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三十七個目

 俺の挨拶に機嫌を良くしたのか、ハーデトリさんはにっこりと笑顔を向けてくれた。

 もしかしたら元々機嫌が良かったのかもしれないが、それは分からない。


「おはようございますナガレさん。部屋に入ってから気になっていたのですが、なぜ箱に色を塗っていますの?」


 俺はダグザムさんとアトクールさんにした説明を、もう一度することに若干辟易としながら説明した。

 そんな事をしていれば仕事の進み具合はどうなるだろうか? ……当然のように、仕事は遅々として進まない。纏わりついている三人がいる以上しょうがない。

 どんどんと運び込まれる荷物。忙しそうに動くセトトルとキューン。三人の相手もしていて、いっぱいいっぱいの俺。

 荷物? そう荷物だ。荷物はどこから運び込まれている? 当然、荷馬車だ。

 ここに今いるのは三人。持ってきた量は一人五十箱。

 俺は慌てて外に出た。


 扉を開けて見回すと、荷馬車荷馬車荷馬車。長い荷馬車の列が出来ている。

 これは良くない。非常に良くない。というか、いつものおばさま方がすでにヒソヒソと噂話をしている。

 俺はおばさま方に軽く会釈をし、急いで中へと戻った。

 箱を見ながらあーだこーだと話している三人に近づき、頼みごとをすることにした。


「すみません、ちょっとお願いがあるのですが」

「ん? どうした? 厄介ごとか? 俺に任せてくれ!」

「……できることなら協力させて頂きますよ? 私にお任せください」

「何がありましたの? ここはアキの町一番! 西倉庫の管理人の私にお任せくださいませ!」


 頭痛い。

 この人たち、酔ってなくても競ってるの? どうすればいいか……。

 一人に頼むと、面倒なことになりそうな気がする。

 俺は瞬時にそう判断した。ここは一人だけじゃなく、三人に頼もう。


「実は荷馬車が列になっていて、この辺りの人にも迷惑がかかっていると思うんです。なるべく早く処理するためにも、ご協力をお願いしたと思っています」

「分かりましたわ! 何をすればいいんですの?」

「はい、まずは外で交通の整理をしてくださる方。中でセトトルやキューンと一緒に荷物の整理を手伝ってくださる方。自分の近くで預かり証関係を手伝って下さる方。このような形で、三つに分かれて手伝って頂けるようにお願いしたいと思っています」


 三人は自信たっぷりに頷いていた。正直に打ち明けて良かった、前向きに協力してくれそうだ。

 うちは大量の荷物が来たときに、処理能力に限界がある。このこともしっかり覚えておかないといけない。

 今日は特別な状況過ぎるが、今後は人員の増強も考えないといけないな……。

 俺がそんなことを考えていると、いつの間にか笑顔の三人に囲まれていた。笑顔なのに、なぜか威圧感がある。まるでならず者に囲まれているような心境を、俺は味わっていた。


「では、私がナガレさんの近くでお手伝いをいたしましょう!」

「おいおい、それは俺の役目だろうが! 最初に来てたのは俺だぞ? 色管理に興味があるからって、それはないんじゃないか?」

「……各々が自分に合った役割を受け持つのが最善でしょう。ここは私がナガレさんの近くで手伝うのが、一番効率的かと」


 あはは、おかしいなぁ。せっかく三つの仕事を絞り出して考えたのに、また喧嘩が始まっちゃったぞ。ちょっとイラッてしてきちゃうなぁ、あはははは。

 俺のそんな気持ちには全く気付かず、三人はこの忙しい中でも言い争いを続ける。

 一応宥めたりもしてみたが、聞く耳持たない状況だ。もう、なんというか……ねぇ?

 断りもなく、勝手に気を使って持って来られた荷物、忙しいのに言い争う三人、窓から中を覗き込む町の人たち。

 状況を改善するためにも、まずはこの三人を黙らせ……失礼。静かになってもらう必要がある。

 俺は言い争う三人を無視し、わざと強い足音を立てながらカウンターへと近づいた。そんな俺を、セトトルとキューンが慌てた顔で見ている。……キューンの顔は分からないが、たぶん慌てている気がする。

 俺はそのままカウンターを、思い切り平手で叩いた。

 バンッ! と大きな音がし、全員が驚いた顔で俺を見た。俺の行動により、室内には急に静寂が訪れる。

 ふぅ、少しすっきりした。ここからは落ち着いていこう。俺は眼鏡を軽く押し上げ、気持ちを切り替える。

 三人を見ると、完全に固まったまま俺を注視していた。そんな三人へ、俺は笑顔を向けて話しかける。


「アトクールさんは最初に外で交通整理。ハーデトリさんはセトトルとキューンの手伝い。ダグザムさんは僕の手元をお願いします」

「ちょ、ちょっと待ってください。私はあなたの管理方法を見学させて頂きたいと」

「自分の倉庫から持ってきて頂いた荷物へ切り替わったときに、持ち場を変えます。いいですね」

「お、おい。俺は出来ればずっと色管理ってやつをだな」

「わ、私もこちらの変わった管理方法を……。あぁでも、あの二人と一緒に仕事もしたいですわね」


 俺はそれ以上の台詞を三人に言わせず、もう一度カウンターを強く平手で叩いた。

 大きな音がし、三人はビクリとする。

 三人を笑顔のまま一瞥し、もう一度告げる。


「い い で す ね ?」

「「「はい! ボス!」」」


 三人は慌てて走って持ち場へと移動した。

 最初からこのくらいスムーズに動いてもらいたいものだ。 だがこれで、少しは大人しくなってくれるだろう。

 ……少しやり過ぎた感があったことは認めるが、言っても聞いてくれなかったためしょうがない。

 やっぱり仕事はスムーズにやらないとね! 良かった良かった。

 そんな俺を、セトトルとキューンがキラキラとした目で見ている。どうしたんだろう?


「ボスかっこいー……。三人を黙らせちゃったよ」

「キュンキューン!(やっぱりボスは最高ッス!)」


 いや、黙らせたんじゃないからね? 確かにちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怒ってたことは認めよう。

 でも協力を求めたんだよ? そこだけは間違わないでくれよ二人とも?

 ……手がヒリヒリする。見てみると、赤くなっていた。ちょっとだけ痛いような痒いような感じがした。

 それにしても今日は仕事が増えたけど、散々な日だ。でもだからこそ、今から挽回していかないといけない!


 俺は気合を入れ直し、仕事に取り掛かる。

 外から入ってくる荷物も、次々と入ってくることはなくなった。中の様子を確認してから入れてくれている。

 交通整理だけでなく、そこまで手を回して頂きアトクールさんありがとうございます。


 セトトルとキューンの方も、ハーデトリさんが手際良く手伝ってくれるお陰でセトトルの顔に笑顔が出始めていた。

 そしてダグザムさんも、先程とは全く違った。なぜか恐る恐る質問をしてくる。そんなに萎縮しなくても良いと思うのだが……。


 そんな俺に、今度はハーデトリさんが恐る恐る聞いてきた。先程のことが効きすぎているのかもしれない。少しやり過ぎてしまったかな……。


「あ、あの……」

「どうかしましたか?」

「いえ、少し気になっただけなのですが、なぜエプロンをしているのかと思いまして」

「なるほど。作業着なども考えてはいるのですが、中々良いのがなくて……。ハーデトリさんみたいなツナギも良いですね」

「!! ですわよね! これはわざわざ専用にピンク色に塗って頂きましたの! 着心地なども一番良い物を選びましたわ!」


 どうやら自慢のツナギだったらしい。彼女は嬉しそうに自慢していた。

 もちろん作業の手は止めていない。別に仕事ができているのならば、話していても俺は気にしない。

 ツナギの有用性について話していると、何か悲しそうな声が聞こえてくる。

 何だろうと見てみると、悲しそうな顔をしたセトトルとキューンがいた。


「ツ、ツナギを買った方が良かったんだね……。ボスもツナギが良いって……オレ頑張ってキューンと……ぐすっ」

「キュ、キュン。キューンキュン。キューン……(あ、姐さん。気づかなかった僕も悪いッス。お力に慣れず申し訳ないッス……)」


 え? あの二人は何であんなに悲しそうに話しているんだ?

 俺は作業をやめ、二人に近づいた。一体どうしたのだろう。


「二人とも、どうしたんだい?」


 俺が聞くと、涙を目一杯に溜めて耐えているセトトルと、まるで水溜まりのように潰れてへこんでいるキューンがいた。それを見て、物凄く慌てた。一体何があったのか分からないが、これは良くない。何とかしないといけない。

 動揺を無理矢理押し隠し、セトトルとキューンを撫でてやる。

 どうしようどうしよう、こういうときどうすればいいんだろう。何から聞けばいいんだ? 怪我をした感じじゃないよな? えっと、何か嫌なことがあった? 荷物がたくさん来て忙しいから!? まずは休憩させて落ち着かせるべきか?

 俺が勝手にあたふたと悩んでいると、セトトルが俺を見上げて言った。


「……ボズ、ごべんね。ツナギをがえばよがっだよ」

「え? ツナギ? ツナギを買えば良かった? なんで謝ってるの?」

「ぢょっどまっでね」


 セトトルは二階へと飛んで行き、何か袋を持って戻って来た。

 そして泣きながら俺に渡す。

 これが原因で泣いているらしい。何が入っているのかも分からず、俺は慎重に中に入っていた物を取り出した。

 ……布? 服? 広げて見たら、何かはすぐに分かった。

 濃い緑色? いや、うぐいす色の方が近い感じがする。それはエプロンだった。


「ぐすっ……ぐすっ……」

「キューン……(申し訳ないッス……)」


 大きさ的に考えて、セトトルやキューンのじゃない。

 先程の話を考えても……俺の!? 俺へのプレゼント!? そうだとしたら、すごい嬉しい。正直、嬉しくて泣きそうだ。

 だが、こんな人前で泣くわけにはいかない。俺は何とか涙をグッと耐える。


「これ、もらってもいいのかい?」

「……でも、ツナギじゃないよ?」


 そうか、だから悲しくなっていたのだ。

 俺はそれを聞き、今着ていたボロいエプロンを脱ぎ捨てた! お世話になったよエプロンくん! ありがとう!

 そしてもらったエプロンをバッと広げ装着する! お? 前で結ぶタイプなのか。何か少し格好いい。

 俺はキュッと紐を前で結んだ。いいじゃないか、格好いい気がする!

 ……いや、今は格好いいとか思ってる場合じゃない。セトトルとキューンの悲しみを拭い去らなければいけない。

 そう考えた俺に、一つの妙案が浮かんだ。

 周りが引くほどに物凄く喜んだら、二人の悲しみも吹き飛ばせるんじゃないだろうか?

 そうだ、俺が少し恥をかけばいいだけのこと。よし、やるぞ……! 俺は覚悟を決めた。

 不肖、秋無 流 28歳! 恥を忍んでやらせていただきます!


「や……やったああああああああああ! エプロン!? え!? プレゼント!? セトトルとキューンから!? ありがとう! やった! すごい嬉しい! 本当に!? うわあああああああああ! いやっほおおおおおおおお!」


 俺は周囲がドン引きするほど喜んだ。だがそう思われても構わない。道化にだってなろうじゃないか! あの二人のためなら!

 そんな俺を見て、セトトルとキューンが慌てて声をかけてくる。


「ボ、ボス落ち着いて」

「キュンキューン!(荷物も多いから危ないッス!)」


 俺は二人へと笑顔を向け、親指を立ててはっきりと言った。


「無理!」

「ええええええええ!?」

「(物凄く喜んでくれてるッス! 良かったッス!)」


 俺は人生の最高潮だと言わんばかりに浮かれ続けた。  

 今ならドラゴンにだって挑めるぞ! いるのかも知らないし、勝てないけど!

 そのくらいの気持ちで、浮かれ続けた。

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