三十八個目
浮かれているフリをしていた俺は、カウンターに思い切り脛をぶつけて倒れる。そして他の人に見えないよう顔を隠した。実はあまりの激痛で涙目になっている。超痛い。
脛を擦りながら涙を拭い二人を見ると、先程とは違って笑顔になってくれていた。まだ涙の跡が少し残っているが、もう大丈夫そうだ。
さて、まずは二人にちゃんとお礼を言わないとな。
俺は脛の痛みに耐えながら立ち上がった。
「本当に二人ともありがとう。大事に使うよ」
「ボスがそんなに喜んでくれて良かった! ボスがそんなになるところ、オレ初めて見たよ!」
「キュンキューン! キューン!(物凄く浮かれてたッス! 良かったッス!)」
それを聞き、覚悟をしていたのにとても恥ずかしくなった。たぶん今ごろ顔は真っ赤だろう。
周囲には、いつの間にか室内に戻って来ていたアトクールさんがおり、ダグザムさんとにやにや笑っていた。すっごい恥ずかしい! でもいいんだ、俺は頑張った! ……頑張ったんだ。
「いやぁ、ボスにもそういうところが……ぶふっ」
「……ダグザム、笑ってはしつれ……ぷっ。ごほん、失礼」
ぐうう、言いたい放題だ! でもそう思ってくれたのなら、俺の演技も悪くなかったということだろう。
うん、そうだ。丸く収まったんだ。
そんな俺に、ハーデトリさんがそっと近づき耳打ちした。
「私が余計なことを言ったばかりに、申し訳ありませんでしたわ。ですが、優しい方であの二人も幸せだと思いますの」
これを聞いた瞬間、全部バレていたことを知った俺の顔がもっと真っ赤になったのは、言うまでもないことだろう。
荷物が来る、状態の確認をする、預かり証を用意する、色をつける、倉庫にしまう、置き場や色を記載して残す、預かり証を渡す。
サインをしてもらったりもあるが、大まかに言うとこんな工程を150箱分繰り返す。
途中で昼休憩を挟んだとはいえ、終わったときには夕方になっていた。一番時間がかかるのは状態の確認、検品作業だ。変な物を預けられても困るので、仕方ないところだ。検品作業は人力で何とかするか、完全密閉状態で預かるくらいしか手がない。うちでは一度も開けていません。これくらいしか今のところは思いつかない。
ちなみに南倉庫から来た荷物は、比較的にだが中身も大型の部品などが多かった。
北倉庫の荷物は細かい日常的な雑貨品や薬と思しき瓶。西倉庫は装飾品など高そうな物。各倉庫に預けられる品物の特徴のようなものが、少し分かった日だった。
大体片付き、疲れ切ったセトトルとキューンを早めに二階に戻らせて休ませる。やっと一息つける。
そんな俺の背中を、ダグザムさんが叩いた。
「おう、お疲れボス」
「……お疲れ様です。あの、ボスじゃなくてナガレで大丈夫ですよ?」
「いや、何か慣れちまってな」
一体なぜダグザムさんが、ボス呼びに慣れたのかは分からない。だが一つだけ、はっきりとしていることがあった。
三人共、俺をボスと呼ぶようになったということだ。またあらぬ噂がたちそうで怖い。
「じゃあ、とりあえず期間は一ヶ月ってことでいいか? 金の方は商人組合を通して届くようにしておく」
「はい、それでお願いします」
「まぁでかすぎる物や重すぎる物は持ってこなかったから、問題ないだろ。会議で箱の大きさとかを確認しておいて良かったな」
「確かにそうですね。普段扱う木箱とそこまで差がない物が多かったので、これなら対応できます」
どうやらちゃんと考えていてくれたらしい。ありがたい。
他の二倉庫から来た荷物も、そこまで大きさに差はなかった。中身は細かい物の場合もあるが、問題ない範囲。
倉庫の中も、冒険者預かりの荷物と合わせて恐らく半分ほど埋まった。使用率50%といったところか。
あまり詰め込み過ぎるのも効率が悪いし、量も考えてくれたのだろう。感謝しかない。
ただし、朝連絡もなしにいきなり持ってこなければである。
そうだ、そのことだけはちゃんとビシッと言っておこう。
荷馬車も全部帰らせ、まったりとしている三人の前に俺は立った。言うぞー!
「今日は本当にありがとうございました。自分たちだけではこんなにスムーズに行きませんでした」
「……いえ、こちらの管理方法は私たちも参考にさせて頂きました。それと謝罪をしておきます」
「謝罪、ですか?」
「はい。気を使ったつもりだったのですが、全員が重なり余計大変なことになっていました。完全に私たち三人の落ち度です。申し訳ありません」
「すみませんでしたわ」
「アトクールの言った通りだ。本当に悪かった」
あれ? 何この雰囲気。すごく良い話でまとまっちゃってる。またこのパターンかよ! って言ってやりたい。
ビシッと! ビシッとこう……。だめだ、疲れもあって気が抜けてしまった。どうしてこう、先に謝られると人は優しくなってしまうのだろう。
悪い人たちじゃないんだよなぁ。仕方ない、今日はやんわりと言っておこう。
「確かに日時などはしっかり調整しなければいけないと、自分も反省いたしました。次からはいきなり持ってくるのはやめてくださいね?」
「はい、分かっていますわ」
これで話は綺麗にまとまってしまった。
先に謝られると、どうしても機を逃してしまう。むぐぐ、ちょっとだけすっきりしないがしょうがない。
また同じようなことをやる人たちじゃないと信じて、今日は良かったことにしよう。
「それでは、私たちはこれで失礼いたしますわ」
「はい、一日お疲れ様でした。本当にありがとうございました」
俺は深々と三人に頭を下げる。三人は軽く手を振り、帰って行った。
つ……疲れた。
俺がカウンターの椅子に体を預けぐったりとしていると、二階から降りてくる足音がする。
いや、訂正しよう。足音ではなく、ぷにょんとか、にゅろんとか、ぽよんとか、そんな聞きなれたちょっと変わった音だ。
「ボスお疲れ様ー……」
「キューン……(ぐったりッス……)」
「二人とも本当にお疲れ様。倉庫の中には一応入ったし、細かい整理は明日にしようね」
二人は疲れ切った様子で、へなへなと俺の頭と膝の上に乗った。
最近の二人の定位置は、大体ここだった。セトトルは肩やキューンの上にいることもあるが、キューンは大体膝の上だ。
俺たち三人は、やっと一息つけてまったりとする。明日からは来たとしても冒険者の人だろうし、焦って今日やることはないだろう。
だが、色々な課題も見つかった。
前から気になってはいたが、人員が足りていない。今回のことで収入も増えるし、増員が必要だろう。とはいえ人件費の問題はとても大きい。一人が限界だろうな……。
それと倉庫内の風の循環が気になる。荷物が増えたことにより、風の流れが当然悪くなる。そうなると空気も悪くなってしまう。
うーん……。風の魔石は前に調べたが、使用方法と釣り合った物を買うとなると、ちょっと高すぎる。
何かいい手はないものか……。
俺が悩んでいると、セトトルとキューンがこちらを見ていた。一人でうんうん言っていたから、心配されたのかな?
「何か悩みがあるの? オレたちに相談してよ! 頑張るよ!」
「キュンキューン!(ボスのために頑張るッスよ!)」
うん、二人の言う通りだ。俺はこちらの世界で分かっていないことが多すぎる。
ここは素直に打ち明けて、相談してみよう。
「実は、人員を増やしたいと思っているんだ。とりあえず一人増やしたい。後、倉庫内の空気も良くしたい。だから風の流れを何とかできないかと考えていてね。全然良い案が浮かばなくて困っていたんだ」
「風……? 風の魔法を使える人を雇いたいってこと?」
なるほど、セトトルの言う通りだ。風の魔法が使える人を雇えば、一発で解決する。確かにそれなら一石二鳥だ。
魔法というものに馴染みがなかったため、全く思いつかなかった。一度しっかりと、魔法について勉強しないといけないな。
風の魔法が使える人募集か……。限定的すぎないか? 収支がしっかり分かってから、別々に二人雇った方がいいかな? いや、でも人件費が……二人は厳しい。
そんなことを考えていたら、膝の上にいるキューンがぷるぷると震えながら俺に伝えた。
「キュン、キュンキューン! キュンキュン!(それなら、僕の知り合いに風の精霊が一人いるッス! シルフッスよ!)」
「風の精霊? 確かにその人が雇えたら、助かるね。でも……」
何て都合が良いんだ! ……とは言えないよなぁ。
正直、今回はセトトルのような妖精サイズの人よりも、事務仕事もこなせる人の方が助かる。
となると、残念だがそれは厳しい。
「ごめんねキューン。少し言葉が足りてなかったよ。今度は書類とかの事務仕事もこなせる人がいいなって思ってるんだ」
「キューンキュン? キュンキュン、キュンキュンキューン?(シルフじゃ駄目ッスか? ボスよりは小さいッスけど、それなりの大きさはあるッスよ?)」
「前言撤回するよ。ぜひその人を紹介してほしい」
「キューン! キュン!(良かったッス! 了解ッス!)」
「やったー! オレたちに新しい仲間が増えるかもしれないね!」
渡りに船とは、正にこのことだ。
それにしても都合良く、必要な人が見つかるものだ。セトトルもキューンも、うちの倉庫にはなくてはならない人物。
そして今度も探す前から、当たりが見つけられた。今の俺は、すごくついているのかもしれない。
……いや、そんなことはない。
良く考えたら、元の世界であれだけひどい目にあって異世界に来たんだ。
これくらいの幸運があっても良いよね?
俺は誰に言うでもなく、天井を見上げながら自分の幸運を喜んだ。