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三十四個目

 その後の会議は、剣呑な雰囲気もなく和やかに進んだ。


「それで、倉庫間の荷物の移動はどうする?」


 ダグザムさんは、俺を見ながら問いかけてきた。俺の意見を求めていることは分かる。だが、ここは引いておいた方が良い気がする。何でもかんでも意見を言って通そうとは思っていない。話し合いでは、引き際も大事だからだ。

 ……決して、考えていなかったわけではない。

 俺は苦笑いをしつつ、こう答えた。


「それなのですが、自分では分かりかねる部分も多いんです。申し訳ありませんが、皆様の提案を参考にさせて頂けませんでしょうか? 申し訳ありません」

「ふむ、確かに皆でやる仕事となります。皆で考えるのが正しいでしょう。あなたは困っていた私たちに、十分な提案をしてくれましたからね」


 アトクールさんは、少しだけ笑って答えてくれた。さっきまで不機嫌そうな顔だったのが嘘のようだ。

 俺への評価も変わり、心を開き始めてくれている気がする。それがとても嬉しい。


「預かった品物を別の倉庫に移動する。だが、返すときにはちゃんと同じ倉庫で受け取れる。説明しておけばそこは大丈夫だろう。荷物の運搬は商人組合の方では、何か対応はないのか?」

「ダグザムの意見はもっともだな。こちらで運搬用の荷馬車を用意しよう。最初は苦労するだろうが、皆の協力があれば何とかなるはずだ。準備が出来次第、早急に始めることとする!」


 色々と他にも話はあったが、大体の方針がアグドラさんにより固まり、解散となった。

 終わったのは昼過ぎ。いつも昼過ぎに飯を食っている気がする。お腹が減った……。

 その時、部屋から出ようとしていた俺の手をハーデトリさんが掴んだ。まだ何か用事があったのかな?


「ナガレさん、先程の非礼を詫びさせて頂けませんか? よろしければ、御一緒に昼食などはいかがかしら? もちろん支払いは(わたくし)にお任せください」

「いえ、先程謝罪も頂きました。実際東倉庫に問題があったことも事実です。どうぞ気にしないで頂ければと思います」

「そうですか……」


 彼女は、困った顔をしていた。縦ロールの髪が少しへにゃっとしている。……何でへにゃっとするの? あれ髪だよね?

 疑問は色々あるが、折角の申し出を断るのも悪いかな? 俺は断ろうと思っていたが、その提案を受けることにした。自分が日本人っぽいなと、こんなときは思ってしまう。


「ですが、今後は先輩であるハーデトリさんにご相談などをさせて頂くこともあると思います。友好を深める意味も兼ねて、昼食はぜひご一緒させて頂きたいと思います」

「本当ですか!?」

「いいじゃねぇか! ここらで俺たちも友好を深めておくか! アトクールもくるだろ?」

「……まぁ、断る理由もありませんね」


 和やかな雰囲気で、一緒に食事会。正直めんど……失礼。今後のためにも、仲良くなっておくことに損はない。 俺たちは仲良く歓談をしながら、部屋を出た。

 ちなみに会長と副会長も誘ったのだが、今日は忙しいので無理らしい。残念だ。

 



 商人組合を出て、俺たちはどこの店に行くかを話していた。

 これが大変だった。


「だから、俺の馴染みの店があるって言ってんだろ!」

「ダグザムのお勧め? 野蛮人は引っ込んでいなさい! 私の行きつけの店に決まっていますわ!」

「やれやれ、君たちのお勧めなど話にならない。ここは私のお勧めの店が良いでしょう。ナガレさんもそう思うだろ?」


 この人たち実は仲が悪いんじゃ……って、ここで俺に振るんですか!? しかも、三人とも俺を凝視していて困る。

 えぇっと……。そ、そうだ!


「みなさんの行きつけのお店、非常に興味があります! ですが、今回は自分の行きつけの店というのはどうでしょうか? 東西南北の順で、食事をする店を変えるというのはどうでしょう? 次に食事会をするときは、ハーデトリさんの行きつけのお店ということで!」

「まぁ……」

「そういうことなら……」

「仕方ないですね……」


 よ、良かった。何とか意見を聞いてもらえた。……あれ? もしかして、今後に最低三回は食事に付き合わないといけないの? この今も睨み合って牽制し合っている三人と一緒に?

 ……何てこったい。



 俺は三人を先導し、東通りを進んだ。俺の知っているお店なんて一つしかない。もちろん、おやっさんの店だ。 先に扉を開き、俺は三人を中へ入るよう勧めた。


「どうぞ、この店です」

「あら、扉を開けて下さるなんてナガレさんは紳士ですわね。あなたたちも見習ったらどうかしら?」

「けっ」

「……ふん」


 さっきまで和やかだったのに、俺の胃がまた少しキリキリし出したよ? セトトルとキューンに会いたくなってきた……。


「おう、いらっしゃい! ……ってボスじゃねぇか」


 おやっさんはなぜ俺だと知った瞬間に、笑顔を向けて損をしたという顔をするのだろうか。

 ツンデレだからしょうがないか。うん、良い人だしいいかな。

 空いている席を探していると、耳をつんざくような声が店内に響いた。


「あーっ! ボス!」

「キュン!(ボスッス!)」


 声がした方を向くと、緑色のゼリーに乗っている妖精。俺の癒し! じゃなくて、俺の大切な仲間! セトトルとキューン! 会いたいと思っていたら出てきた! 何というご都合主義なんだ!

 ……いや、よく考えたらここで食事をするって言ってたな。いても全然おかしくなかった。


「二人とも食事中かい? こちらは同じ倉庫の管理人をしている方々なんだ。今日は一緒に食事をと思ってね」

「へぇー! 大きいおじさんに、眼鏡のおじさんに、面白い髪のお姉さんよろしくね! オレはセトトルだよ!」

「キューン!(キューンッス!)」


 セ、セトトル。お前何か失礼なことを言っていなかったか!?

 俺は恐る恐る三人の顔を窺う。


「おう、お前らが最近話題の妖精スライムコンビか! 俺は南倉庫のダグザムおじさんだ! よろしくな!」


 ダグザムさんは全然気にしていないようだった。だが、無言の二人組がいる。

 俺は二人を恐る恐る伺った。ハーデトリさんは無言で両手を胸の前で組み、アトクールさんはキューンをまじまじと見ていた。

 俺がそんな二人を見ていると、ハーデトリさんは小さく一つ息をつき、眩しいばかりの笑顔を見せた。


「か……」

「か?」

「可愛いですわ! 何ですのこの二人! 私はこんな可愛い二人のことを、なぜあんな風に罵ってしまったのでしょう! 深く謝罪いたしますわ! だから、くださいませんか!?」

「駄目です」


 この人、何言ってるんだ。

 ハーデトリさんは口を尖らせ、ぶーぶー言いながら席へとついた。可愛いは正義らしい。この二人は今後、うちの店の宣伝部長にしよう。ポスターとか作れないかな?

 ところで、自然に俺たち四人はセトトルとキューンのいる席へとついたが、良いんだろうか? まぁ俺は構わないのだが……。

 そして無言だった最後の一人、アトクールさんが急に動きだし、キューンを震える手で持ち上げた。

 優しくゆっくり持ち上げたので、セトトルも一緒に持ち上げられたため、落ちないようにバランスをとっているのが面白い。それにしても、一体アトクールさんはどうしたんだろう。

 彼はバッと俺の方を向き、早口で一気に伝えてきた。


「興味深い、非常に興味深い。ただのスライムとは思えない知性を感じます。先程は鳴き声も出していましたね? これは本当にスライムなのでしょうか? ……ナガレさん」

「は、はい」

「このスライム、私に頂けないでしょうか」

「駄目です」


 この人も何言ってるんだ。

 アトクールさんはキューンをガン見しながら、ぶつぶつと呟いている。ちょっと怖い。

 当のキューンはというと、俺の方を見て助けを求めていた。


「キュン! キュンキューン!? キューンキュンキュン!(ボス! この人なんか怖いッスよ!? 助けてほしいッス!)」 


 俺はそれを聞き、慌ててアトクールさんからキューンを取り上げた。

 彼は非常に残念そうな顔をしていたが、すぐにハーデトリさんと二人で恍惚とした表情を浮かべた。そしてその顔のまま、セトトルとキューンを見ている。

 両方違う意味で見ているのが、ちょっと面白い。でも、キューンと話せることを知られるのは危険な気がする。

 膝の上に乗せたセトトルとキューンに、俺は小声で告げる。


「二人とも、俺とキューンが話せることは隠しておくよ?」

「んん……? 何かまずいの?」

「ハーデトリさんに気付かれたら、二人はセットでお持ち帰りされる。アトクールさんにバレたら……想像するだけで怖くないかい?」

「キュ、キューン……(こ、怖いッス……)」

「連れて行かれちゃうの!? 嫌だよ! オレ言わない!」


 二人とも俺の意見に賛同してくれた。

 しょうがないよね? だってあの二人、さっきからセトトルとキューンをガン見してて怖いもの!

 ちなみにダグザムさんは、マイペースに酒を頼んで飲んでいた。この人は逆に興味なさすぎだろ……。

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