四十個目
――二日後。
今日は倉庫を朝からお休みにした。そして前日準備した鎧などを装備し、三人で東門へと向かう。
東門のところではすでに、ヴァーマさんとセレネナルさんが待ってくれていた。
「お、来たな! 準備は万端か!」
「おはようございます、お二人ともよろしくお願いします」
「よろしくー!」
「キューン!(よろしくッス!)」
「はは、朝から元気だね。よろしく」
和やかな朝の挨拶を済ませ、俺たちは東門を出て街道の北側へ向かう運びとなった。ちなみに南へ向かうとダンジョンがあるらしいのだが、なんちゃって冒険者の俺には縁がないので行ったことがない。
ダンジョンから少し離れたところには、オークの集落もあるらしい。
最初は街道に沿って進み、キューンの案内に従って北側の森へと入ることにする。
だが森に入る手前で、俺たちは一時小休止をとる。ここまでは一切戦闘などもなく、完全にピクニック気分だ。
「ヴァーマさん、森の中には何か危険があるのでしょうか?」
「ん? そうだなぁ……。スライムとかバットとか、小物がいるな。大した奴じゃないから問題はないと思うぞ」
「でも気を抜いたらいけないよ。ウルフとかが出る可能性もある。森の中のウルフは厄介だからね、気を付けるにこしたことはないよ」
セレネナルさんの言葉に、俺たちは気を引き締める。
バットは蝙蝠、ウルフは狼のことだろう。どちらに襲われても、俺ではとても勝てる気がしない。絶対に二人から離れないようにしよう。
セトトルは俺の頭の上で、周囲を警戒してくれている。理由を聞いたら「何となく格好いいから!」らしい。
うん。警戒するに越したことは無いし、そのまま続けてもらおう。
キューンはというと、いつも通りぷるぷるとしていた。本当に読めないやつだ。
「よし、それじゃあ森に入るぞ。一番前は俺とキューン、その後ろにボスで最後尾はセナルだ」
「分かりました」
「しっかりオレが警戒するよ!」
「キュンキューン!(道案内は任せてほしいッス!)」
「了解」
何となくゲームのPTプレイを思い出す。
タンクが前衛、魔術師は後衛。キューンはタンクではないが、道案内なので斥候といったところだ。
森の中へと入る。とはいえ、森は木が生い茂っていて歩くことすら簡単ではなかった。
すでに整った山道などを想像していた俺には、これはかなり辛い。
だが獣道みたいな場所を選んでくれているようで、ヴァーマさんが草木を払ってくれていれば何とか進むことはできた。
とりあえず転ばないように足元を気をつけつつ、俺もショートソードで草木を払いながら進む。足元が不安定で、神経がすり減って行くのが分かる。
それでも進まないと行けない。俺は……扇風機代わりとなるシルフを仲間にするんだ!
それからどれくらい進んだのかは分からないが、ヴァーマさんがしゃがみ込み手を上げた。
これは事前に決めていたサインで、止まれという意味だ。
俺たちもヴァーマさんに合わせるように、しゃがみ込んだ。
前にヴァーマさんがいるとはいえ、何がいるのかが気になる。覗き込みたいが、そういうわけにもいかない。
俺たちにできることは、じっと座ってヴァーマさんの指示を待つことだけだった。
心臓は大きく脈打ち、荒くなりそうな息を抑える。ピリピリとした緊張感で、何か分からないものに押し潰されそうになるのを、必死に耐えた。
少したつと、ヴァーマさんがこちらを向いた。
「もういいぞ」
その瞬間、緊張が解けて一気に息を吐き出した。
「ぶはーっ……。はぁ……はぁ……。後ろからは見えなかったんですが、何かいたんですか?」
「あぁ、何かの影が見えたんで隠れたんだがな。木の影から見えた感じからすると、ありゃオークだな」
「オーク? お待ちよヴァーマ。オークがいるのは南のダンジョン付近だろ? 集落がそっちにあるからね」
「俺もそこはおかしいと思ったんだが……。何かあるのかもしれないな。だがまぁ、そう鉢合わせることはないだろう。町に戻ったら、冒険者組合に報告しておくとしようぜ」
二人は冷静に状況を判断していた。
すごいな、これが冒険者か。……ゲームやアニメで見たときは、こんな風になった自分をよく想像したものだった。
だが今ならはっきりと言える。
こんな緊張感には耐えれません! 俺は町で細々と生きていくのが精一杯な小市民ですよ……。ドラゴンを倒したり、魔王を倒すようなことはできません。
いや、何か隠された力などが目覚めれば! ……ないな、そんな夢を見るには現実を知り過ぎている。
大人になるって悲しいことだな……。
その後も少しずつではあるが、警戒をしながら先へと進んだ。
ゆっくりゆっくり、着実に進む。すごく……つらいです……。
そんなときだった。急に止まったヴァーマさんに、俺がぶつかってしまったのだ。
「す、すいません」
「おう、着いたみたいだぞ」
「え?」
「キュン!(到着ッス!)」
前を覗き込むと、そこは開けていた。そして小さな泉がある。
木々が生い茂っていたとはいえ、全然気づいていなかった。緊張しすぎると視野って狭くなるんだな、よく覚えておこう。
泉に近寄り、俺たちはヴァーマさんとセレネナルさんの指示に従って休憩をとることにした。
全身への疲労感がすごい、体が重くなったように感じる。なのに、安全そうな場所で休めることで心は楽になっている。
泉の水で顔を洗い流すと、清々しい気持ちになる。疲れだって吹っ飛びそうだ。
セトトルも同じ気持ちだったようで、とても嬉しそうな顔をしていた。
「セトトル、気持ちいいね」
「うん! 頑張った甲斐があったね!」
二人でここへ到着できたことを、手を取り合い喜んだ。
……いや、待ってほしい。到着できて満足? 俺の目的は、ここに到着して終わりじゃない!
そこで俺はやっと我に戻った。疲れすぎていたとはいえ、完全に目的を忘れていた。むしろ、さぁ帰りも頑張るぞ! そんな気持ちになってすらいた。危ない危ない……。
「キューン、ここに知り合いのシルフがいるって言っていたよね?」
「キューン……キューン(そのはずなんッス……でも見当たらないッス)」
まぁそれは仕方ないことだ。俺たちは特に連絡をしてからここに来たわけではない。もちろんこんな森の中への連絡方法があるとも思えない。
となると、ここでシルフに会えるかどうかは運でしかなかった。
……そして運悪く会えなかった。これはもうどうしようもないことだ。
「で、どうするんだいボス。小休止をとって戻るかい?」
「そう、ですね……」
「んん……。会えなかったのは残念だったね。お手紙を送っておけば良かったのかな」
セトトルよ、東の森のシルフさん宛にお手紙を書いても、郵便配達の人は困ると思うぞ。
そんなセトトルに和みつつも、どうするかを考える。俺はセレネナルさんの質問に即答しかねていた。ここまで来たのに、何も得ずに帰るのも少しやるせない。
キューンに、この近辺で他に思い当たる場所がないかを聞いてみよう。そしてそこも駄目だったら……帰るしかない。
うん、出来るだけのことはやろう。俺がそう思いキューンに話しかけようとしたときだった。
キューンがじっと森の方を見て、呟くように言った。
「キュン(来たッス)」
「来た?」
「シルフ!? どこどこ!?」
セトトルの言葉で、俺はハッとする。
今この段階で来ると言えば、セトトルの言う通り一人しかいない。俺たちはキューンが見ている方をじっと見る。
……確かに、遠くで何かが動いていて、近づいてくるのが見える。あれがシルフ?
それは段々と近づいて来て、その姿がはっきりと分かるようになっていく。
流れるような美しい緑の長髪。透き通るような白い肌。
遠目ですらその美しさが分かる。あれが……シルフ。
俺はまだ遠くから、こちらへとゆっくり近づいて来ているシルフを見る。
そしてその姿から目を離すことができずに、ただ見つめていた。