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三十個目

 昼過ぎ、慌ただしかった荷物の預かりも終わった。

 午前中はフル稼働だったため、二人はぐったりとしている。俺は逆にちょっと元気だった。

 仕事が出来たことの喜びかもしれない。断じて社畜ではないが、収入が入ったことは嬉しい。

 だが、これは一ヶ月だけのこと。気を引き締めないといけない。

 棚に入らなかった三箱の置き場についても検討しないといけないし、二人が仕舞ってくれた荷物のチェックも必要だ。

 ……お腹が減った。ずっと考えていてもしょうがない、とりあえずは昼飯だ。


「二人とも、おやっさんの店に昼を食べに行こうか」

「オレ動けない……」

「キューン……(僕もッス……)」


 完全にばてている。俺はキューンを袋に、セトトルを頭に乗せておやっさんの店へ向かうことにした。

 近場でおいしいご飯が食べられる、とても良いことだ。


「こんにちはー」

「いらっしゃい! ってボスか、適当に座りな」


 まだ数日なのに慣れたもので、適当に人目の少なそうな奥の席に座る。

 昼時も終わっていて、客もまばらなのでリラックスできそうだ。

 袋からキューンを出し、椅子に乗せる。セトトルも机の上に乗せようと思ったのだが、キューンと話ができなくなるからこのままで良いらしい。


「おーいウルマー! ボスの注文をとってくれるか!」

「絶対嫌!」


 何かひどいことを言われている。まだ怒っているのかもしれないなぁ。

 おやっさんは渋々と言った感じで、注文をとりにきてくれた。


「おう、何にする」

「おいしいやつを適当に!」

「うちで出すもんは全部うまいだろうが! ちょっと待ってろ」


 まるで常連のようだ。そのうち、いつもの! と言ってみたい。一度は言ってみたい憧れの台詞だと思う。

 ぐったりしているセトトルとキューンを撫でて和んでいたら、おやっさんが食事を持ってきてくれた。

 オムライスかな? おいしそうだ。


「こいつはサービスだ」


 おやっさんが何故かポテトフライを置く。お腹が減っているから嬉しいが、サービスとは何かあったのかな?

 まぁ気にしてもしょうがない。サービスだと言うんだから、素直にお礼を言っておこう。


「すみません、ありがとうございます」

「……何か、客来たらしいじゃねぇか。良かったな」


 おやっさんはいつも通り、軽く手を振って去って行った。

 何て良い人なんだ……。見た目はスキンヘッドで筋肉ムキムキだが、俺もあんな風になりたい。体型や頭のことじゃなくてね。


 一通り食事を済ませ、俺はセトトルとキューンを残しておやっさんのところに向かった。


「すみません、これウルマーさんに頂いた食事の入っていたお弁当箱です。とてもおいしかったです」


 俺の血の味も混じってたけどね。

 おやっさんは差し出されたそれを見て、面倒くさそうに俺に押し返した。


「礼なら自分で言え。厨房に隠れてるから入っていいぞ」

「いえ、でも……。何か怒らせてしまいましたし……」

「男ならぐだぐだ言ってねぇでさっさと行け!」

「はい!」


 おやっさんに怒られ、俺は厨房へ向かった。

 厨房をそっと覗くと、ウルマーさんがエプロンをつけて何か野菜の皮を剥いていた。

 さて、どうやって声を掛けよう。そっと置いて帰ったらまずいかな? いや、でもおやっさんにぐだぐだやってるなって……。どうしたらいいんだろう。

 俺は厨房の入り口をうろうろして悩んでいた。入るか、入らないか。とても決められない。

 ……よし、入ってお礼をちゃんと言おう! 俺がそう決めたときだった。俺は尻を蹴られて厨房に押し込まれた。


「なっ……!?」

「あ……」


 ウルマーさんと目が合った。

 慌てて目を逸らし後ろを見ると、スキンヘッドが去って行く姿が一瞬見えた。おやっさあああああん! 勘弁してくださいよ!

 気まずい沈黙の時間が流れる。やべぇ、どうしよう。怒ってたら怖いし、ウルマーさんの目が見れない。女性が何を考えているかって本当によく分からない。なぜ選択肢とかが出ないのだろう。

 ……俺は意を決して、お弁当箱を差し出した。


「お、おおお……おいしかったです! ごちそうさまでした!」

「ん」


 それだけ言うと、ウルマーさんはお弁当箱を受け取ってくれた。

 もしかしてもう怒ってないのかな? そっと見てみると、背を向けてぷるぷる震えていた。

 やばい、これまだ怒ってる。


「何か怒らせてしまってすいませんでした! お弁当おいしかったです! また来ます!」

「あ、ちょ……」


 俺は走って厨房から逃げ出した。

 そして支払いをし、セトトルとキューンを抱えて店を飛び出るように逃げた。

 二人は何事かと驚いた顔をしていたが、俺はそれどころじゃなかった。本当に女の人ってよく分からない!



「……おい、もう怒ってないんだろ?」

「いや、そうだけど……。何か必死においしかったって言ってくれるから、それが何か……こう、ね?」

「恥ずかしかったのか」

「違うから!」


 こんなやり取りがその後にあったが、ナガレはそんなことも露知らず必死に倉庫へと戻ったとさ。



 二人を抱えて倉庫へと戻る。

 戻ろうと思ったのだが、俺の足は止まった。


「ボスー、何か人がたくさんいるよ?」

「キューン!(僕も見たいッス!)」


 セトトルの言う通り、なぜか倉庫の前に人だかりが出来ている。キューンを出すわけにはいかないので、聞こえないフリをしておいた。

 妙にごつい人が大量に集まっている。何だあれは? 近くの家で何かあったのかな? 俺は恐る恐るその人だかりを後ろの方から観察する。

 何だろう、やっぱり倉庫の前に人が集まっている気がする。……まさか、また強盗!?

 俺は人ごみの中に無理矢理押し入った。


「すみません! 通してください!」

「おい、何しやがる! 並んでるんだぞ!」

「東倉庫の管理人です! お願いします、通してください!」


 ざわざわと騒いでいる人だかりが、ピタリと静かになった。

 やっぱりうちの倉庫で何かあったのか!?

 そんな慌てる俺の肩やら腕やらが掴まれる。そして人だかりが俺を囲み出す。なにこれこわい。


「お前がここの倉庫の管理人か!」

「はい! すみません! お金ならありません!」

「冒険者用の荷物を預かってくれるんだって!?」

「はい! 命だけは……はい?」


 ……あれ? 何か違うみたいだ。何て言っていた? 荷物を何とかって……。

 荷物を預かってくれる? もしかしてこの人たちって……。


「おい、前開けろ! 管理人を通してやれ!」

「おう、お前寄れ!」

「あぁ!? 割り込む気じゃねぇだろうな!」


 喧々囂々としている中、俺たち三人は店の前へと通された。

 恐る恐る店の扉を開き覗き込むが、特に異変はない。

 俺の後ろにいるごつい人たちも、何か危害を加えようとしている感じはなく、じっと俺の行動を待っていた。

 やっぱり、これって……。


「あの、もしかして……荷物を預けたい、とかですか?」

「だから待ってるんだろうが!」

「早く店開いてくれよ!」

「一時間以上待ってんだぞ!」


 こんなにこの町って冒険者がいたの!? というか、どんだけ荷物が預けられなくて困ってるの!?

 でも、うちの倉庫にはすでに受け入れられる準備が無い。


「す、すみません。ちょっと待っていてください!」


 俺は中へ入り、紙を用意する。

 一人一人予約制にするしかない。勿論説明も必要だ。整理券を配るような気持ちになる。

 用意をし、入口を開く。


「お待たせしました。うちの倉庫は現在預かり用の箱が埋まっており、順番待ちとなっています」

「預けられないってことか!?」

「いえ、近日中に箱なども増えますので、名前を頂き順番で案内をさせて頂きます。申し訳ありませんが、並んでください!」


 こわいこわい、物凄い怖いんですけど。剣とか斧とか槍とか持った人たちが、たくさんいる。

 何かの拍子に刺されたりしないだろうか? 本当に並んでくれるのだろうか?

 ……不安でいっぱいだったが、仕方ねぇなぁとかぶつぶつ言いながらも、冒険者さんたちは並んでくれた。

 外見は怖いし、口調も怖い。でも案外いいやつらだ。


 俺はその日、名前を教えてもらったり、サインをもらったり、説明をしていて一日が終わった。

 預けたいと言っている人たちも事情を理解してくれ、揉め事も起きなかった。

 午前の予約も合わせると、述べ81人。一人最低一箱としても、81箱必要である。

 次に棚が二つ来て、32箱の預かりができるようになるから、足りないのは49箱分。棚が後4つに、棚に合わせた箱が64箱は最低必要だ。

 そうすれば、8棚×16箱=128箱。128箱まで預かれるようになる。

 すでに仕舞ってある箱と、予約が入っている箱を合わせると116箱。12箱の余裕は妥当なところだろう。

 

 人を並ばせたり、説明で疲れ切ったセトトル。俺のサポートをしてくれたキューン。

 二人を先に休ませ、俺は夜の町を工房へ向け走っていた。


 もしかしたら、思っていた以上にうまく軌道にのるかもしれない。

 そんな予感を、ひしひしと感じた一日だった。

借金:1億100万Z

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