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四十三個目

 俺も彼女も、固まったまま身動きがとれないでいた。

 とはいえ、このまま見ていてはただの変態である。俺は無言で立ち上がり、シャワールームから出て扉を閉じた。

 そしてタオルで濡れた頭などを拭きながら、洗面所から出る。

 ……おっと、これだけは言っておかないといけない。


「鍵はちゃんとしようね?」


 返事を待つことなく、俺は洗面所を後にした。



 洗面所を出て、カウンターの椅子へと腰かける。

 先程のことを思い出しつつ考えた。……うん、疲れているんだな。幻を見るなんて、かなりやばい疲れ方だ。経験した記憶がない。

 俺が勝手に自分を納得させていると、二階から騒がしい二人組が降りてくる。


「ボス!? 今すごい音がしたよ!?」

「キューン!?(襲撃ッスか!?)」


 だからこのスライムもどきは、なぜ最初に襲撃が出てくるのだろう。かなり殺伐とした生き方をしてきたのだろうか? 謎は深まるばかりだ……。

 俺は寝起きでぼさぼさな髪のまま慌てているセトトルと、いつもより少し平べったく伸びているキューンに事情を説明することにした。


「いや、ちょっと洗面所で転んじゃったんだ。大きな音をたててごめんね」

「転んだ!? ボス怪我は大丈夫なの!?」

「うん、少しぶつけただけだからね」

「キューン、キュンキューン!(寝ぼけてたとはいえ、気をつけないといけないッス!)」

「そうだね、これからは気を付けるよ」


 二人と話し、俺の心は落ち着きをみせていた。

 うん、やっぱりさっきのは夢幻(ゆめまぼろし)だったんだ。もう一度ゆっくり寝直そう。

 そう思ったときだった。洗面所の扉が、ゆっくりと開かれたのだ。幻じゃなかったの!?

 また混乱しかけながら見ていると、中から出てきたのは……。


「あらぁ? 騒がしかったから、みんな起きちゃったのね? ごめんなさいねぇ」


 フレイリスさんだった。……ごめん、また混乱してきた。どういうこと?

 自分の中では終わったことだったのだが、どうやら終わっていなかったらしい。

 でもさっき見た少女と、フレイリスさんは全然違う。主に筋肉と身長と顔と筋肉。

 一体どういうことだろうとフレイリスさんを見ていると、彼女はぽっと頬を赤く染めた。


「ボスったら、そんなに私を見つめちゃって……。シャワーも覗きに来るし、情熱的なのねぇ」

「覗いたの!?」

「キュン!(最低ッスね!)」

「ご、誤解だ! 転んだだけなんだ!」


 セトトルはじとっとした目で、キューンは何か面白くなってきたという感じで、そしてフレイリスさんは少し赤い顔で俺を見る。なんてこったい……。

 誤解だと伝えたが、まるで信じてもらえていない気がする。


「もうボスったら、乙女のシャワーを覗いたらだめよぉ?」

「ぐっ……! わざとではありませんが、今後は気をつけます。申し訳ありません」

「うん。ボスもちょっと魔が差しちゃったんだよ! 謝ってるし、フーさんも許してあげてね?」


 はっはっはっは……畜生、完全に俺が悪いことになっている。全部俺が悪いわけじゃないと思うんだ! でも、この流れでそんなことは言えない。俺には味方すらいないのか……。

 セトトルとキューンに答えようとしたのか、フレイリスさんは俺に背中を向けて二人の方を向く。

 ……俺はその背中を見て、固まった。なんだこれ。


「ふふっ、ボスも男の人だからねぇ。間違いくらいあるわぁ。二人も気を付けてね?」

「うん! オレもこれからは気をつけようっと!」

「……キュ、キュン? キューン(……え、僕も覗かれるッスか? めっちゃ怖いッス)」

 

 普段なら、色々とツッコみを入れていただろう。だが今の俺には、そんなことを言うことすらできなかった。

 ……いやだって、フレイリスさんの背中がぱっくり開いているんだよ。服がとかじゃなくて、背中がぱっくりと。

 分かりやすく言うと、中まで完全に丸見えってやつだ。

 その開いた背中から、明らかに少女と思しき体が見えていた。

 きっと、正体を隠したい理由があるのだと思う。ここはやんわりと教えてあげよう。


「フレイリスさん、背中が開いてますよ? シャワーあがりですからね、気をつけてください」

「えぇ!? ちょ、やだぁ! 服が……え? 背中開いてる……? あわわわわわ」


 フレイリスさんは背中の服を直そうとし、背中自体が開いていることに気付き慌てだした。

 俺はそれを見て、慌てないで! バレてないよ! ゆっくり直して! そんな応援をしたくなった。もちろんしたくなっただけで、応援はしていない。

 そして慌てすぎているフレイリスさんは、そのままもがいて絡まって転んだ。


 あぁ……。フレイリスさん、丸見えですよ。

 都合良くなのか都合悪くなのか、着ぐるみ?に絡まった少女の姿が露わになる。

 それを見て、セトトルとキューンが今度は固まる番だった。

 セトトルなんて指を差したまま、普段のキューンのようにぷるぷるしている。

 次にセトトルが発した言葉は、俺にも衝撃的だった。


「だ……」

「だ?」

「脱皮したよ!? フーさんが!」

「いや、ある意味間違ってないけど、そうじゃないからね!?」

「キュン、キューン……(姐さん、シルフは脱皮しないッス……)」


 ……うん、とりあえず絡まってるのを解いて助けてあげよう。それから話を聞こうかな。

 俺はそう思い、椅子から立ち上がったのだった。



 

 恐らくフレイリスさんだろうという絡まっていた少女を助け、俺たち四人は二階の部屋で温かいお茶を飲んでいた。

 俺は椅子に座り、セトトルとキューンはベッドの上。

 フレイリスさんは……部屋の隅で体育座りになり、顔を隠している。どうしてこうなった。


「あの、フレイリスさん? 話しにくいのなら構わないのですが……。どうしてそのような格好を?」

「……」


 答えは返ってきそうにない。何か事情はあるのだと思うが、話したくないのならしょうがないだろう。

 俺が諦めて解散を提案しようとしたときだった。

 フレイリスさんが着ぐるみの中から何かを引っ張り出した。……形状的に、スケッチブックかな? 彼女はそれに何かを書き始める。

 そして自分の顔を隠すように、顔の前にスケッチブックを出した。

 そこにはこう書かれていた。


『ごめんなさい』


 ……いきなり謝られちゃったよ!? 別に怒っているつもりはなかったんだが、怒っているように見えたのだろうか?


「あの、怒っていませんよ? それに、無理に聞くつもりはないので安心してください」


 彼女はそれを聞き、また何かを書きだした。なぜか涙目になっている気がする。混乱しているのかもしれない。

 そして先程と同じように、顔の前へとスケッチブックを出す。


『捨てないでください』


 俺、捨てるとか一言も言ってないよね!?

 えっと……捨てる? 姿を隠していたから、捨てられるかもしれない。そういうことかな? たぶんそういうことだろう。よし、そういうことで。

 俺は優しく笑顔で彼女に話しかけ直す。


「捨てたりしませんから、安心してください」

「そうだよ! ボスはオレたちのことだって、一度も捨てるなんて言ったことがないよ!」

「キューン!(ボスは優しいッス!)」


 彼女はそれを聞き、ほっとした顔を見せてくれた。

 とはいえ、長い髪で顔の上半分は隠れてしまっているので、見えているのは下半分だけだが。口の雰囲気的に、ほっとしていたと思う。

 そしてまた彼女は何かを書き、それを見せてくれる。今度は何が書いてあるのだろう……えぇっと。


『実は私、目を合わせたりお話ししたりするのが苦手なんです』


 それを見て、今度は俺がほっとした。

 良かった、声が出せないのかと思って困っていたんだ。そういうことを聞くのは、すごく神経を使う。でもこれくらいなら大した問題じゃない。


「大丈夫ですよ、そういう人だっています。もし改善したいのでしたら、出来るだけ力になります」

『ご迷惑ですよね? でも……』

「でも……?」

『もう森で一人は嫌なんです。キューンもいなくなっちゃうし……』


 彼女は、しくしくと泣きだした。

 なるほどな。つまり、話すのが苦手でぼっちだった。そこでキューンを見つけた。なのにキューンがいなくなった。寂しい。

 でもキューンが帰ってきた! 私も一緒に行っていいって!? もう一人じゃないよ!

 ……こんな感じだろうと推測する。俺とセトトルは、じっとキューンを見る。

 明らかに動揺しているキューンは、僕は悪くないッスよ!? そんな感じを出していた。確かに悪くはないけど、悪いよね?

 そういえば、フレイリスさんは着ぐるみを着ていたときと印象が全く違う。それはなぜだろう? ここまできたら気になることは聞いてみよう。


「ですが、着ぐるみ?を着ていたときは普通に話していましたよね? それと、話し方が全然違う気がするのですが」

『頑張って話せるようになろうと、努力しました。あれを着ていたら、何とかお話しができます。話し方は、森に落ちていた本で学びました』

「えっと……どんな本を?」

『今はこれがイケてる女の子!~女も強くなければ生きていけない~ ってタイトルの本です』


 それ絶対参考にしたら駄目なやつだ。自信を持って言える。

 だが、とりあえず事情は分かった。後はフレイリスさんがどうしたいかになるな。


「……フレイリスさんは、これからどうしたいですか?」

『やっぱり捨てられちゃうんですか?』

「ボス、フーさんを捨てないであげてよ! お願いだよ!」

「キュンキューン!(僕もお願いするッス!)」

「いや、捨てないからね!? 三人とも俺をなんだと思っているの? 俺が聞きたいのは、今後どうするのかって話だよ!」


 ひどい誤解を受けている。俺がいつ捨てるなんて言ったのだろう。

 俺にそんな悪い評判は……。いや、町ではあるけどさ。

 捨てられないと分かり、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。そしてまたスケッチブックに書きこんでいる。


『どうするか、ですか?』

「うん、一人でいたくないのは分かった。うちで働いてくれる気はあるのかな?」

『いいんですか!?』

「やる気があるなら大丈夫だよ。後は、話せるようになりたいのかどうか、ってところなんだけど。無理そうなら裏方になっちゃうからね」


 フレイリスさんは少し悩んだ後、こう書いて見せてくれた。


『なりたいです。恥ずかしくて話せないのを治したいです』

「分かった。俺に治してあげられるかは分からないけど、一緒に頑張ろうか」

『ありがとうございます! でも……一生治らなかったらどうすればいいでしょう。不安です』

「ん? それなら一生かけて頑張って治そう! 一緒に少しずつやっていこう!」


 フレイリスさんはぽーっとした顔で俺を見ていた。

 今までそういう人がいなかったから、嬉しかったのかな? とりあえずあがり症を治す方法とかの本を探して、買わないといけないな。

 そう考えていると、彼女はもごもごと俺たちに何かを伝えようとしだした。


「……よ、よ」


 ……おぉ、何かを自分の口で伝えようとしている。頑張れ。

 俺たち三人は、成長した雛鳥が飛び立つときのような心境でフレイリスさんを見つめた。


「……よ……よろ……よ、よろ」


 もうちょっとだ! 無駄に拳に力が込められる。

 手に汗握るとはこのことかもしれない。


「……よ、よろしくお願いします」


 フレイリスさんは勇気を振り絞り、俺たちに伝えてくれた。

 それに俺たちも大喜びだ。彼女の挨拶はほぼ(・・)完ぺきだった。


「うん! よろしくねフーさん!」

「キューン!(よろしくッス!)」

「これからよろしくお願いします」


 自分で欠点に気付いていて、それを治そうとも思っている。

 きっといつか大丈夫になるさ。俺も頑張って色々と方法を調べるよ。


 ……ただ次は壁に向かってではなく、俺たちの方を見て言ってほしいけどね!

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