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四十一個目

 段々と距離は縮まり、シルフの姿はより鮮明に見えるようになる。

 流れるように美しい緑の長髪、透き通るような白い肌、ゴツゴツとした顔、隆々とした筋肉……あれ?

 何か、近くで見ると少し印象が違うような……。正直、プロレスラーのようだ。


 彼女? 彼? は俺の前に立つと、俺たち全員を一瞥した。


「私のお気に入りの泉に人間がいるなんて、珍しいわねぇ? 何かあったのかしらぁ?」


 オネエ口調かよ! 物凄くツッコミたくなったが、ぐっと耐える。

 俺はツッコミを耐えながら、何とか笑顔を作り挨拶をした。


「はじめまして。自分は東倉庫の管理人をしている、秋無 流と言います」

「あらぁ? 礼儀の出来た人間でびっくりしちゃったわぁ! 私はフレイリス、シルフよぉ。よろしくね、ナガレちゃん」


 フレイリスさんはそう言うと、人差し指で俺の顎を撫でながらウインクした。

 俺の背筋がぞくぞくっとする。ナガレちゃん!? ちゃんってなんだ!? 後、なぜ顎を撫でたの!? そのハートマークがついていそうなウインクは何!?

 言いたいことが濁流のように口から流れでそうになるが、それも何とか堰き止める。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 確実に今まで会ったことがないタイプなだけに、動揺が隠せない。一体どうすればいいのかも分からない。

 誰か助け……。そうだ、知り合いがいたんだった。

 俺はすぐ近くにいたキューンをすかさず持ち上げて、自分とフレイリスさんの間にキューンの盾を作った。

 ふっふっふ、これなら容易く近づくことはできないだろう。

 完全に俺は混乱していた。


 だがフレイリスさんは違った。

 その強そうな両手を組んで右の頬の横に持ってきて、可愛らしいポーズ……? をした。

 そして彼女は俺の手にいたキューンを優しく取り、強く抱きしめた。やばい、盾がいなくなった。


「キューン! キューンじゃないのぉ! 最近見ないから、もう会えないかと思ったわぁ!」

「キュンキューン! キュンキュンキューン!(フーさんお久しぶりッス! ピンピンしてるッスよ!)」

「あらあらぁ、そうだったの! 元気そうで良かったわぁ!」


 二人の話は、俺の頭にはちっとも入って来ていなかった。俺に今必要なことは、他の盾を探すこと。他の盾はないのか探すと、ヴァーマさんとセレネナルさんが俺のすぐ後ろに立っていた。

 よし、この二人を……いや、二人の目が言っている。お前が盾だ、と。

 むぐぐ! この立ち位置を変えることは至難の業だろう。今は頭の上にいるセトトルが羨ましい。俺も妖精だったら、こんな心配をしないで済んだのに!


「ねぇねぇ、ナガレさぁん?」

「は、はい。どうかしましたか?」


 俺は急にフレイリスさんに話しかけられ、ドキッとする。

 ちなみに美しさなどへのドキッではない。緊張とか、生命の危機的なドキッの方だ。


「ここにはキューンを送り届けてくれたのかしらぁ? そうだとしたら、本当にありがとぉ。ずっとこの子のことを心配していたのよぉ」

「い、いえ、喜んで頂けて何よりです! では自分たちはこれで!」

「あらぁ? もう帰ってしまうのぉ? もう少しゆっくりお話ししましょうよぉ」

「すみません! 仕事もありますので! では!」


 そして俺は後ろへ振り返り、その場を脱出しようと……して、頭の上のセトトルにぽこぽこ叩かれた。


「ボス! 何してるのさ! 全然お話しもしてないよ! それにキューンを置いていっちゃうの!? 置いていったら、オレ怒っちゃうよ!?」

「いたっ、いた……くはないんだけど、気持ち痛いからやめてよセトトル」

「キューンキュンキュン!?(ボスは僕を捨てるつもりだったッス!?)」

「誤解だキューン! そんなつもりは毛頭ない!」

「キューン!?(でも腰が引けてるッスよ!?)」


 すまないキューン。どうやら俺にはフレイリスさんの扱いが分からないようだ。

 どうか無事逃げ帰って来てくれ! 武運を祈る! そんなことを考えていると、セトトルに髪を引っ張られる。

 ……とはいかないよね、うん。一応、仕事で来てるからね。はははっ、やだなぁセトトル。俺がキューンを置いて逃げるわけがないじゃないか。

 やれやれと、俺は大きく息を吐き出した。そして眼鏡をクイッと持ち上げる。

 そうだ、これは仕事だ。仕事なんだ。俺は人と接するのが得意だとは思わないが、仕事なら大丈夫だ。そう、仕事ならこの苦手な感じがするシルフとだって……!

 よし! いくぞ!

 俺は自分を何とか奮い立たせ、キューンを抱きしめているフレイリスさんに向き直った。


「今日ここに来たのは、フレイリスさんにご用事があったからなんです」

「私にぃ? キューンから聞いたのかしらぁ。一体どんなご用事?」

「キューン? なぜキューンの名前を? キューンの言葉が分かるんですか?」


 彼女は自信満々な顔でキューンと俺を見て、答えた。


「分かるわけないじゃなぁい」


 分からないんかい! 俺はフレイリスさんへのツッコミを、また耐える。さっきから耐えてばっかりだ。

 だが、段々ちょっと慣れてきて面白くなっている自分がいる。いや、そうじゃない。今は話を進めないといけない。


「ですが、名前を知っていましたよね?」

「あぁ、そのことねぇ? それはそうよぉ。私が名付け親だもの」

「え……キューンのお母さん!? キューンってシルフだったの!?」

「私は独身よぉ!」


 セトトルの見事なボケに、周囲にも笑いが生じた。和やかでとても良い雰囲気になっている。セトトルがいて本当に良かった。

 でもね、セトトル。名付け親ってのは別に産みの親とは限らないんだよ? 今度ゆっくり教えてあげよう……。


「もう、私がそんな歳に見えるのぉ? 本当にもう……うふふっ。面白い子たちねぇ」

「失礼なことを言ってしまって、すみませんでした。それで本題に入りたいのですが。実はフレイリスさんに、うちの倉庫で働いて頂けないかと思ってここまで会いに来ました」

「倉庫ぉ? 人間の町で暮らせってことぉ? そう、ね……キューン、この人たちはどうなのかしらぁ?」

「キューン。キュンキューン! キュンキュンキューン!(大丈夫ッスよ。ボスはいきなり襲いかかって来るような人じゃないッス! 何よりフーさんもぼっち卒業できるッスよ!)」

「そぉう? 確かに、ナガレさんはちょっと良い男よねぇ……」


 ぞくりっと、また背筋に悪寒が走った。なぜ俺に流し目を向けたんだ。やめてください。

 この二人、会話が通じていないのは分かるが、とても仲が良いのが分かる。

 それにしてもフレイリスさんは、ぼっちだったのか……。


「そうねぇ。キューンも信用しているみたいだし、一緒に行ってもいいわよぉ」

「本当ですか!? ……あ、そうだ。行く前に少し力を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「力? シルフに頼むのだし、風の魔法かしらぁ?」

「はい、実は……」


 俺はかくかくしかじかと説明をした。

 倉庫に荷物が増え、風の循環が悪いこと。空気が澱まないようにしたいこと。事務処理もしてもらいたいこと。

 そんなことを話した。


「それで、先に少し見せて頂ければと思いまして」

「構わないわよぉ。これでいいのかしらぁ?」


 フレイリスさんが右手を頭上に翳すと、風が弱く優しく、周囲を取り囲むように流れる。

 はっきり言って文句無しだ、扇風機を手に入れたような気持ちになる。だが、もう少し上のことも出来るのかが見たい。

 俺はもう少し力を見せてもらうことにした。


「十分です! 助かります! この風の魔法は、温度を変えたりもできるのでしょうか?」

「温度? こういうことかしらぁ?」


 彼女が頭上に翳した右手を少し動かすと、周囲の空気がほんわかと暖かくなる。

 そしてもう一度動かすと、ひんやりとした風が流れ出した。

 すごいなんてものじゃない。これならエアコン要らずだ! 後は今後、湿度も変えられるか調べたいところだ。

 俺は彼女へと、右手を差し出した。


「よろしくお願いします。あなたのような人が、うちの倉庫には必要です」

「あら、私が必要だなんてぇ……。ボス(・・)って積極的なのねぇ」


 なぜ頬を少し赤く染めた。いや、何となく分かってはいるが、俺には分からない。分からないんだ!

 俺は分からないまま彼女と握手し、うちで働いてくれることを感謝した。

 ……ボス? 今ボスって言ったよね? またこの呼び方定着してしまうのか。段々慣れてきている自分がいることも、ちょっとあれなのだが……。

 セトトルは少し興奮気味に、フレイリスさんに挨拶をする。


「フーさんすごい! オレにもこんなことができたらなぁ」

「フーさん?」

「あ、ごめんなさい。キューンがそう呼んでいたから、オレもついそう言っちゃった。オレの名前はセトトルだよ!」

「うふふ、別に構わないわよぉ。よろしくね、セトトルちゃん。でもキューンがそう呼んでいたって、どういうことかしらぁ?」


 俺はフレイリスさんの言葉を聞き、彼女の肩に軽く手を置いた。

 それを見計らったように、キューンが彼女へ話し出す。


「キュンキューン? キューン! キューンキュンキュン!(フーさん聞こえるッスか? 僕ッスよ! これからよろしくッス!)」

「……」


 フレイリスさんは固まり、目を点にしている。いい感じだ。

 そして機械のような動きでギシギシと体を動かし、俺を見てこう言った。


「キュ……キューンが喋ったわよぉ!?」


 とても常識的で良い反応だ。俺は彼女へ笑顔を返した。

 その反応を見て、俺はフレイリスさんと仲良くやっていける気がした。

 このとき、うちの倉庫に新たな仲間が増えた。三人目の仲間、シルフのフレイリス。


 ……あれ? もしかしてうちの倉庫って、俺以外人間がいない……?

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