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三十五個目

 俺は今、後悔している。

 友好を深めるためにも、一緒に食事を。なぜ、そんなことを考えてしまったのだろう。

 俺がそんなことを思っているとは露知らず。目の前では、喧嘩一歩手前の雰囲気で言い争っている三人がいた。


「ですから! 西倉庫が一番ですわ! そんなことは分かりきっていますのよ!」

「西倉庫なんて軽いもん運んでるだけだろうが! 倉庫はパワーだ! 南倉庫が一番だ!」

「……やれやれ。効率という言葉も知らないお二人が一番? ありえませんね。北倉庫こそが一番です」


 こんな言い争いが3時間! 延々と続いているのだ!

 机の上には空いた大量の酒瓶。そして続々と追加される酒。

 ……ここが、地獄か。


 空いた酒瓶を下げに来るおやっさんとウルマーさんにも、何度も注意された。店の中で喧嘩をするなと。

 その度に俺が謝り、残りの三人は追加注文。

 セトトルとキューンは、俺の膝の上でなぜかぐっすり眠っている。この二人を撫でることで、俺は何とか自分を保っていた。

 そして、本日何度目になるか分からない怒声が響き渡る。


「うちが一番でかいもん扱ってるだろ!」

「……私の倉庫が、一番綺麗に整理をされています!」

「両方に置いて、西倉庫が一番ですわ!」


 もうやだ……。喧嘩が始まるたびに、周りの人へ頭を下げる。そして、あんたも苦労しているな……。そんな顔をした他の客に同情される。

 もう嫌だ。誰か、助けてください。

 ……そして、俺のそんな祈りは届いた。最悪の形で。


 ドンッと、いきなり机の上にでかい酒瓶が置かれる。その酒瓶を置いた人物は、そのまま椅子を持ってくる。そして俺たちと同じ机を囲むように座った。


「もうね、店側としての注意も限界。大人しく帰るか、一発勝負してケリをつけるか。はっきり決めましょうか!」


 ウルマーさん……何て男前なんだ!

 ここまで言われれば、三人だって大人しくなるに決まっている。いい大人が勝負にのるわけがない。


「上等だ! やってやろうじゃねぇか!」

「……受けて立ちましょう」

「何をやっても、一番は私ですわ!」


 何なのこの酔っ払いたちは! やめようよ! 仲良くしようよ! 帰ろうよ!

 ……でも口に出しては言えず、苦笑いを浮かべることしかできない。とても弱い俺。

 机の上に置かれた大きな酒瓶、そして五つの小さなグラス。この後の展開は、簡単に想像がついた。


「よし、じゃあやりましょう! これは『決闘酒』! 普通の酒より遥かに強いお酒よ。五人で同時に一杯ずつ飲んで、最後まで残ったやつが勝ち! 単純でしょ」

「……勝ったら、どうなるのですか?」

「勝ったやつが一番! 私が勝ったら、今後うちの店で喧嘩はしない! どう?」

「はっはっは、いいじゃねぇか! サイクロプス舐めるなよ!」

「上等ですわ!」


 すでに大量の酒を飲んでいるのに、全員やる気満々だった。お酒は楽しく。そう誰か教えてやってほしい。無論、俺がいないところで教えてあげてください。巻き込まれたくないし。

 だが、とりあえずこの勝負が終われば、潰れるか帰るかしかないだろう。

 俺は諦めて、成り行きを見守ることにした。


 そしてウルマーさんがグラスにお酒を注ぎ、全員の前へと置いて行く。……あれ? あれあれ? おかしいなぁ、ウルマーさん酔ってるのかな? 俺の前にもお酒があるよ? やだなぁ、はっはっは。

 これはちゃんと言わないといけないね!


「ウルマーさん、自分はお酒は付き合い程度でしか飲まないんです。なのに『決闘酒』が差し出されたみたいなんですが……」

「さぁ、それじゃあ最初くらいは気持ち良く乾杯しましょう? みんなグラスを持って」


 俺の言葉は完全に無視され、四人がグラスを持つ。あ、聞いてもらえないんですね……。俺は仕方なく、同じ様にグラスを持った。


「「「「「乾杯」」」」」


 チリン、と小気味良い音を立てたりはしない。すでにぐでぐでの酔っ払いどもばっかりだ。チャリチャリガキガキと音をたて、乾杯をした。

 そしてグイッと、全員が小さなグラスに注がれた『決闘酒』を飲み干した。

 あ、これやばい。すっごいやばいね。火を吹くとかじゃなくて、痛い。飲んだ瞬間に、殴られたような衝撃が走った。そして全身に火が回るかのような勢いがあった。こんなものを飲んで、他の人は大丈夫なんだろうか?

 ……見るまでもなく、大丈夫ではなかった。

 揺ら揺らと揺れているダグザムさん。黙って固まっているアトクールさん。

 ハーデトリさんだけが、燃えるような目でウルマーさんを睨みつけていた。


「どうかしら? 殴られたような衝撃が走るでしょ? 『決闘酒』の銘は伊達じゃないってね」

「こんな……お酒を……! やってくれますわね……東通りの歌姫」

「あらあら? 店に迷惑までかけて、自信満々で勝負を受けたのに一杯目でダウン? 西通りの鬼姫さんは噂ほどじゃないみたいね」

「言ってくれますわね……!」

「「うふふふふふ……」」


 二人の間に、火花が散っている。怖い。

 東通りの歌姫に、西通りの鬼姫? 確かに二人ならそう呼ばれてもおかしくはない。でも今の二人を見ると、俺には鬼が二人いるようにしか見えなかった。

 そしてそのままの勢いで二杯目、三杯目……。段々とみんなグラスの置き方が荒くなる。飲み終わったグラスを、叩きつけるように机に置くようになった。

 最早、意地だけで飲んでいるとしか思えない。

 そんな俺たちとは裏腹に、周囲には客が集まり出していた。俺たちの机を囲み、飲めーやれー負けるなーと、言いたい放題だ。

 あっち側に混ざりたいとも思わないが、こっち側からも逃げたいのですが……。


 そして七杯目を飲み終わったとき……、アトクールさんの動きが完全に止まった。

 空のグラスを手に持ったまま、下を見ながらぶつぶつと何か言っている。今、アトクールさんは完全に終わった。

 そしてその姿を満足そうに見たダグザムさんは、八杯目を飲み干したと思うと、椅子に体を預けたまま動かなくなった。


「うおおおおおおおお!」

「後は歌姫と鬼姫だけだ!」

「麗しのウルマー! 負けないでくれ!」

「面白くなってきたね」


 いや待て。聞いたことがある声がした。

 俺たちを囲んでいる客を見ると、ヴァーマさんとセレネナルさんが混じっている。すごく面白そうにこちらを見ている。

 うぐぐ……。面白がりやがって! 変わってくれよ!


 九杯目……十杯目……十一杯目……十二杯目も飲み干した。

 この二人、どこまで飲み続けるつもりだろう? このままじゃひどい醜態を晒すことになりかねないんじゃないだろうか? でも目が据わっているどころか、血走っている二人にとても声は掛けられない。

 まだ余裕だと言わんばかりの顔を見せるウルマーさん、そしてふらふらとしているハーデトリさん。

 そんな姿を見て、ここが勝負所と言わんばかりに、ウルマーさんが追い打ちをかけた。


「鬼姫に一つ教えてあげる」

「……なんでしょうか?」

「私はこの勝負で負けたことないの。ちなみに最高記録は十五杯よ!」


 そう告げた後、ウルマーさんは一気に十三杯目を飲み干した。

 十三杯目のグラスを持ったまま、ぷるぷると震えるハーデトリさんがやっとの思いで声を絞り出す。


「ぐっ……。ま、負けましたわ」


 グラスを持ったまま、ハーデトリさんは机に突っ伏した。そしてこの時、この最悪の勝負に終止符が打たれた。

 周囲を囲む客は、今日一番の歓声を上げていた。


「ウルマーが勝ったぞ!」

「歌姫が鬼姫に勝った!」

「うおおおおおおおお!」


 周囲の酔っ払いは大喜びだ。全員がウルマーさんの勝利を称えていた。

 俺も、やっと勝負が終わったことを喜んでいた。

 しかしその騒がしいほどの歓声で、セトトルとキューンが目を覚ます。


「……ボス? おはよう? オレ眠い……」

「キューンキュン……(僕まだ掃除終わってないッス……)」

「うん、そろそろ帰るよ。二人ともごめんね? 今はとりあえずウルマーさんに拍手をしようか」


 そして俺たち三人も、ウルマーさんへ惜しむことなく拍手をした。キューンはぷるぷる揺れていた。


「ありがとう! みんなありがとう! ……あはは、あれ? ちょっとふらつくかな」

「ウルマーさん大丈夫ですか?」

「大丈夫、ありがとうボス……。え、ボス? 何で? ……あ、駄目」


 それだけ言い残し、ウルマーさんも机に突っ伏した。

 この誰も得をしない勝負は、四人が潰れることで終止符を打った。

 やっと勝負が終わったことに満足していた俺へ、なぜか静かになった全員の目が向けられる。俺、何かしたっけ?

 俺が悩んでいると、いつの間にか来たおやっさんが恐る恐ると言った感じに声をかけてきた。


「おいボス。お前同じ量飲んでなかったか……?」

「あ、はい。そうですね。潰れた人はどうしましょうか?」

「あ、あぁ。そっちは店の方で何とかしておくから大丈夫だ。支払いもこいつらがするから問題ない。それよりもさっき聞こえていたんだが、お前最初に酒は付き合い程度しか飲まないって言ってなかったか?」


 もしかして、おやっさんは心配してくれているのだろうか。こんなに気を遣わせてしまい、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 だから俺は決めた。おやっさんに大丈夫だというところを見せ、気持ち良く帰ることにしよう。


 俺は手に持っていた十三杯目のグラスを一気に飲み干す。そして『決闘酒』を手にとり、十四杯目を注ぎ同じように飲み干した。



 グラスを置いた俺は、なぜか唖然とした顔をしているおやっさんに笑顔を向けた。


「俺、そんなに酔わないんですよ。そこまでお酒がおいしいとも思いませんからね。だから、お酒は付き合い程度にしています。では、すみませんが帰ります」


 俺は、寝ぼけながら未だに拍手を続けるセトトルと、ぷるぷる震えているキューンを抱えて席を立った。

 なぜか店内は静かなままだった。勝負も終わってみんな落ち着いたのかもしれない。俺は気にせずに店を出ることにする。


「……顔色一つ変えてなかったな。あいつが一番の化け物だ」


 おやっさんのそんな声は、すでに店を出た俺へ届くことはなかった。

 俺は二人を連れ、やっと解放されたことを喜びながら楽しく東倉庫へと帰った。

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