶句した。
恐る恐る扉の先を見ると、中は薄暗い。
奥にある窓から入る光がなければ、真っ暗で何も見えないだろう。
中へと、ゆっくりと入る。なるべく埃を舞い上がらせないようにだ、また咽るのは嫌だ。
部屋は正方形に見える普通の倉庫……いや、これは倉庫じゃない。物置だ。棚一つない!
こんな場所を倉庫と言うのは侮辱だ! 俺はその惨状を見て、急にやる気が出てきた。
だがまぁ、広さは中々のもの。ただし、荷物などはほとんどない。預かる物がなければ、無駄スペースだ。
扉の少し先の壁近くには、少量の木箱や荷物。
恐らくこれが預かり物だろう。ほとんど預かっている物がないんだからな、そりゃ借金も出来るわけだ……。
とりあえず空気を変えたい、窓を開けよう。
俺は埃を踏みしめながら、奥にある窓へと辿り着く。そして窓を……開かない。
窓の横には茶色い宝石。何でセキュリティだけしっかりしてるんだよ! 掃除しろ!
仕方なく、俺はセトトルに頼んで窓を開けてもらう。
よし、これで換気は出来るはずだ。
「セトトル、一度倉庫から出よう」
「分かった! この荷物、俺が運んだんだよ! 綺麗にまとまってるでしょ!」
運んだ? この荷物をセトトルが運べるとは到底思えない。
それに、これは集めただけで整理したわけでもなんでもない。仕事としては、まだ途中と言った感じだ。
だが、可愛いからいいだろう。
「偉い偉い」
俺が人差し指の先でセトトルの頭を撫でようと手を伸ばすと、セトトルはビクッとした後に少し離れた。
……あれ!? もしかして、俺嫌われてる!? すごいショックだ。
いや、でも出会って数時間。慣れ慣れしくし過ぎてはいけない。これから仲良くなればいい、そうだ。
少し涙目になっているのは、決してショックだったからではない。埃のせいだ! そう、埃のせい!
俺とセトトルは一旦倉庫を出た。換気のために、こっちの扉も開きっぱなしにした。
若干、俺は気まずい。たぶんそれは、セトトルも同じなのだろう。
少し気まずそうに俺の周囲をふわふわと飛んでいる。
セトトルとの気まずさを解消したい。だが、とてもとても悲しいがそれは後だ。
俺は戻ってきたカウンターでファイルを開いた。
いや、本当は倉庫内を見つつ、ファイルを見るつもりだったんだけどね。あの中で見るのは無理だった。
とりあえず開いたファイルを見る。
うん、ひどい。
既に預かり終わって引き渡しが終わった書類も、全部一緒になっている。
終わったのは別にしておけ!
内容もひどい。
『〇〇(名前) 木箱三つ 三日後』
こんなだ。
シンプルでいいですね。はっはっは。
……こいつは大変だ。
だが、三日後まで引き渡しはないらしい。だが一応早く来ることも考え、二日目朝までは大丈夫としよう。
まず第一に、率先してやらなければいけないことがある。
「セトトル、紙とペンはあるか?」
「あ、うん! あるよ! アグドラが紙は商売のひつじゅひんだーってたくさん置いて行くんだよ!」
セトトルはカウンターの引き出しを開く。
その中には、無理矢理詰め込まれたような紙が大量に入っていた。
それだけでイラッとしたが、カウンターの整理は後だ。
俺は引き出しの中にある紙の中から、一番大きくて、しわくちゃになっていない紙を引っ張り出した。
ちなみにセトトルは、お絵かきでもすると思っているのだろうか。面白そうに見ている。
セトトルから受け取ったペンを持ち、大きく、かつバランスを考えて一気に書いた。
『 5S
・整理
・整頓
・清掃
・清潔
・躾 』
よし、いい出来栄えだ。
「セトトル、これを倉庫の扉に貼りたいんだけど、何か貼るものはあるかな?」
「あ、うん。画鋲ならあるよ。でもボス、これ何? 」
「いい質問だ! これは5Sと読む! 整理整頓清掃は分かるな?」
「うん、清潔ってのは手とか服を綺麗にするってこと?」
俺はセトトルの質問を受け、眼鏡の真ん中を中指でクイッと上げた。
ふふっ、最初はそう思う。だが、それだけではないのだよセトトルくん!
「勿論、その意味合いもあるだろう。だがそれとは別に、整理整頓清掃をしっかり維持すること。それが即ち清潔だ!」
「へぇー、じゃあ躾は? オレ、怒られたり叩かれたりは嫌だよ……」
「躾とは怒ることではない! いや、必要があれば怒ることも大事だろう。だが5Sでは意味合いが違う! 5Sでの躾とは、ルールや手順をしっかりと作り、それを遵守することだ!」
「じゅ、じゅんしゅ?」
「そう! 自分で勝手に判断はせず、手順を守る! 手順通りに出来ないときは、上長に報告する! これが基本だ! ちなみに上長ってのはセトトルの場合だと、俺のことだね」
「んんん……。何となくしか分からなかったよ」
なぜかセトトルはしょげている。だが、しょげる必要はない! 俺がこれからしっかりと叩き込んでやるからな!
倉庫への扉に紙を貼りつける!
……貼りつかなかった。
なんだこの扉、木製のくせに画鋲が刺さらない。
頑丈な扉だ、セキュリティだけはしっかりしている。俺は仕方なく、扉の横に紙を貼った。
「今後、この5Sを遵守する! セトトルにも覚えてもらう! 覚えるまで教えるから何も心配するな! これは大事なことの一つだからな!」
それを聞き、セトトルはくすくすと笑いだした。
あれ? 今何か面白いこと言ったっけ?
「一つじゃなくて、五つ書いてあるよ?」
「……確かにそうだ! 大事なことの五つだ! いいな!」
「う、うん。何かボス、人が変わってないかな」
「気のせいだ! さぁ、次は掃除だ! 洗面所の奥に、確かバケツとかがあったな! 掃除用具を取りに行くぞ!」
「お、おぉー」
よし、やる気が出てきた。
この物置を、しっかりとした倉庫にしてやる!
俺は洗面所の用具入れから、バケツやら雑巾やらモップ、箒に塵取りやらを取り出す。
ちなみに一度も使っていないらしく、新品のまま埃を被っていた。
不思議に思い、セトトルに聞いてみることにした。
「全然掃除をしていないようなのに、何で掃除用具があるんだい?」
「アグドラが置いて行ったよ!」
なるほど、さすがアグドラさんだ。お父さんに頼まれて、色々置いて行ってくれてるのだろう。
きっと将来はお父さんの後を継いで、立派な……何になるんだ? そういえば、彼女の家の仕事は何なのだろう?
今度ちゃんと聞いてみよう。
さて、それでは掃除だ!
っと、その前にだ。俺はカウンターにある椅子に、ジャケットを脱いで掛けた。
代わりといったらなんだが、椅子に掛けてあったエプロンを代わりに着る。そしてYシャツの袖を捲る。
そして倉庫の入り口に水を入れたバケツを置く。モップは壁に立て掛けておき、濡らした雑巾を装着!
準備万端だ!
「ボス、掃除だよね? まずはモップで床を掃除すればいいの?」
「いや、それじゃあ駄目だ! 掃除の基本は上から! まずはあの汚い天井の汚れを床に落とす! 荷物は汚れたら困るから、一旦倉庫から出そう」
「掃除は上から! オレ覚えた!」
む、だが脚立がいるな。さっき洗面所の奥で見かけた。
俺はセトトルにそこを任せ、洗面所に戻り脚立を手に戻る。
あれ? 荷物が全部外に出ている。セトトルが運べるとは思えない。聞いて見ようと、倉庫の中を覗いてみる。
「けほっ、けほっ」
天井を端の方から掃除しているセトトルの姿があった。汚れが落ち、頭が黒くなっている。
これは良くない。
「セトトル、こっちに来るんだ」
「え? オ、オレ何か間違えちゃったかな?」
手を伸ばしたとき、セトトルはやはりビクッと震えたが、今度は離れずにいてくれた。何か事情がありそうだが、深く聞くのも悪い気がする。
セトトルの頭の黒い汚れを丁寧に払ってやる。そしてハンカチを取り出し、セトトルの頭に巻いてやる。
これでセトトルの頭に疑似三角巾が巻かれた。我ながら悪くない出来だ、これなら頭も汚れない。
口にも何かあててやりたいのだが、都合のいいものがない。
「口にマスクもした方が本当はいいな、何かハンカチのような物を持ってるかい?」
「あ、うん! ハンカチあるよ! これを口に巻けばいいのかな?」
「うんうん、埃をあんまり吸うのは良くないからな」
「うん、分かったよ! ボスのお陰で頭も汚れないよ! すごく嬉しい! ありがとうボス!」
セトトルは嬉しそうにくるくると回っていた。
彼女が嬉しそうにしてくれると、こっちまで嬉しくなってくる。本当に一人じゃなくて良かった……。