三十三個目
俺はハーデトリさんの嫌味に、笑顔で返した。内心は少し苛立っていたが、そういう素振りは表に出さない。
そんな俺の態度で、ハーデトリさんはさらに苛立ったように目線をぷいっと逸らした。
敵じゃないですよー、同じ倉庫の管理人ですよー、仲良くしましょうよ! という気持ちを込めたのだが、どうやら伝わらなかったらしい。人間関係とは、かくも難しいものだ。
「と、言うことでな……。出来るだけ手助けはするつもりだが、当初の一億Zは東倉庫の負債として何とかしてほしい。現状はそうなってしまっている。もちろん、利子などをつけるつもりはないので、ゆっくりと返してもらえれば、と思う。先に話しておくべきだったのに、本当にすまない」
「いえ、普通に考えれば逃げると思われてもおかしくありません。様子見が必要だったのも分かります。どうか気にしないでください」
ごめんなさい、本当は気にしてください。胃が痛くなりそうです。というか、少し痛いです。
だがまぁ、倉庫あげるよ! 一億Zは返してね! でも急げとは言わないよ! こういうことだろう。なら、良心的なのではないだろうか。……そういうことにしておこう。
「さて、では四倉庫会議の本題に入ろう。カーマシル、今回の議題を」
「はい、本日はまず倉庫の状態の確認となります。大体の売上数字となりますが、東倉庫は元が0%に近かったので置いておきます。西倉庫が+10%、南倉庫が+5%、北倉庫が+7%となっています。かなり順調な結果となっております」
うちの倉庫も冒険者預かりで安定した儲けが出始めているが、どのくらい続くのかも分からない。
ダンジョンが攻略されたら終わってしまうのではないだろうか……。冒険者事情も調べておく必要がありそうだ。
東倉庫が俺が来たときに預かっていた荷物は二箱だけ! 置いておかれるのもしょうがない。
それにしても他の全倉庫がプラスの状況か。つまりこの先達の管理人たちは、全員凄腕ということだ。その恩恵を預かる方法は何かないだろうか。
うちが今から他の倉庫を巻き返すとは思えないが、まずは近い状態を目指すことが必要になる。
それから何か貸しを作って、セトトルとキューンはすごい! 私が悪かったです! と、ハーデトリさんに言わせる。
……これだな! やる気が出て来た。
「そして倉庫の使用率ですが、東倉庫が20%、西倉庫が107%、南倉庫が100%、北倉庫が103%となっています。三倉庫では、倉庫内以外の場所にも荷物を置いて対応しており、早急な増築が必要となります」
「なるほど、限界を超えてしまっているようだな……。一応手筈は整えてあるのだが、まだ2~3ヶ月の時間を有することになりそうだ」
倉庫の使用率を超えている。ということは、物が溢れ返っている。売上は絶好調なのだろう。
だが、良いことばかりではない。倉庫にスペースが無いということは、効率が落ちる。さらに事故なども起きやすい。かなり危険な状況だ。
もちろん、うちには関係ない。スカスカだ。……そう、スカスカだ。何度も言うと悲しいが、ここに俺は光明を見つけた。
そんな中、会議は進んでいく。他の三倉庫の管理人は、会長副会長と倉庫増築を早める方法を話し合っている。
昔、仕事をしていて学んだことがある。一点に捉われず、全体を見ることが大事だ。
一点が楽になるのではなく、全体に利のあることをする。
そしてうちの倉庫だけが、今のこの状況を何とかできる。
「すみません、話の途中ですが割り込ませてもらってもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に、様々な反応が返ってくる。
アグドラさんは、普通に何を言うかを待っている。
副会長は、何故か悪そうな顔をしている。俺が何か思いついたことが面白いのだろう。これは案が良ければ、協力してくれるときの顔だ。
ダグザムさんは、興味津々と言った顔。この人は俺のことがそんなに嫌いじゃないのだろう。
アトクールさんは興味なし。こちらに目すら向けない。
ハーデトリさんはこっちをガン見している。というか睨んでいる。一番の売り上げを誇る倉庫というだけあって、プライドも一番なのだろう。割り込むなという意思が見てとれる。正直、ちょっと怖い。
「実は今の話を聞き、思いついたことがあります」
「思いついたことか! どんなことだ? 見当はずれなことを言ったら、笑い者になるからな?」
ダグザムさん、プレッシャーをかけないでください……。
俺は彼に何とか苦笑いを返す。
後、関係ないのだが、物凄く目が痒い。でも話の途中だし我慢しよう。目を細めて何とか痒みに耐えながら、ゆっくりと室内の全員を一瞥した。
なぜか、全員が気を引き締め警戒した気がする。……もしかして、睨んでいたと思われている!? 誤解なんです、ちょっと目が痒かっただけです!
と、とりあえず話を続けて誤魔化そう! 敵意はないということを見せるんだ! 適度に笑顔を混ぜていこうじゃないか。
「アグドラさん。倉庫の増築にはまだしばしの時間がかかる、そうですよね?」
「あぁ、そうなるな」
「そんな分かり切ったことを……」
ハーデトリさん、ぶつぶつ怒らないでください! 確認って大事なんですよ? この人は釣り目の美人だから、迫力あるんだよなぁ。
俺は彼女から目を逸らし、眼鏡の中心を中指で押して掛け直した。これは俺が落ち着きたいときの癖だ。焦らず、早口にならないように、落ち着いて、丁寧に話そう。
「うちの倉庫の使用率は低いです。ですので、増築が済むまでの間はうちの倉庫に荷物を預けるというのはどうでしょうか?」
「預かった物を預ける……。空いたスペースの有効活用、ですか。もう少し詳しくお願いできますか」
最初に食いついたのは、アトクールさんだった。俺の意図が伝わったのだろう、聞く価値があると判断してもらえたようだ。
ちなみに副会長は、俺に目で語りかけていた。退屈な会議が少し面白くなってきた、もっとやれ、と。
この人、実は少しひねくれてるよね。俺とは大違いだ。
「まず倉庫が一杯という状況は、今後の預かりにも支障をきたします。そして作業効率も落ち、事故の可能性も増えると自分は考えます。ですが、増築はすぐにできません。となると、使えるスペースを使うのが一番早い」
「なるほど。確かに東倉庫はまだスペースが空いている……。だがそれは、東倉庫はまだ空いてるからそっちに行けというのか? それは自倉庫の売り上げを落とすことになる」
ダグザムさんも食いついてきた。先程まで俺を部外者として見ていた二人は、明らかに態度を変えていた。
会議のこのピリピリとした感じが心地良い。だらだらと話しているよりも、よっぽど面白い。
「そうですね、それではうちが得をするだけでしょう。ですから、そちらで預かった品物の中で期日が遠いものを、一時的にうちで預かります」
「……確かに、一ヶ月動かないものをそちらに預けられるのであれば利点がありますわ。ですが、料金はどうするつもりですの? 同額をそちらに払うのであれば、意味がないのではなくって?」
その案には穴があるとばかりに、ハーデトリさんは伝えてきた。
でも話に食いついてきたというだけで十分である。そして金額のことも考えてある。
俺はもう一度室内の全員を一瞥し、笑顔でこう告げた。
「金額は、そちらの裁量にお任せいたします。東倉庫に払う金などない! そう思われるのであれば、無料でも構いません」
室内が静寂に包まれる。
動揺が見てとれる。俺は無料で預かっても構わないと言った。それは、東倉庫のメリットはないということだ。
……だが、恐らくそうはならない。この会議の本当の目的は、競争心を煽ることだろう。
でなければ、わざわざ全員集めて倉庫の売上の増減などを告げる必要はない。そして、彼らは倉庫をここまで大きくしてきた人物。他に負けたくない気持ちもあれば、プライドだってある。ちなみに俺には無い。
他の倉庫が支払うと言った場合、払う金額より低い金額を出せるだろうか? ……出せるわけがない。見栄を張りたいに決まっているからだ。
と、ここまでは完全に俺の勝手な推論である。予想が全部外れて、三倉庫とも無料で預けると言ったらどうしよう。
というかですね、さっきから全員無言なんですが。アグドラさんはポカーンと口を開けてるし、副会長はニヤニヤしている。
もしかして、やらかしたかな。みんな無料で預けるって言うかな!? 心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。ど、どうしよう。
だが、その静寂はすぐに破られる。破ったのは、ダグザムさんの笑い声だった。
「はっはっはっは! のってやろうじゃないか! 南倉庫はその提案にのろう! 金額は預かり金の3割! どうだ?」
「……北倉庫も利があると判断します。金額は預かり金の4割でどうでしょうか?」
「あぁ!? なら、うちは5割……」
「二人とも、そこまでです」
完全に熱くなっている二人。金額をどこまでも吊り上りそうになっていたそのとき、二人を止めたのは副会長だった。
正直、止めてくれて良かった。5割を超えられるのはまずい気がしていたからだ。
「この案は十分に検討の価値があると判断します。ですが、対抗して金額を上げていくのには些か問題があると思います。よって、金額は会長に一律で定めて頂こうと思います。よろしいですか?」
「……まぁ、その方が良いでしょう」
「確かに、気づいたら10割でしたってなったら困るしな。俺も構わないぞ」
よ、良かった。というか、こんなに簡単に決まって良かったのだろうか? うちとしてはスペースを使ってないよりも、使っていたほうが良いので助かるんだけどね。……お金も入るし。
全員が色々な思惑を持ちながら、アグドラさんを注視する。
ドキドキする。お願いします、せめて3割……いや、4割で!
「……うん。どちらにもメリットがあると私は判断した。よって、5割としよう。責任も半々という意味もある」
「分かりました」
「うちも問題ないぜ」
二倉庫ともに、アグドラさんの意見に賛同をしてくれた。
つまり、仕事が増える! この仕事をうまく続けていけば、評判だって変わっていくはずだ! やったね! ……あれ、二倉庫? 一人、ずっと言葉を発していない人がいた。ハーデトリさんだ。
俺は機嫌を窺うように、ハーデトリさんを見る。もしかして、何か怒っているのかもしれない。
実際、彼女は下を向いてぷるぷると震えていた。まるで、キューンのようだ。
そして、バッと勢いよく顔を上げた。
「面白いですわ! 先程の提案、素晴らしいです! 自分の利以上に、全体の利を考える! 東倉庫の管理人……えぇっと、すいません。お名前をもう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……ナガレです」
覚えてなかったんかい! いや、一回目で名前覚えるのって大変だよね。気持ちは分かるけどさ!
「ナガレさんの提案、非常に良いと思われます! 西倉庫も全面的に賛同いたしますわ! それとナガレさん」
「は、はい……」
じろり、とハーデトリさんに見られた。俺はビクッとしてしまう。
彼女は機嫌が良さそうだけど、なぜか怒られる前みたいな心境だ。
「先程の暴言、全てを謝罪いたします。あなたのような方が理由もなく、妖精やスライムを雇っているとは思えません。きっと優秀な方なのでしょう。本当に申し訳ありませんでした」
「い、いえ……。確かに少しだけ気になりましたが、謝罪を頂ければ別に大丈夫です」
「そう言って頂けると助かりますわ。私はなぜか顔が怖いと思われておりますが、決していつも怒っているわけではなくて……」
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ。美人な方は色々と大変ですね。これからもよろしくお願いします、ハーデトリさん」
彼女は俺の言葉を聞き、ほっとした顔をした。そしてその後になぜか照れていた。
釣り目美人は、確かに怒ってるように思われやすいのかもしれない。
でも俺も良くなかった。初対面の人間をすぐに判断して、やり返したいとか思ったらいけないね!
東倉庫に色々思うところがあっただけらしくて、この人普通に良い人じゃん! 大体全部、あのオルフェンスってやつが悪いんだ。間違いない。
俺はそのことを、改めて認識した。自分の非を認めて謝ることはとても難しい。それができる人に、悪い人はいないからね。