三十二個目
朝起きて、準備をする。
今日は玄関前の掃除だけで、倉庫の掃除は無しにした。
実はこの一ヶ月で、セトトルとキューンの評判はとても良くなっていた。
二人で出かけているのを見て、ぴょんぴょん飛び跳ねるスライムに乗る妖精の姿は、とても愛くるしかったらしく、今では東通りの人気者だ。
もちろん、近所のおばさま方の評判も良かった。
……ちなみに、こんな噂も流れている。可愛い妖精とスライムを扱き使う悪人。冒険者を店に呼び込み、悪巧みをする黒幕。商人組合の副会長を脅している。
そんな悪い噂がたっている人間もいる。なんて恐ろしい人間がいるんだ……。もちろん、言うまでもなく俺のことだ。
でも、挨拶は返してくれるようになったんだよ!? 誤解は解けていってるはずなんだ……!
「おはようございます!」
「おはよう管理人さん、今日もお掃除頑張ってね」
「おはよう、今日はお休みかしら?」
「あらおはよう、どこかにお出かけかしら?」
どうだ、この成長っぷり。
「真面目で良い人にしか見えないのにね……」
「セトトルちゃんとキューンちゃんがいないわ……」
「冒険者もいないみたいだし……」
ボソボソと言わないでください!
本当に成長してるんだよ……。話してくれるようになったんだからさ!
そんなこんなで少しだけ切ない思いをしつつ、俺は倉庫を後にした。
二人は買い物に行って、おやっさんの店でご飯を食べるらしい。俺もそっちに混ざりたい。
でも今日は大事な会議らしいので、すっぽかすわけには行かない。
重い足取りで、俺は商人組合へと向かった。
商人組合へと到着し、中へと入る。普段通りで、取り立てて何かいつもと違う感じはしなかった。会議だからといって、忙しくなるわけではないらしい。
しいて言うならば、猫耳の受付嬢と話している大柄な男がいることくらいだろうか。
「でよぉ、うちも色々大変なわけよ……」
「はい、色々ご苦労なさっているようで……あっ、ナガレさん! 四倉庫会議でいらしたんですね? それではお二人ともこちらへどうぞ」
何か話を終わらせるために、うまく使われたような感じがする。別にいいけど。
俺は大柄な男と一緒に奥へと案内された。
よく考えると、俺の知り合いは大柄な人ばっかりだ。おやっさんも、ヴァーマさんも。副会長だって身長は結構ある。つまり、俺が一番小さい。ちょっと悔しい。
そんなことを考えていたら、じろじろと隣の男に見られていることに気付いた。挨拶しておこうかな?
「すみません、挨拶が遅れました。自分は東倉庫の」
「おう! 俺は南倉庫の管理人でダグザムって言う。よろしくな! 噂は聞いてるぜ!」
「管理人でナガレ……です。はい、よろしくお願いします」
話に割り込まれた! いや、別に構わないんだけどさ。ダグザムさんは笑いながら俺の背中をバンバンと叩いた。大柄なやつってのは、何で背中を叩くんだ!? そろそろ俺の背中はボロボロだぞ。
後噂って、どうせ黒い噂ですよね……。
俺の背中のHPが0になる前に、俺たちは奥の部屋へと辿り着いた。
「どうぞ、こちらになります。では私はこれで」
「はい、ありがとうございます」
「おう、またな!」
そして猫耳受付嬢は去って行った。さて、ここからが本番だ。
俺はジャケットをピシッと直し、ネクタイを締め直す。よし、入るぞ。
「おう、お前ら元気か? 全員揃ってんな!」
「……失礼します」
あんたが開けるのかよ! とは言えず、俺はダグザムさんの後に続いて、まるで彼のお供のように中へと入った。
「うん。ナガレさんは初の四倉庫会議だが、楽にしてくれ。席はそちらだ。ダグザムも座れ!」
「はい、分かりました」
うろうろとしていたダグザムさんは、アグドラさんに怒鳴られ渋々座っていた。この部屋で座る以外に何をする気だったのか、少し興味深い。
俺は席へつき、部屋の中を見渡す。
室内は円卓の机。一番奥には会長のアグドラさん、そしてその横には副会長のカーマシルさん。
俺はカーマシルさんの隣へと座り、隣にダグザムさん。
向かい合ったところには、茶色の髪に眼鏡のインテリ風の男と……金髪縦ロールの美人がいた。
金髪縦ロールってアニメ以外にも実在したんだ! 俺はそんなところに少し感動した。
「さて、ナガレさんは初めてなので一応自己紹介をしておこう。まず会長の私、アグドラ。そして副会長のカーマシル。ここは大丈夫だな?」
「はい、存じ上げております」
「そしてナガレさんの隣にいるのが、南倉庫の管理人ダグザム。見ての通り、サイクロプス族だ」
俺は改めてダグザムさんを見る。
単眼で頭に角。黒髪で浅黒い肌にごつい体。何故か海の男を連想させる。……単眼!? 緊張していてまるで気づかなかった。ダグザムさんの目は一つだけだ。すげー。
俺はダグザムさんに軽く会釈をする。彼は、笑って軽く手を振って返してくれた。
「そして向かい合ってそちら側の男。北倉庫のアトクールだ。彼は人間だ」
「……アトクールです」
「はい、ナガレと言います。よろしくお願いします」
俺が頭を下げたが、彼は特に反応しなかった。やっぱり東倉庫は嫌われているんだろうな……。
「その隣にいるのが西倉庫の管理人。ハーデトリだ。彼女はオーガ族だ」
「東倉庫管理人のナガレです。よろしくお願いします」
「ふんっ!」
金髪縦ロールで頭に小さい角が二つある巨乳美人は、明らかに俺が気に食わない感じだった。
だが俺は興味津々だ。あの縦ロールどうやって巻いているんだろう! 物語に出てくるみたいな釣り目も非常にそれっぽい! 見ているだけで楽しい。
「ハーデトリ! 全く……。まぁこれで四倉庫の管理人が全員揃ったということになる。それで、議題の前にナガレさんに話しておきたいことがある」
「自分に、ですか? 一体何でしょうか?」
アグドラさんは改まって俺へと向き直った。何か大事な話なのだろう。俺も気を引き締める。
「まず謝罪をしよう。すまない」
「え……。あの、何かあったのでしょうか?」
「あぁ、実は商人組合ではナガレさんを疑っている者の方が多かった。そしてその意見を総意とし、ナガレさんの仕事ぶりを監視していた。店によくカーマシルが来なかっただろうか?」
「……来ました」
やばい、嫌がらせをしに来てるんだと思っていた。
つーっと窓枠とかを触って「ちゃんと掃除してありますね」って小姑みたいなことをしていたから、嫌がらせだと……。
「だが、今では商人組合内の意見も変わっている。倉庫内の使用率も限りなく0%に近いと思われていたが、現在は20%ほどまで上がっていると聞いている。これは間違いなくナガレさんの力だ」
「いえ、自分は出来ることを必死にやっただけですので」
「そう言ってもらえると助かる。最初は皆、ナガレさんが逃げると思っていた。だが、今ではそんなことを言う者も減ってきている」
すいません、最初は逃げようかと思っていました。セトトルがいなかったら、確実に逃げています。
というかですね。今でも借金を思い出すたびに、セトトルとキューンを連れて逃げること考えてました。本当にすいません!
「真面目にナガレさんがやって来てくれたお陰だ。……とはいえ、悪い噂のようなものがあることも事実だ」
「……」
俺は何も返せなかった。
それってあれのことですよね? 妖精やらスライムやらとか、冒険者組合の黒幕だとか……。
でもここは、ちゃんと違うと伝えておかないといけない。本当に違うし。
「そのことなんですが」
「誤解だと知っている。カーマシルから聞いている」
「副会長……」
嫌がらせ以外もするんですね。そんな万感の気持ちを込めて副会長を見つめた。
これは貸しだぞとばかりの顔を、彼は俺に向けた。こんなやり取りが最近とても楽しい。WIN-WINの関係というやつだ。前にそのことを言ったら、副会長も満更ではない顔をしていた。俺たちは、何か通じるものがあるのかもしれない。
「それで借金のことについてなのだが……どのくらい知っている?」
「どのくらい、ですか。そうですね……。東倉庫はほぼ稼働していなくて、前任も借金を作っていた。このくらいでしょうか」
「そうだな、そのくらいかもしれないな。実はもっと色々あるのだが、ナガレさんが逃げる方に賭けていた者が多く……。逃げると思っていた者が多かったので、伏せていた」
今、賭けていたって言いませんでしたか? というか、言いましたよね?
逃げようと思っていたこともあるから、責められないのが辛いところだ。
「アキの町の前町長が、拘束されたことは知っているな?」
知りません! とは言えない空気が部屋の中には漂っていた。よし、さも知ってるような顔をして無言で通そう。処世術の一環みたいなものだ。
「実はオルフェンスと繋がっていたらしい。東倉庫を隠れ蓑として、怪しい金を正当な資金として動かしていたことが分かった。オルフェンスはそのために管理人として選ばれていたらしい」
……ん? それってもしかして、マネーロンダリング?
何かやばい話になって来た。俺のいた世界では、マネーロンダリングなんて見つかったら一発だ。
「最初に東西南北に倉庫を作るとき、四人の管理人選出があった。そのうち二人がダグザムとアトクール。ハーデトリは後から継いだ形になっている。オルフェンスは、前町長にねじ込まれる形で入ってな。当時から不思議に思われていたらしい」
「なるほど……」
つまり、最初からそのつもりで管理人になったってことか。
でも、それなら何で荒れていたという話があったんだろう?
働かないでも金が入るわけだし……。
「帳簿なども全て改竄。倉庫業務も順調に見せるように、そちらへも手を回していたらしい。単純に言うと、賄賂で誤魔化していた、だな」
「なるほど……」
もう、なるほど……。としか言えなくなっている。良い話が一つも出てこない。
はっきり言って、聞けば聞くほど悪い話になる。この話が終わらないかな、とすら思うくらいだ。
「で、借金の本題なのだがな。東西南北の倉庫は流通の要となるだろうと、商人組合で倉庫の建築費用として一億を投資した。もちろん、費用を払って終わりのはずだった。なのに前町長が手を回し、オルフェンスには一億Zの現金が渡されていたようでな……」
あっ、何かとっても嫌な予感がする。
うちの借金と金額が一緒だ! 何より借金を思い出させられるだけで、胸が少し痛い。毎日夜に帳簿と睨めっこしているせいかもしれない。あの赤字を見ると……。うぐぐっ。
「どうやら勝手に使ったらしい。さらにそれを使い切った後も金遣いが荒かったらしく、倉庫を抵当に入れていたらしくてな……。正当な手続きでやられていたので、商人組合で倉庫を買い取りなおすしかなかった」
想像よりひどかった! え? やりたい放題じゃないですか。
自分の倉庫じゃないのに一億奪って、さらに借金作って倉庫を抵当に入れた? しかも、それを商人組合がやむなく買い取らざるえなかったの? ……ひどいな。
それにしても前町長がグルでバレないようにしていたとか、かなりうまいことやっていたのだろう。商人組合も大変だな。
「それでその事実がはっきりと分かったのが、ナガレさんが東倉庫の管理人になってすぐくらいだ。真面目な働き具合を見て、借金をチャラにしたかったところなのだが……」
「商人組合の資金難ですわ」
突如、ハーデトリさんが話に加わり俺を睨んでいた。いや、俺がやったわけじゃないんですよ?
そこのところ、本当にお願いします。
「借金をチャラにするくらいの資金は商人組合にあるようですが、今後のことを考えてもそれは無しの方向にする。そう会議で決まりましたわ」
「うむ。足を引っ張り続ける東倉庫にまた金を費やして、本当に大丈夫なのかと言う声が多くてな……」
ハーデトリさんは顔の横にある縦ロールをふぁさっと掻き上げた。美人は何をやっても様になるなぁ。
ただし、それが縦ロールじゃなかったらね。胸も揺れているのだが、縦ロールがピョンピョン揺れる方が気になる。
俺は余計なことを考えていたが、アグドラさんは気まずそうな顔をしていた。四倉庫は恐らく外からの繋がりとして、町の要の一つなのだろう。会長として何とかしたかったのは、当然のことだ。
「つまり、東倉庫は自力で借金を返し建て直す。そういう優秀な人材を町のためにも求めているのですわ。にもかかわらず、いきなり出てきたあなたが管理人? 納得できると思いますの?」
「なるほど、それはできませんよね」
俺があっさり肯定すると、ハーデトリさんは一瞬きょとんとした。そして、さらに怒りを滲ませるような顔になる。
もしかして今、俺はこの人を煽ってしまったのだろうか。本心だったんだが!
「ふん! 少し業績が上がったくらいで、一端の管理人のつもりですか? 役立たずの妖精やスライムを雇っているのは知っていますよ? たかが知れるというものです!」
あ、今の台詞……。ちょっと俺もカチンときたよ? 俺を馬鹿にするだけじゃなくて、セトトルとキューンも馬鹿にしたよね?
確かにうちは最底辺倉庫だ! 評判も悪い! 俺のことや、倉庫のことを言われても言い返すつもりはない! 事実だし!
でも頑張ってる二人のことを言うのは頂けない。
だが、現状は言い返せる状況ではない。俺は根に持つ人間ではないが、やられたことはやり返したい方だ。
このことは、しっかりと胸に秘めておこう。