表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/175

四十四個目

 ――次の日。

 朝食を済ませた俺たちは、仕事の用意に入る。

 今日はフレイリスさんの初勤務日だ。まずは業務の説明をすることにした。


「……ですので、このように色がついています」

「なるほど、そうなのねぇ」

「……フレイリスさん」

「何かしらぁ?」

「とりあえず、それ脱ぎませんか」

「あらぁ? こんな朝早くから乙女に脱げだなんて、ボスったら大胆ねぇ」


 脱ぐ気はないらしい。別に着ててもいいのだが、それでは彼女のためにならないのではないだろうか?

 いや、でもゆっくりとやっていくべきことなのかな? 難しい問題だ。

 俺が悩んでいると、フレイリスさんはこちらを見て困った顔を見せた。

 そして勢いよく答えてくれた。


「脱ぐのは無理よぉ! ……無理よぉ!」


 二回も拒否られた。

 まぁいきなり脱げと言われて脱げるのなら、こんな格好はしていないだろう。少しずつやっていこう。

 それでも本人が頑張る気になってくれている以上、全力でサポートをしなければならない。今後、少しずつ改善していくためにもだ。

 俺とセトトルとキューンは、三人でアイコンタクトをとった。

 各々に頷き、決意を新たにする。みんなで力を合わせてフーさんのために頑張ろう。

 さぁ、まずは外の掃除からだ!


「頑張るわぁ……頑張るわぁ……」

「挨拶だけで大丈夫です。無理に話さず、掃除をするだけでいいです」

「そ、それくらいなら大丈夫そうねぇ」

 

 少しスパルタ過ぎるだろうか? いや、でも彼女がやると言っているんだ! まずはどこまで出来るかを確認するためにも、朝は俺と外の掃除からだ!

 中の掃除をセトトルとキューンに任せ、俺たちは箒を持って外へと出た。


 外は曇り空で、ひんやりとした空気だった。

 暑くもないため、とても過ごしやすくていい。俺たちは過ごしやすい外気に触れながら、掃除を始めた。

 少したつと、目の前にいつものおばさまたちが現れた。よし、朝の挨拶から始めていこう。


「おはようございます。今日は涼しいですね」

「管理人さんおはよう。そちらの子は……子? えぇっと……」


 おばさま方がフレイリスさんを見て混乱している。

 いいぞ、たまにはおばさま方にも困ってもらおうじゃないか。


「今日からうちで働くことになったフレイリスさんです。少し恥ずかしがり屋で話すのが苦手なのですが、これからよろしくお願いします」

「そうなの、可愛い……子、ねぇ? よろしくね、フレイリスさん?」

「フレイリスよぉ、よろしくねぇ」


 フレイリスさんは頭を下げ、俺の後ろへとさりげなく隠れて掃除を続行し出した。すごく頑張った。

 それを見て、おばさま方もどうしたらいいか分からない雰囲気になっている。よしよし、初日にしては上出来だろう。

 おばさま方の反応を見ていて思ったが、やはりまずは彼女のことを知ってもらうべきだろう。

 恥ずかしがり屋で、話すのが苦手。

 これを知らなければ、態度の悪い子だと思われるかもしれない。でも、知っていればそう思う人はほとんどいないはずだ。

 まずは知ってもらうこと、それが大事だと本当に思った。


 掃除をテキパキと済ませ、室内へと戻る。

 中に入った途端、フレイリスさんは座り込みぜぇぜぇと息を荒げた。慣れない環境なこともあり、人見知りが加速していると、本人は言っていた。

 うん、すごく頑張った。俺は座り込んでいる彼女の頭を、優しく撫でてあげた。

 するとピョンッと彼女は飛び上がり、顔を真っ赤にしてカウンターへと逃げ去って行った。少し馴れ馴れしくし過ぎたかな? 気を付けることにしよう。



 次は倉庫内の説明と、彼女の魔法についての打ち合わせをすることにした。


「それで荷物が増えてきますと、風の循環がどうしても悪くなってしまうんです」

「なるほどねぇ、ちょっと調べてみるわぁ」


 フレイリスさんはそう言うと、倉庫内をうろうろと歩き戻ってきた。

 少し考え込んだ後、こちらを向いた。


「四隅と荷物が多いところの何ヵ所かで、風の流れが留まってしまっているわぁ。そこを流れるように、風を一日に何度か送るのはどうかしらぁ?」

「うん、自分もそれをやってみようかと思っていました。試しにやってみてもらってもいいですか?」

「分かったわぁ!」


 フレイリスさんははそう言うと、両手を掲げた。

 ふわりと、優しい風を頬に感じる。そしてその風が、倉庫内を包んだ。

 彼女を見ると、とても集中して魔法を操っている。その真剣な表情を見て、俺は邪魔しないようにただ静かにしていた。

 ……いや、一緒に突っ立っていたら意味がない。俺は慌てて我に返り、倉庫内をチェックする。

 四隅に手を翳すと、風が感じられる。箱の間なども歩いてみたが、どの場所でもうまく風が流れているように感じた。

 これなら倉庫内の空気も均一化できそうだ。しっかり循環させておかないと、その場所だけ湿度が高くなってしまったりして、面倒なことになる。風の循環は倉庫業務でも大事なことの一つだ。


「大丈夫そうだね。問題はフレイリスさんの負担と、風を流すパターンをたまに変えてほしいということなんだけど」

「これくらいなら負担にはならないので大丈夫よぉ。風のパターンを変えるとは、どういうことかしらぁ?」


 うん。たまに目線が泳いでいたり視線が外されるのにも、慣れてきたね。

 ……このまま改善させるのではなく、自分が完全に慣れてしまったらどうしよう。ま、まぁそんなことは置いておこう。今はフレイリスさんの質問に答えないといけない。


「毎回同じパターンだと、違う場所で空気が澱んでしまうと思うんです。だから、いくつかパターンを用意してもらえると助かります」

「なるほどねぇ、パターンを変えて全体の循環を良くするのね」


 いくつかのパターンを試し、パターンごとに循環が悪い箇所をまとめる。

 後は荷物が増えたらまた変わってくるだろうし、たまに様子を見ながら変えていくしかないだろう。



 午前は基本的な説明と、倉庫の風の動きを調べていたら終わってしまった。

 俺はお客様が来るとカウンターに、いないときは倉庫へ。延々と行ったり来たりを繰り返した。

 

 そして三人に昼休みをとらせ、交代で俺も休みをとる。さぁ、午後の仕事だ。

 午後をどうするかは、もう決めてあった。俺はまずセトトルを呼ぶことにする。


「セトトル、ちょっといいかい?」

「どうしたのボス? 新しいお仕事かな?」

「うん、フレイリスさんは午後からセトトルのお手伝いをしてもらうよ。だから、色々と教えてあげてくれるかな?」

「任せてよ! 倉庫業務とか5Sとかを教えればいいの?」

「んー……、教え方は任せるよ。でも初日だからね、教え過ぎないこと。一日で全部覚えることはできないからね」

「分かった! ちょっとずつ頑張るよ! 行こうフーさん!」

「セトトルちゃん、よろしくお願いするわぁ」


 フレイリスさんは丁寧にセトトルへと頭を下げていた。根は真面目な子なのだろう。

 二人は仲良く倉庫の中へと入って行った。うんうん、仲良きことは美しきかな。

 恐らく荷物の整理や、預かっている物の確認でもするのだろう。日々の整理整頓こそが、倉庫の円滑な業務に繋がるからね。

 それを一緒に見ていたキューンは、二人を見届けた後に俺の膝へと乗り話しかけてきた。


「……キューンキュンキュン(……ちゃんと一緒に森を出るべきだったッスかね)」

「気にしていたのかい?」

「……キュン(……ッス)」


 なるほど、道理で今日は妙に口数が少なかったわけだ。

 俺は指先でキューンをつつきながら答えることにした。キューンはぐにぐにと形を変えていて面白い。


「そうだね、二人の関係は俺には分からないよ。だから、正しかったのかどうかは分からない。でも次は、何も言わずに置いて行かないだろ?」

「キュン! キューンキュン、キュンキューン。キューンキューン(もちろんッス! 森で生活している生き物で、人の町に行きたくないやつは多いッス。だからためらってしまったッス)」 

「キューンは優しさのつもりで伝えなかった。でもフレイリスさんはちゃんと伝えて欲しかった。話すことって、とても大事なことだね」

「キューン……。キュンキュンキューン、キューンキュンキュン(そうッスね……。フーさんと出会うまで長いこと一人でいたから、そんなことも忘れていたッス)」


 俺はぷにぷにとつつく指を止め、今度はキューンを優しく撫でてやった。


「大事なのは失敗をしたことじゃなくて、失敗をどう次に繋げるかだよ」

「キュン……(ボス……)」


 我ながら、少し照れくさいことを言ってしまった気がする。

 俺に仕事を教えてくれた人たちも、こんな気持ちだったのだろうか。


「キューンキュン。キューンキューン(前から思ってたッス。ボスって歳の割におっさんくさいッスね)」


 ちょっと良いことを言ったつもりなのにこれだよ!

 俺はキューンをぐにぐにと引っ張ってやった。この野郎!


「キューンキューン!(でもボスと出会えて本当に良かったッス!)」

「出来ればそれを先に言ってほしかったな!」


 全くこのスライムもどきは……。

 お客様が来るまでの間、俺たちは笑いながら和やかに同じ時間を過ごした。

 こんな軽口が言い合える時間というのは、非常に大切な時間だ。俺はそれを、異世界に来て知った。


 さて午後の仕事が終わったら、今日はおやっさんの店で歓迎会をするかね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ