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四十五個目

 ――夕方。

 今日はフレイリスさんの歓迎会をするために、店の片づけを早く始める。

 初めての仕事で、フレイリスさんも疲れているのが見てとれる。歓迎会は後日にした方がいいだろうか?

 ……そもそも、彼女は歓迎会を喜んでくれるのだろうか? 人が多いところで行う歓迎会。もしかしたら、気を遣わせてしまうのではないか。

 俺はそんなことに今頃気づき、彼女に聞いてみることにした。


「フレイリスさん、お疲れ様です」

「ボスこそお疲れ様ぁ。慣れないことって大変ねぇ」

「そうですね。でも片付けをしたら今日はお終いです。……それでこの後なんですが。知り合いのお店に行って、ささやかながら歓迎会をしたいと思うのですが、どうでしょうか?」

「歓迎会……?」


 フレイリスさんは、その言葉を聞き俯いてしまった。

 やはり時期尚早だったのかもしれない。早まった気がする。もう少し慣れてきてからやった方がいいな、うん。

 俺がそう告げようとしたとき、彼女は顔を上げ輝かしいばかりの笑顔を向けてくれた。


「歓迎会!? 歓迎会って私のぉ!? そんなことするの初めてよぉ! 歓迎会ってあれでしょ!? あのみんなで祝って……はっぴーばーすでーとぅーゆー?」

「それは誕生日会です。その歌は歌いませんが、フレイリスさんを祝うことは間違いないですね」

「そうなのね! 嬉しいわぁ! 嬉しいわぁ!」


 杞憂だったかな? 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 そうだ、人がたくさんいることも一応伝えておこう。


「喜んでもらえて良かったです。お店でやりますので、周囲には人がたくさんいますが大丈夫ですか?」


 喜びのあまり、不思議な小躍りをしていたフレイリスさんがぴたりと止まった。

 あ、やっぱり無理かな……?

 だが彼女は泣きそうな顔をしながら、こちらを向いてこう答えてくれた。


「が、頑張るわぁ。歓迎会したいものぉ! 初めてなのよ!」

「……分かりました。無理そうなら遠慮せずに言ってください。早めに帰ることにしましょう」


 外見はプロレスラーだが、中身は内気な少女だからしょうがない。

 様子をしっかりと見て、無理そうなら早々に切り上げて帰ることにしよう。



 少し外も暗くなり始めたころ、用意が終わった俺たち四人は東倉庫を出た。

 セトトルはいつも通り俺の頭の上、キューンはフレイリスさんが抱きかかえている。


「歓迎会! 歓迎会! フーさんの歓迎会!」

「キュンキューン!(歓迎会楽しむッス!)」

「二人とも私のためにありがとぉ。とっても嬉しいわぁ!」


 まだ店にも着いていないのに、三人のテンションはMAXだった。

 俺もそんな三人を見て、温かな気持ちになりながら店へと向かうことにした。


「おう、いらっしゃい! ……お、ボスとセトトルとキューンじゃねぇか。そっちの知らない顔は誰だ?」

「はい。今日からうちで働いてもらっている、フレイリスさんです」

「フレイリスよぉ、よよよろしく頼むわぁ」

「……? おいボス、この子は大丈夫か? 何か緊張してるみてぇだけど。それといい体してんな」

「ちょっと恥ずかしがり屋なんです。優しくしてあげてください。後、筋肉のことは気にしないでください」


 おやっさんは「なるほど」と頷き、空いている机を教えてくれた後に戻って行った。

 フレイリスさんは落ち着きなく周囲をきょろきょろ見たり、下を向いて俯いてしまっている。ここは緊張を(ほぐ)してあげるべきではないだろうか。


「キュ、キューン(フ、フーさん締めすぎッス)」


 そうしないと、うちの可愛いゼリー状の生物が潰されてしまう。

 えーっと、どうしたらいいのかな? なにかいい方法はないだろうか? 緊張を解く緊張を解く……。

 俺が悩んでいると、セトトルがフレイリスさんの頭の上に乗った。


「フーさん! おいしいものたくさん食べて、たくさんオレたちと楽しもうね! フーさんが一緒で嬉しいよ!」

「セトトルちゃん……。ありがとう! 私、楽しむわぁ!」


 ……頭が上がらないなぁ。

 俺は悩んでいるだけだったのに、セトトルは一瞬でフレイリスさんを笑顔にしてしまった。

 今のは参考にしよう。俺も頭の上にのって、一緒で嬉しい楽しもうと伝えればいいんだ。……いやいや、まず頭の上に乗れないから無理だな。台詞だけ盗ませてもらうことにしよう。

 セトトルのお陰でフレイリスさんの緊張が少し解けたタイミングで、ウルマーさんが飲み物を持ってきてくれた。


「はい、とりあえず飲み物ね! その子が新人さん? 強そうな人ね。私はウルマー、これからよろしくね。で、そっちの新しい子もエールでいいわよね。他の注文はどうする?」

「オレ、ポテト!」

「キューンキュン!(冷えたトマトが食べたいッス!)」

「はいはい、キューンの注文は後でボスに聞くわね。あなたは何にする?」


 フレイリスさんは、じーっとエールの入ったジョッキを見つめていた。

 そして困った顔をして、ウルマーさんに告げた。


「あのぉ私、お酒を飲むにはまだちょっと歳があれだと思うのぉ。だから、その……」

「え? ……あ、あぁそうなのね! ならセトトルと同じように何かジュースを持って来るわね。……ボス、ちょっと」


 俺はなぜかウルマーさんに首根っこを掴まれ、連れて行かれた。く、苦しい。

 そして店の隅、人が少ないところで解放される。一体どうしたんだろう?


「ねぇボス。あの子、何歳なの?」

「フレイリスさんですか? 聞いていません」

「……雇ってほしいと店にきたの?」

「いえ、森で勧誘しました」

「…………もうちょっとなにかあるでしょ! それじゃあ見た目はともかく、子供を騙して拉致してきたみたいじゃない! 流石に通報するわよ!?」

「ご、誤解です! キューンの知り合いのシルフなんです! シルフの年齢とか、俺には分からないだけなんです!」

「シルフ?」


 ウルマーさんは改めて視線をフレイリスさんへと向ける。そして一人で納得したように頷いた。


「確かにうちも他の種族のお客さんは多いからね、納得したわ。……いえ、納得できないわよね。私の知っているシルフとは、髪の色と肌の色くらいしか一致しないもの」

「あー……、色々あるんです。彼女に話してもいいか聞いてみるので、一緒にきてもらえますか?」

「ん、了解」


 危なかった。危うく牢屋にぶち込まれるところだった。

 俺はウルマーさんと一緒に席へと戻る。改めて紹介もすることにしよう。


「フレイリスさん、もう一度紹介し直しておくね。こちらウルマーさん。このお店の歌姫さんで、歌がすごく上手なんだ」

「ウルマーよ、フレイリスさんよろしくね」

「それで、こちらがフレイリスさん。新しく東倉庫で働いてもらうことになりました。シルフで風の魔法を扱えます」

「フレイリスよぉ、よろしくお願いするわぁ」

「……それで、その……。そう! うちはお酒も出すじゃない? だから、年齢とかもちゃんと確認しておきたいと思ったの!」

「か、確認……」


 ばっと、フレイリスさんが背中を押さえた。

 そして涙目になりながら俺を見る。本当の姿で俺を見てくれているのならいいのだが、今の姿で見られると弱気なプロレスラーを庇っているような気分になる。

 まぁそれは置いておくとして、どこまで話していいものか。

 俺は本人に小声で聞いてみることにした。


「フレイリスさん、どこまで話して大丈夫ですか?」

「どこまでぇ? 私のことをかしらぁ?」

「はい、本当の姿のことなどはどこまで話して大丈夫なのかと」

「……うぅっ」


 彼女は頭を抱えて悩みこんでしまった。

 ウルマーさんもそれを見て、悪いことをしてしまったという顔をしている。

 少し待つと、答えが決まったのかフレイリスさんは俺の腕を掴み、こう言った。


「そ、その辺りのことは今後ボスに任せるわぁ!」


 わーお……。今後、彼女の秘密の情報開示が俺に一任されるのか。なんてこったい……。

 んーむ、そうだな。おやっさんとウルマーさんには話しておいた方が、色々と助けてくれるだろう。

 俺はウルマーさんの耳元に近づき、小声で話しかけた。


「ウルマーさん、実はですね」

「ひゃんっ!」


 ……物凄い勢いで、ウルマーさんが顔を赤くして飛び退いた。

 そしてトレーを手で振り回しながら、俺が近づけないようにしている。


「きゅ、急に耳元で話しかけないでよ!」

「えっと、すいません。耳元で話していいですか?」

「しょ、しょうがないわね……」


 俺はなぜか許可をとり、改めてウルマーさんの耳元でフレイリスさんの事情を小声で話すことにした。

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