四十四個目
――次の日。
朝食を済ませた俺たちは、仕事の用意に入る。
今日はフレイリスさんの初勤務日だ。まずは業務の説明をすることにした。
「……ですので、このように色がついています」
「なるほど、そうなのねぇ」
「……フレイリスさん」
「何かしらぁ?」
「とりあえず、それ脱ぎませんか」
「あらぁ? こんな朝早くから乙女に脱げだなんて、ボスったら大胆ねぇ」
脱ぐ気はないらしい。別に着ててもいいのだが、それでは彼女のためにならないのではないだろうか?
いや、でもゆっくりとやっていくべきことなのかな? 難しい問題だ。
俺が悩んでいると、フレイリスさんはこちらを見て困った顔を見せた。
そして勢いよく答えてくれた。
「脱ぐのは無理よぉ! ……無理よぉ!」
二回も拒否られた。
まぁいきなり脱げと言われて脱げるのなら、こんな格好はしていないだろう。少しずつやっていこう。
それでも本人が頑張る気になってくれている以上、全力でサポートをしなければならない。今後、少しずつ改善していくためにもだ。
俺とセトトルとキューンは、三人でアイコンタクトをとった。
各々に頷き、決意を新たにする。みんなで力を合わせてフーさんのために頑張ろう。
さぁ、まずは外の掃除からだ!
「頑張るわぁ……頑張るわぁ……」
「挨拶だけで大丈夫です。無理に話さず、掃除をするだけでいいです」
「そ、それくらいなら大丈夫そうねぇ」
少しスパルタ過ぎるだろうか? いや、でも彼女がやると言っているんだ! まずはどこまで出来るかを確認するためにも、朝は俺と外の掃除からだ!
中の掃除をセトトルとキューンに任せ、俺たちは箒を持って外へと出た。
外は曇り空で、ひんやりとした空気だった。
暑くもないため、とても過ごしやすくていい。俺たちは過ごしやすい外気に触れながら、掃除を始めた。
少したつと、目の前にいつものおばさまたちが現れた。よし、朝の挨拶から始めていこう。
「おはようございます。今日は涼しいですね」
「管理人さんおはよう。そちらの子は……子? えぇっと……」
おばさま方がフレイリスさんを見て混乱している。
いいぞ、たまにはおばさま方にも困ってもらおうじゃないか。
「今日からうちで働くことになったフレイリスさんです。少し恥ずかしがり屋で話すのが苦手なのですが、これからよろしくお願いします」
「そうなの、可愛い……子、ねぇ? よろしくね、フレイリスさん?」
「フレイリスよぉ、よろしくねぇ」
フレイリスさんは頭を下げ、俺の後ろへとさりげなく隠れて掃除を続行し出した。すごく頑張った。
それを見て、おばさま方もどうしたらいいか分からない雰囲気になっている。よしよし、初日にしては上出来だろう。
おばさま方の反応を見ていて思ったが、やはりまずは彼女のことを知ってもらうべきだろう。
恥ずかしがり屋で、話すのが苦手。
これを知らなければ、態度の悪い子だと思われるかもしれない。でも、知っていればそう思う人はほとんどいないはずだ。
まずは知ってもらうこと、それが大事だと本当に思った。
掃除をテキパキと済ませ、室内へと戻る。
中に入った途端、フレイリスさんは座り込みぜぇぜぇと息を荒げた。慣れない環境なこともあり、人見知りが加速していると、本人は言っていた。
うん、すごく頑張った。俺は座り込んでいる彼女の頭を、優しく撫でてあげた。
するとピョンッと彼女は飛び上がり、顔を真っ赤にしてカウンターへと逃げ去って行った。少し馴れ馴れしくし過ぎたかな? 気を付けることにしよう。
次は倉庫内の説明と、彼女の魔法についての打ち合わせをすることにした。
「それで荷物が増えてきますと、風の循環がどうしても悪くなってしまうんです」
「なるほどねぇ、ちょっと調べてみるわぁ」
フレイリスさんはそう言うと、倉庫内をうろうろと歩き戻ってきた。
少し考え込んだ後、こちらを向いた。
「四隅と荷物が多いところの何ヵ所かで、風の流れが留まってしまっているわぁ。そこを流れるように、風を一日に何度か送るのはどうかしらぁ?」
「うん、自分もそれをやってみようかと思っていました。試しにやってみてもらってもいいですか?」
「分かったわぁ!」
フレイリスさんははそう言うと、両手を掲げた。
ふわりと、優しい風を頬に感じる。そしてその風が、倉庫内を包んだ。
彼女を見ると、とても集中して魔法を操っている。その真剣な表情を見て、俺は邪魔しないようにただ静かにしていた。
……いや、一緒に突っ立っていたら意味がない。俺は慌てて我に返り、倉庫内をチェックする。
四隅に手を翳すと、風が感じられる。箱の間なども歩いてみたが、どの場所でもうまく風が流れているように感じた。
これなら倉庫内の空気も均一化できそうだ。しっかり循環させておかないと、その場所だけ湿度が高くなってしまったりして、面倒なことになる。風の循環は倉庫業務でも大事なことの一つだ。
「大丈夫そうだね。問題はフレイリスさんの負担と、風を流すパターンをたまに変えてほしいということなんだけど」
「これくらいなら負担にはならないので大丈夫よぉ。風のパターンを変えるとは、どういうことかしらぁ?」
うん。たまに目線が泳いでいたり視線が外されるのにも、慣れてきたね。
……このまま改善させるのではなく、自分が完全に慣れてしまったらどうしよう。ま、まぁそんなことは置いておこう。今はフレイリスさんの質問に答えないといけない。
「毎回同じパターンだと、違う場所で空気が澱んでしまうと思うんです。だから、いくつかパターンを用意してもらえると助かります」
「なるほどねぇ、パターンを変えて全体の循環を良くするのね」
いくつかのパターンを試し、パターンごとに循環が悪い箇所をまとめる。
後は荷物が増えたらまた変わってくるだろうし、たまに様子を見ながら変えていくしかないだろう。
午前は基本的な説明と、倉庫の風の動きを調べていたら終わってしまった。
俺はお客様が来るとカウンターに、いないときは倉庫へ。延々と行ったり来たりを繰り返した。
そして三人に昼休みをとらせ、交代で俺も休みをとる。さぁ、午後の仕事だ。
午後をどうするかは、もう決めてあった。俺はまずセトトルを呼ぶことにする。
「セトトル、ちょっといいかい?」
「どうしたのボス? 新しいお仕事かな?」
「うん、フレイリスさんは午後からセトトルのお手伝いをしてもらうよ。だから、色々と教えてあげてくれるかな?」
「任せてよ! 倉庫業務とか5Sとかを教えればいいの?」
「んー……、教え方は任せるよ。でも初日だからね、教え過ぎないこと。一日で全部覚えることはできないからね」
「分かった! ちょっとずつ頑張るよ! 行こうフーさん!」
「セトトルちゃん、よろしくお願いするわぁ」
フレイリスさんは丁寧にセトトルへと頭を下げていた。根は真面目な子なのだろう。
二人は仲良く倉庫の中へと入って行った。うんうん、仲良きことは美しきかな。
恐らく荷物の整理や、預かっている物の確認でもするのだろう。日々の整理整頓こそが、倉庫の円滑な業務に繋がるからね。
それを一緒に見ていたキューンは、二人を見届けた後に俺の膝へと乗り話しかけてきた。
「……キューンキュンキュン(……ちゃんと一緒に森を出るべきだったッスかね)」
「気にしていたのかい?」
「……キュン(……ッス)」
なるほど、道理で今日は妙に口数が少なかったわけだ。
俺は指先でキューンをつつきながら答えることにした。キューンはぐにぐにと形を変えていて面白い。
「そうだね、二人の関係は俺には分からないよ。だから、正しかったのかどうかは分からない。でも次は、何も言わずに置いて行かないだろ?」
「キュン! キューンキュン、キュンキューン。キューンキューン(もちろんッス! 森で生活している生き物で、人の町に行きたくないやつは多いッス。だからためらってしまったッス)」
「キューンは優しさのつもりで伝えなかった。でもフレイリスさんはちゃんと伝えて欲しかった。話すことって、とても大事なことだね」
「キューン……。キュンキュンキューン、キューンキュンキュン(そうッスね……。フーさんと出会うまで長いこと一人でいたから、そんなことも忘れていたッス)」
俺はぷにぷにとつつく指を止め、今度はキューンを優しく撫でてやった。
「大事なのは失敗をしたことじゃなくて、失敗をどう次に繋げるかだよ」
「キュン……(ボス……)」
我ながら、少し照れくさいことを言ってしまった気がする。
俺に仕事を教えてくれた人たちも、こんな気持ちだったのだろうか。
「キューンキュン。キューンキューン(前から思ってたッス。ボスって歳の割におっさんくさいッスね)」
ちょっと良いことを言ったつもりなのにこれだよ!
俺はキューンをぐにぐにと引っ張ってやった。この野郎!
「キューンキューン!(でもボスと出会えて本当に良かったッス!)」
「出来ればそれを先に言ってほしかったな!」
全くこのスライムもどきは……。
お客様が来るまでの間、俺たちは笑いながら和やかに同じ時間を過ごした。
こんな軽口が言い合える時間というのは、非常に大切な時間だ。俺はそれを、異世界に来て知った。
さて午後の仕事が終わったら、今日はおやっさんの店で歓迎会をするかね!




